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物流の未来はどこに向かうのか?『シン・物流革命』読みどころ紹介

近年、物流に大きな変化の波が訪れています。IoTやデータ分析、AI、5Gなどのテクノロジーの普及が物流のあり方自体を変え、コロナ禍をきっかけに省人化・自動化・無人化が加速しています。小売業界で重要な課題の一つとされてきたサプライチェーン最適化も急速に進み、革命とも言えるパラダイムシフトが起こりつつあります。

なぜ今、物流の変革が進んでいるのか?どんな変化が生まれ、どこに向かっていくのか?そのような物流の大きな潮流を捉えるのに適した一冊が、今回ご紹介する『シン・物流革命 迫り来るサプライチェーン崩壊を回避する最後の選択肢』です。

なぜ、物流の可視化が必要なのか?

著者はユーピーアール取締役常務執行役員/CTO /DX本部長の中村康久氏と、物流エコノミストの鈴木邦成氏。二人は物流・ロジスティクスの専門家で、過去にも『スマートサプライチェーンの設計と構築の基本』『物流DXネットワーク』といった物流に関する共著を出しています。本書では、コロナ禍以降に省人化・自動化・無人化が加速する物流・ロジスティクス領域におけるテクノロジーの革新や、サプライチェーン最適化に関連する一大ムーブメントを「シン・物流革命」と命名し、全6章にわたって最新のサプライチェーン動向と次世代の物流・ロジスティクスの姿に迫っています。

第1章では1980〜90年代に“ブラックボックス”と言われていた物流が、90年代後半のITの進歩とともに徐々に可視化されていったこと、日本の物流政策が「総合物流施策大綱」や「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」など政府が打ち出している方針に沿って進められていることなど、物流業界の変遷を紹介。

その中で、80年代にはサプライチェーンマネジメント(SCM)の体系化が進んだものの「絵に描いた餅」でしかなかったものが、情報革命が起きた今では「需要予測に関する情報共有やサプライチェーンの全体最適などは、実現可能なゴールと認識されている」と述べ、さらにコロナ禍によって「物流は生活の基盤としての位置付けを完全に社会に認知させてしまった」と言います。その結果、SCM登場以降に「物流革命」という言葉がよく使われていましたが、それよりも大きなスケールで変革する「シン・物流革命」が到来すると述べています。

本の中では、変革の方向性が様々な観点から語られていますが、その中でも今回は「可視化」「考える物流センター」というキーワードを中心にご紹介したいと思います。

まず、現代物流の大きなトレンドとして、「可視化」が挙げられています。

政府が推進するスマート物流サービスでも「モノの流れや商品情報の見える化の技術開発に大きな重きが置かれている」とのことですが、そもそもなぜ物流の可視化が必要なのでしょうか?高度成長期にはモノを作ればいくらでも売れるので在庫を気にすることはありませんでしたが、日本経済が不況を迎えると「在庫は悪」という考え方が主流になり、商品ライフサイクルが短くなるにつれて、在庫商品は陳腐化するリスクが大きく、人件費や保管費などのコストアップの要因になります。在庫があるという理由で新製品の開発や営業戦略が後手に回るケースもある、と著者は言います。

とはいえ、欠品や品切れは顧客の信用を損なう要因になりかねないため、こうした理由から「適正在庫量」が重要視されるようになり、在庫管理の労力を省くために「いつ、どこにどれくらいの流通在庫があるか」を可視化する仕組みが求められているのです。

進む、物流現場の自動化。課題はロジスティクスエンジニアリング人材の育成

第2章では5G以降の情報通信システムの進化などがシン・物流革命の追い風になっていることに触れた上で、第3章では「手作業をいかに機械化、自動化していくか」という物流効率化のカギを握る取り組みに着目。ビッグデータやIoTとの連動を前提に、自動化されたトラック、フォークリフト、ロジスティクスドローンなどの輸送・搬送機器やマテハン機器などを効率的に導入することで、手作業を可能な限り減らしていくという潮流を詳しく解説しています。

さらに、自動運転や無人化AI活用が進むことで物流現場の担い手は「人から機械へ」とシフトしつつありますが、その中で「ロジスティクスエンジニアリングに精通した専門家の育成」について著者は、日本のロジスティクス教育が実務家向けに注力し大学などでの人材教育がほとんど行われていないことを危惧し、「シン・物流革命の担い手となる未来のブレーンの育成にも力を入れていく必要があるように思われる」と述べています。

「考える物流センター」の誕生

第4章ではSCMの概念が80年代に誕生していたにもかかわらず、日本のビジネス浸透に時間がかかった背景に触れつつ、近年はIoTやAI 、DXの浸透で「風向きが変わり始めた」と述べ、近年のサプライチェーン最適化の潮流について解説しています。例えばSCMの重要な概念の一つである「全体最適」はAIが得意とする領域で、これまでは物流量の予測などは経験と勘に頼る「複雑系の課題」とされてきましたが、「マテハン機器や物流現場の作業ロボットなどに機械学習機能を持たせることで貨物取扱量の変化や出荷頻度の変化などにも柔軟に対応できるようになってきている」と言います。

このように、物流センターの機能がAIの導入で自律的に複雑な課題を解決しようとする状況を、著者は「考える物流センター」と表現しています。そして、最適な出荷量や在庫量の判断、作業者や管理者への指示、入出荷トラックを管理するバース予約システムなども「AIにより自律的に管理される時代が近いうちに来る可能性も高い」と予測しています。

サプライチェーン可視化に向けた、ブロックチェーンの可能性

第4章の後半ではブロックチェーン技術を用いたサプライチェーンの「可視化」にも言及しています。

例えば、アメリカ、ドイツ、オーストラリアなどの専門家で構成されている国際非営利組織「ディストリビューテッド・スカイ」は、ロジスティクスドローンの管制システムの構築に、ブロックチェーン技術の活用を進めています。分散型ネットワークの拡張性を生かすことで、「たとえドローンが何百万台に増えたとしても管制システムが混乱を招くことはない」という利点があるようです。

他にも、イスラエルのカルタセンス社がパレットやコンテナごとにブロックチェーンのデータベースを用いることで、輸送工程を段階ごとに記録するビジネスモデルを構築しており、「ブロックチェーン上でこれまで以上に緻密な物流システムを構築することが可能になる」と、その強みを説明しています。

サプライチェーンへのブロックチェーンの本格導入にはいくつか課題があるものの、「あらゆる商品の取引履歴が可視化」され、「商流上の一連の所有権の移転プロセスが簡略化される」点などに、著者は大きな期待を寄せています。

ITと物流の境界線は低くなってきている

第5章ではコロナ禍が各産業にもたらした影響や、アフターコロナに向けて注目を集めているビジネスモデルや考え方を整理しています。

その中でも特に印象的だったのが、GoogleとAmazonの物流ネットワーク戦略です。著者はAmazonが「倉庫配送型」のビジネスモデルを構築しているのに対し、Googleはパートナー企業のリアル店舗のバックヤード、または店頭の在庫を消費者に届ける「店舗配送型」のビジネスモデルを展開していることに着目。売上はAmazonに及ばないものの、「堅実に売上高を稼ぐことができる」と評価しています。

しかし、Googleの真の狙いは「無人配送システムの構築にある」と著者は言います。すでにGoogleの自動運転車開発部門のウェイモは無人タクシーをスマートフォンで呼び寄せる「タクシー配車サービス」を展開しており、親会社のアルファベット社傘下のウィング社はドローン宅配の実証実験を繰り返しているそうです。著者は「AIで制御された「考えるロジスティクスドローン」が自ら配送ルートを決定する」と述べ、これはIT技術者が目指す「考えるロボット」の実現に向けた一つのステップであると見ています。

このように、情報革命からシン・物流革命へと進む中で「ITと物流の境界線は低くなってきている」ことを指摘し、「IT企業は物流的な側面を受け入れ、逆に物流企業はITの側面を強化しているのがアフターコロナ時代における大きな傾向ともいえるのである」と述べています。

シン・物流革命の「明」だけでなく、「暗」についての議論も必要

第6章では物流関連企業の国内外の動向を紹介しながら、「AIやIoTを駆使したスマート物流の勝者が、次世代のデータビジネスの覇者となる可能性も高い」という見解を示しています。国境をまたぐグローバルサプライチェーンの運用が当たり前になった現在では、日本国内だけでなく海外も含めたネットワークの一体化、リアルタイム可視化・最適化が求められるようになり、そのためには高速かつ高品質な5Gと優れたセンサーや端末が必要です。実際、「高付加価値製品の移動途中の状態や位置情報をリアルタイムに可視化するしくみは、すでに開発、提供が進んでいる」と、著者はグローバル物流の可視化を実現するユーピーアール社のワールドキーパーというサービスを紹介しています。

他にも、グローバルロジスティクスの覇権争いや先進的な取り組みで世界をリードするDHLの事例なども取り上げているので、興味のある方はぜひ本書を手に取ってみてください。

本書のあとがきでは、シン・物流革命に対する期待と不安が記されています。

考える物流センター」の到来が間近に迫り、「無人化オペレーションをどの程度受け入れるべきなのか」という難しい選択と直面していると著者は言います。米中のビッグテックも物流・ロジスティクス領域を含めたビジネスモデルの変革が求められる中、日本は技術面でも価格面でも「世界のトップランナーでないことは明らかである」と述べ、人手不足が解消されたとしてもそれは表層的な解決でしかなく、「ロジスティクス工学のエンジニア不足が解決されない限り、シン・物流革命のメリットを広く享受することは難しい」と、日本がシン・物流革命の潮流から取り残されることを懸念しています。

また、物流分野の課題解決は「物流コストをいかに削減していくか」に焦点が当てられがちですが、無人化はコストをかけずに導入できるものではないため「むしろ「物流にはカネがかかる」ということを理解しなければならない」と述べています。さらに、人間から機械へと入れ替えれば多くの人々の雇用が失われるため、「ヤミクモなかたちでの物流無人化はある意味、高リスクともいえる」と言います。

こうしたリスクに触れながら、著者は革命の「」の部分だけでなく、「」の部分についても理解しながら議論する必要があることを強調しています。とはいえ、今後も物流の効率化やサプライチェーンの最適化にアクセルがかかり、より便利な暮らしを手にすることも可能になることから、私たちは今「プラスのパラダイムシフト」とするための岐路に立っているというメッセージを告げて締め括っています。

このように本書は、物流領域の変革の大きな潮流を網羅的に解説しながらも、極めて客観的にシン・物流革命を捉えようとしている点が印象的です。グローバル規模で物流オペレーションが高度化する中で、日本としてどのような戦略を取るべきなのか、物流の未来はどこへ向かうべきなのかを、冷静に考えるきっかけになる一冊ではないでしょうか。すでに物流業界や小売業界に関わっている方はもちろん、物流業界へのサービス提供を考えている起業家、今後のサプライチェーンのあり方に興味がある方、大きなパラダイムシフトに不安や危機感を感じている方にもおすすめの一冊です。