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ダイナミックプライシングで変わる! スーパー「デリシア」が挑んだ食品ロス削減と生産性向上の最適解

近年、食品ロス削減の重要性が高まっています。その解決策として注目されているのが、ダイナミックプライシングの導入。AIやデータ分析を活用し、商品の需要予測や在庫、リアルタイムの売れ行きなどに応じて適切な価格設定を行うことで、廃棄を抑えながら利益を確保する仕組みです。

長野県の食品スーパー「デリシア」も、ダイナミックプライシングの導入による変革を推進する企業の一つ。どのように食品ロスを削減し、経営の効率化を実現しているのか、その実践例を「販売革新」編集部さんに取材いただきました。

食品ロスの削減は社会的にも経営面でも重要課題

食品廃棄ロス削減は、SDGsが目指すゴール12の「つくる責任 つかう責任」における重要な取り組みのテーマです。農林水産省ホームページには、具体的なターゲットとして「2030年までに小売・消費レベルにおける世界全体の一人当たりの食料の廃棄を半減させ、収穫後損失などの生産・サプライチェーンにおける食料の損失を減少させる」と記されています。食品製造業、食品卸売業、食品小売業、外食産業、そして消費者までの全てのサプライチェーンにおいて食品廃棄ロス削減が必要とされているのです。

日本における食品廃棄ロスは年間472万トン(2022年度)。内訳は家庭系236万トン、事業系も同じく236万トンで、事業系のうちスーパーマーケットやコンビニ、GMS(総合スーパー)など食品小売業における食品廃棄ロスは49万トンであり、全体の10.3%を占めると言われます。

また、食品小売業におけるロスとは、売れ残って廃棄となる商品の総額(廃棄ロス)と、販売期限が近づいた際に行われる値引きの総額(値引きロス)の合計であり、廃棄と値引きロスが削減された場合の収益の改善は大きく、多くの企業が食品の調達から製造、販売における“ムリ・ムダ・ムラ”の改善に取り組み続けています。

こうした中、長野県域に60店舗(2024年10月末)を展開する食品スーパー「デリシア」では、業務改革を進めるとともに、ダイナミックプライシングを導入し食品ロス削減に取り組み大きな成果を上げています。

 2023年4月に建て替えオープンしたデリシアうえまつ店
(長野県長野市上松4-7-2)

攻めの姿勢で臨んだ新規開店 食品ロスの低減が課題に

デリシアは2023年4月に「デリシアうえまつ店」(長野市)を建て替えオープンしました。同店は売場面積を広げて、特にデリカ部門を差別化戦略として強化しています。オープン当初から来店客に惣菜の品揃えを訴求して攻勢をかける一方で、食品ロスの抑制は重要なテーマに挙がっていました。

店がオープンした当初は攻めの姿勢で臨んできました。それが将来的にお客様の獲得につながると考えたからです。そのため惣菜は製造過多になり、食品ロスも多く出してきたことは事実です」と、デリシアうえまつ店店長の亀田修一郎氏は当時を振り返る。

亀田店長が言うように、新規オープンに際しては、欠品のない豊富な品揃えの印象は大切であることもあり、攻めの姿勢を持って、新規集客を優先して取り組みました。しかし、一方で食品ロス率をどの程度まで下げられるか、差配が難しいところでした。

そこで同社は、価格戦略の立案からシステム開発、導入支援を実施する企業「ハルモニア」の新サービス「Harmoniaロスフリー」(以下「ロスフリー」)を、デリシアうえまつ店で採用しました。このロスフリーは、既にデリシアの別店舗において一部実験が進められており、今回のデリシアうえまつ店において本格的に展開することになったのです。

このロスフリーは、POSシステムに保存されている販売・廃棄データ分析を基に、値引率の最適化によってロス削減を図る「Price Tech(プライステック)」サービスの一つです。ハルモニアは2021年8月に資本提携した東芝テックと共に、食品ロスなどの業界課題の解決を目指してシステム開発を進めてきました。

一般的に弁当や惣菜などの多くは当日の売り切り商品であり、夕方頃から値引きシールを貼って購入を促して、閉店までに完売させるようにしています。この値引率(あるいは値引額)が低ければ、金額ベースで値引きロスは抑えられる一方で、売れ残りにより廃棄ロスが増加する可能性が高まります。逆に値引率(あるいは値引額)が高ければ、購入が増えて廃棄ロスは抑えられますが、値引きロスが過剰になって、利益の低下を招いてしまうのです。

このように、いつ、どのタイミングで、何%の値下げが正しいのか、毎日、一品ずつ判断して実行することを、人手不足を抱えるオペレーションで実現するのは極めて難しいといえます。そこで、一連の業務でロスフリーのサポートを活用したのです。

ロスフリーの主な機能は、次のとおりです。

1. 適切な値引率、値引き回数の自動算出
2. 店舗スタッフへの値引き指示
3. 値引きロス、廃棄ロス、荒利率など経営上のKPI(重要業績評価指標)
    可視化
4. 製造数最適化への示唆提供

実際の流れですが、ある一定の時間にロスフリーのクラウド上で値下げの提案を店舗で受けます。デリシアうえまつ店での分類は「寿司」「米飯」「冷惣菜」「温惣菜」の4カテゴリー。

例えば、19時になると、「寿司」は値引率20%、「米飯」は同10%、さらに20時になると「寿司」が同50%、「米飯」同40%といった提案を事務所のパソコンでチェックし(画像A)、値引率の入ったシールを打ち出して、売場の商品に貼り付けていきます。

画像A 値引きプラン

シールはPOSで読み込むことができ、セルフレジでも元の価格と値引率のシールとを読み込んで精算することができます。

また一定期間で算出した平均製造数や商品販売数、製造過多ランキング、製造不足ランキングといった経営上の数値が可視化されます(画像B、C)。そうしたデータを基に最適化に向けて提供される製造数の示唆を日々の業務に活かしています。

画像B 製造過多ランキング
画像C 製造不足ランキング

こうしたシステムの導入により、どのような変化が売場にあったのでしょう。デリシア取締役経営戦略本部長兼経営企画部長の森真也氏は次のように話します。

これまではデータに基づいて値下げするのではなく、売場を見て、製造量の多い商品に値下げのシールを貼り付けてきたのが現状です。そこに切り込んだのがロスフリーです。値下げが多ければ、製造体制をどう改善すればよいのかも含めた検証を可能にしています

それでは新しいシステムを、どのように導入して、検証し、結果に結び付けてきたのでしょうか。

ダイナミックプライシングを導入する前に必要とされる現場への理解

ロスフリーへの取り組みは、食品ロス削減を目指すデリシアと、前述のように資本提携したハルモニアと東芝テックの3社が協議して、2023年6月よりデリシア梓川店(長野・松本市)でスタートしました。最初は製造から販売までの実態調査から始まりました。システムを導入する前に、どのようなオペレーションで製造し、販売し、その結果、なぜロスが発生してしまうのかを深く理解する必要があったのです。

ハルモニアのスタッフが店舗に数週間入って、デリカ部門の従業員と一緒に作業をして、販売データを見る中で、ロスの発生要因を確認しました。また、商品本部による企画から開発、それを実際に店舗でどのような製造計画に落とし込んでいるのかも検証していったのです。

デリカ部門とハルモニアによるデータ検証を進めて、ダイナミックプライシングのシステムをつくり上げる過程で、適切な商品を、適切な数量で棚に置けるようにすること、そして製造のアンバランスを少なくすることが同時に求められると考えて、システムに必要な機能を加えるなどしていったといいます。

ハルモニアのスタッフが店舗に入ることで得た気付きがありました。ハルモニア代表取締役CEOの松村大貴氏は次のように言います。

われわれのようなIT系の企業は、基本的にずっとパソコンに向かっている仕事なので、それが自然と思ってしまいます。しかしながらスーパーマーケットの現場は、そうした時間は本当にわずかで、商品製造や売場の管理、お客様対応などで占められます。そこで、どうしたら短い時間で、大切な気付きの部分だけを抽出したデータを出せるのかに注力しました

一般的に食品スーパーは、他店との価格競争に切磋琢磨する中で利益率の向上も求められます。食品ロス対策として、計画を立て、データで検証し、値下げを実行し、振り返りをする時間は大切ですが、そこに専任を付けるのは難しく、同時に日々のオペレーションに入る時間も重要になります。そこで食品ロス削減を目指す新しいシステムの導入に当たり、その一部を専門の企業(ハルモニア)にサポートを依頼したのです。

こうしたシステムの導入によるメリットは、可視化が容易になり、実態を把握する時間の短縮にも大きな成果があったと言います。デリシア第1販売部惣菜FOPの林広樹氏は次のように指摘します。

ロスフリーの導入により、チャンスロスを起こしている部分と、過剰にロスが出ているところをしっかりと可視化できます。それにより製造計画を見直し数字を動かしていく、良い気付きを得られました。このシステムを活用していけば、荒利に対しても大きなメリットがあると考えます」 

デリシアでは、もともと数字分析システムを持ってはいましたが、それを限られた時間の中で、データの集計レベルを一つずつ掘り下げて、詳細にしていくドリルダウンに時間を要していました。新しいシステムにより数字の把握が従来よりも簡単になったと言います。

値引率の経験値を変えた新システムで食品ロス率が半減


こうした実証実験をデリシア梓川店で実施し、成果を確認した上で、デリシアうえまつ店への本格導入となりました。同店は2023年4月からの初年度については、デリカ部門で攻勢をかけて、(お客が)欲しい商品を、欲しい量だけ展開する攻めの売場づくりに励みましたが、2年目になる2024年の6月にロスフリーを取り入れて食品ロス削減に目を向けました。デリカ部門のアイテム数は約400あり、同社のデリシアの中では、最も取り扱いアイテム数の多い店舗になります。つまり、それだけ食品ロスが多くなる心配があったのです。

実は、デリシアうえまつ店はリニューアル当初、攻めの姿勢を打ち出したこともあり、デリカ部門において売上高対比で2割、3割の食品ロスが発生していました。その結果、荒利益率の低下を招くだけでなく、人件費についても2割、3割と多めに作っている状態であったため、生産性を低下させる要因にもなっていたのです。

デリシアうえまつ店のデリカ部門の製造を担ったデリシア第2販売部総菜FOPの佐藤聡美氏は、「作る量も作る時間も、だいぶ変わりました。当日の計画自体をロスフリーの推奨で日々調整していきました。多い商品は減らして、少ないと指示されている商品は増やしていく。そのバランスを取る中で結果として、製造量もそれに関わる時間も減らすことができました」と言います。

現場は毎日の作業に忙しく、やり方を変えるのは簡単ではありません。しかし、それを第三者の視点から提示されたデータを見て判断したことが、大きな成果につながりました。

製造数量については、前日までの販売数、値下げ数、廃棄数のデータが「ロスフリー」に入る仕組みにして、過去の傾向を基に当日朝の製造数を推奨します。そして各SKU、各分類の製造数量から、何時にいくつ売れたかを、同期しているPOSデータの販売数を引き算して在庫数を算出します。ロスフリーからの値下げの提案は、各SKUのデータを合算して、前述したように四つのカテゴリー、すなわち「寿司」「米飯」「冷惣菜」「温惣菜」ごとに値引率を提示しています。

値引率の根拠となるのが、当日の在庫数と時間、その時間までの客数による販売予測です(図表①)。廃棄ロスが極力生じないような適正な値引率を決めていきます。

例えば、15時ぐらいまでどれくらいの客足があって、閉店までどれくらいの客数が見込まれるのか、最新データを駆使して、どれくらい残ってしまいそうかを予測として計算します。この時間だったら “値引率を高めましょう、弱めましょう”といった最後の調整を「ロスフリー」が担って、提案してくれるのです。

図表① 小売業の商品フローの自動デジタル化(=全過程のDX)

値引きの時間は毎日14時から1時間ごとにカテゴリーを固定して実施しています。仮に時間帯ではなく在庫数から判断して14時30分に冷惣菜の値引きを提案されても、従業員は待機しているわけではないので、基本的にオペレーション上は定時定例で実施しています。

通常、寿司カテゴリーは14時から18時まで1時間ごとに値引きの提案を受けます。他に16時に冷惣菜、19時に温惣菜と米飯に値下げのシールを貼り、20時は全カテゴリーで最終的な値下げを実施します。寿司を除くと、製造しているタイミングは一緒ですから、製造時間を見ながら貼り分ける手間はありません。寿司の消費期限は製造から10時間、撤去時間はその2時間前なので、細かく時間管理しています。値引きのシールには値引率を大きく記して、セルフレジにも対応しています。値引率についても、デリシアうえまつ店では以前は20%と半額の2パターンでしたが、ロスフリーの導入により、10%と30%の値引率を加えたことで荒利率の改善につながりました。

今まで自分たちの経験知により商品と時間帯の値引率に対して固定観念がありましたが、10%とか30%とか新たな推奨値により、値下げの総額を低減させることができました」(亀田氏)

より細かな商品管理により、デリシアうえまつ店のデリカ部門における食品ロス率は約半分程度にまで改善が進んでいるとのことです。

あらかじめ決められた1時間ごとに値引率が提示され、
それに添った値引きシールを貼付していく。
ロスフリーのシールはフルセルフレジにも対応している

商品ごとの値引き後の効果をPI値を活用して検証する

製造計画については、まず日々の製造計画を月次予算から設定します。それから、最初に作った製造計画を週次で調整し最新の動向を加えながら、最終的にロスフリーが当日の製造数量を計算して推奨します。その際、店舗では客数予測を月初に作成し、天候などを加味して前日に修正を加えます。販売計画については、部門別の予算を1カ月前に日割りで落とし込む必要があるので、いったん客数予測を立て、それを基に現場の担当者が日々の売上予算をつくる流れです。

PI値(レジ通過客数1,000人当たりの購買指数)を基本に販売予測を立てる方法もありますが、デリカ部門は、時間帯などや特売などの影響で変動が大きいため、ロスフリーでは、POSのジャーナルデータを基にしつつ、曜日や時間の販売特性を分析し、天候などの与件を加えて予測データを立てています。

今回はロスフリーによる、より詳細なデータから販売予測を立てられたことが、成果につながった一つの理由になったといいます。
PI値については商品の値引き後の効果を見るのに活用しています。同じ20%引きでも、唐揚げの反応と寿司の反応とでは異なるので、商品によって値引きシールの効果を見分けて、次は揚げ物を強めに値引きするとか、寿司は弱めで大丈夫といった判断材料にしているのです。

今後、予測精度を高めるためのプラスアルファについて、新たな販促企画や年に一度の催事といった、イレギュラーな売場への対応も、デリシアおよびハルモニアの間で課題として挙げています。

恵方巻きや土用丑の日といった催事は予測がすごく難しい。参考にできるのが1年前のデータしかありません。そうした催事は365日の中でも少ない一方で、月間のロス額を見ると構成比として大きくなってしまいます。業界の課題でもあるので、なんとか抑えられるようにしていきたい」(松村氏)

季節の催事は食品スーパーでの日々の買物において、日常に変化を与える楽しみな時間でもあります。近年は大量陳列、大量廃棄が社会的な課題となり、過度な販促は沈静化しているものの、 ある程度はロスを抑制しながら、お客を楽しませる機会は残しておきたいところです。

われわれデリシアは県内をドミナントに店舗展開を図り、近年は利便性を強化する傾向にあります。食品ロスを大量に発生させるような極端な販促は控え気味にしていますが、季節に応じた催事に対しては、食品ロスを抑制しながら地域のお客様に買物の楽しさを提供していきたいと考えています」(森氏)

可視化されたことでコミュニケーションも円滑化

今回、ロスフリーによって、売れ方や値引き後の動き、時間帯の売場など、さまざまな動向が可視化されました(図表②)。それによって、社内のコミュニケーションを活発化させる効用も生まれました。前出の佐藤氏は次のように話します。

売れている商品もあれば、ずっとロスの上位に出てきている商品もあります。ロスを生む商品の客観データをハルモニアから提供を受けることで、売場や本部の皆で話し合うことができました。それにより商品の改廃や売価変更などがスムーズになったかと思います

図表② ロス削減に向けて継続的な取り組みが必要

一方のデリカ本部としても、商品の動向がより可視化されたことで、一品一品の精査につながっていると言います。

新商品の企画というよりは、今出している商品の評価、フィードバックが以前よりも厚くなっています。何がロスを生んでいるのか、要因をしっかりと捉えることにつながっています。最終的な荒利益額のアップにロスフリーは貢献しています。うえまつ店においては、店長がしっかりとロスフリーのデータを把握して、お店のメンバーとコミュニケーションを図っていることで、効果が生まれていると思います。本部として、どのように水平展開させていくのかは、これからの課題です」(デリシア商品本部デリカ部部長の山岸健氏)

冒頭にも記しましたが、食品ロスの削減は、食品スーパーにとって大切な課題であり、その実践により環境に配慮するチェーンとして消費者の信頼を得るのが近年の傾向です。

デリシアの取り組みは、食品ロス削減と豊富な品揃えを誇る売場づくり、そして生産性の向上に大きな成果をもたらしました。   

(取材・文::「販売革新」編集部)

デリシアとハルモニアによる食品ロス削減の取り組みを紹介していただきました。デリシアがダイナミックプライシングを活用し、値引率(値引額)を最適化することで、食品ロス削減と利益確保を両立させることはもちろん、オペレーションの効率化や生産性向上にもつながっているのが印象的です。さらに、販売データの可視化を通じて適切な製造計画を立案し、チャンスロスを防ぐ仕組みを確立している点も注目に値します。

デリシアの事例は、食品ロス削減が企業の成長戦略にもつながることを示しています。今後、食品流通業界でこうした取り組みがさらに広がることを期待したいですね。私たち東芝テックも投資先のハルモニアと共創し、小売企業様のDX推進と持続可能な社会の実現に取り組んでまいります。