(寄り道投稿1)ーあなたに手を振って、握って
翔平、彩人、未来の3人組と言われるような、キャンパスでも有名な3人組になるまでに、難しい経緯は必要なかった。3人とも地元は全く異なる地域で、この地理的多様性を含む日本の特徴をそれぞれ生かしたように、3人の生い立ちも性分も、まさに三人三色という風で。だからこそ、互いが気を使わず、また尊重しあうことができている風にも見えた。何でも語り合っていた3人は、どんな時も一緒だった。…2021年、夏。どこにいても、3人は共にあることは変わらない。響き渡る蝉の鳴き声が、黒く染められた衣服に語りかける。何年もかけた青春が、刹那で終わってしまうと言う現実を訴えかけるようで、二人は思わず、動かなくなった手を、握らずにはいられなかった。
翔平
地元の定食屋を営む両親の手伝いをしながら、翔平の将来はぼんやりしていた。継ぐのかそうしないのか、じぶんが何者なのかもよくわからないまま、就職活動の意義を見出せずにいたどころか、嫌悪感まで抱いていた。まるで死に対応するような衣装で、畏まった雰囲気で自分のこれからを真剣勝負で曝け出すと言う風土が嫌だった。仕事になればしっかりやるだろ、お金発生するんだから、と言う至極シンプルな考え方で生きていた本人にとって、真面目ぶって面だけ取り繕い、話すことの情熱や面接のノウハウを力説してはボコるYOUTUBE動画を見ては怖気を覚えて、こんな世界なら黙々と何かに没頭して付加価値としてお金がついてくるような形でいいや、むしろしれが良いな、うーんでもいい会社に入って3年は見てから考えれと言うTwitterのワケわかんないコンサルの言葉も引っかかる。そんな日常が、大学3年の秋頃から続いていた。
「…ね?ねーえ?おーーーーーい、聞こえてますかぁ翔ちゃん!おい!!!!聞いてんの?早くして?ずっと待ってるんだから!」
「…お?おおお、悪い悪い。最近何かしながら何か別のこと考える能力を身につけるのに必死でさぁ」
「馬鹿なこと言ってんなよ、早くしねえと混むからなー勘弁してくれよ」
未来と彩人が訪ねてきていることを忘れていた、ってほどでもないが、この2人は俺の日常に溶け込みすぎている。言い方は悪いが、気づいたらいる。その勢い。
今日はテストも終わったから、3人の無事卒業に必要な単位習得祝いと進路決定祝いで、と言うことで江ノ島ー横浜の弾丸旅行に行こうと言うことで、俺が着替えをして準備をしていたところに、母が勝手に早めに着いた二人を店に入れて幸先よく二人は美味しいコーヒーを頂いていると言うようだった。確かに、ハイになるくらい母のコーヒーは美味い。何か秘訣があるのだろうか。苦味だけじゃなくコクがある。こんなコーヒーを作れたらモテるかな。あ、ほんと早くしないと。お気に入りのブレスレットは未来が誕生日にくれた上物。青の文字盤に小さなメモリが4つもついているこのイカした時計は、彩人のノリでのプレゼント交換で。部屋から出る前に、父の写真に手を合わせて。父さん、再び行ってきます。お土産、楽しみにしててね。空気だけでもいいかな、なんてね。父さんに習ったことは、しっかり覚えているつもり。あとは母さんにしっかり教わりながら、学校でしっかり学んでくるよ。それまではお手伝い程度だけど、早く一人前になれるように。一流国立を出といてこれかよ、って言ってくれるなよ。俺がやりたいことなんだ、誰にも何も言わせない。一番の壁だと思っていた父さんと母さんが、お前のやりたいように生きろって言ってくれてたから、俺はしっかりやろうと思えたんだ。頭ごなしにちゃぶ台でもひっくり返されたら、出てってたかも。時代のギャップだね…
「ねぇー。何してんの?こんな時にシコってんなよバーカ!」
「お前はいつも女の子みたいな発言しないよなぁ」
冗談だろ、母さんいるんだぞ…今降りるわバーカ!
彩人
物心がついたときからボクは男の子が好きだった。と言うより、翔平のことがずっと好きだった。幼稚園からの幼馴染の翔平はかっこよくてスポーツもできて、おまけに勉強もできて何より優しい。男子にも女子にも、よくわからないボクのような存在にも、分け隔てなく接してくれる。嬉しかった。好きだなんて言い出せない。でも、そんな様子も翔平にはお見通しだったみたいで、2年の頃のサークルの飲み会の帰り、飲みすぎたボクを通りがかりでバイト帰りだった翔平が家まで送ってくれたとき、お前が俺のことを見る目、友達ってこと以外にもある気がする、って言われた時は、もう昇天しそうだった。いっそこのままキスしてしまえばよかった。でも、未来が頭によぎった。未来はボクたち二人とは似ても似つかないタイプの韓流風いけめんが大好きでいつも男の話ばかりする清楚系やばいやつだけど、未来と翔平といる3人の時間を壊してまで、手に入れたい愛情かと問われれば、それは違うと言い張れる。未来は、ボクが東尋坊の崖から飛び降りる前に、手を差し伸べてくれた命の恩人。性別なんて関係ないって、彩人が彩人でいることで救われてる命もあるんだって、それだけじゃなくて、たくさんの命綱を投げてくれた恩人。好きの感覚は別だけど、2人がいて今のボクがある。だから、命に変えても、2人のことを守ろうって、ヒーロー気取ることにした。あ、なんか男の子っぽい。ボクかっこいいかな。
3人で行った旅行はとっても楽しかった。翔平と一緒にお風呂に入った時にはどうしようかとおもったけど…泊まった宿から見える朝焼けに照らされながら、買ったお土産を少しバラして食べて、小町通りの匂いを思い出して、今日はどこいこっかと、3人で語り合う時間、これこそが生きている意味。スペイン語の教授の日本語の使えなさも、スパルタ映画研のレポートのエグさも、バイト先でゲイだと言われいじめられていることも、高校時代にたくさんした手首の痕も、ここで全部チャラになる気がする。培ってきたものは一瞬で崩壊するけど、嫌だと思っていたことも、こうやって一瞬で崩壊させることができるもんだな、と思っていた矢先に、未来が言葉を発した。ちょうど、地平線から太陽が顔を覗かせる時だった。未来の顔は、とっても白くて、いわゆる美人だ。それなのにどんなことにも動じない強さを持っている。困った時にはいつもそばにいて、声をかけるもかけないもあり、時には人めを憚らず一緒に笑ってないて、ボクも翔平も、何度もこの女の子に、助けられてきた。そんなしっかりものの未来も、僕たちに弱音を何回も吐いてくれた。その都度、ボクたちは一緒に乗り越えてきたつもりだった。
未来
「…わたし、死にたいの。」
似合わない言葉だろう。翔平がなんかやばそうな男たちに絡まれているところを、柔道黒帯の実力でねじ伏せてしまうような私が、人の自殺を止めた私が、それをしようとしているのだから。今回の旅行は、冥土へのお土産旅行のつもりだった。両親はいない。私は施設で育ってきた身で、親戚は私の肌色を伺うや、病気がちになりそうな色だと言うだけで全てを放棄した。故郷も帰る家もなく育ってきた。中学から新聞配達をして年齢をさばよんで働かせてもらった分、色々なことへの怖さも無くなった。嫌なことも辛いこともたくさんあったけど、そこにはいつもこの2人がいてくれたから、のりこえることができた。彩人は男の子が好きな男の子、中学からの同級生。翔平とは大学で知り合ったけど、こんなに人にニュートラルに接することができる人はなかなかいないから、正直惚れて友達になりたくて、彩人に紹介してもらって、3人で遊ぶことが多くなった。3人でいることはとっても楽しい。これからも楽しい。ぜったい。それぞれに伴侶ができてもきっとずっと繋がってる。何が起きても。だから安心して死ねるの。理由はよくわからない。けれど、死にたい。この世界に生まれて何をするにも避けられない出来事。その間にどれだけ幸せなことをしても、そうしても必ず消えてしまうこの世界から、という事実に耐えられなくなっただけなのかもしれない。
なんて言われるのかなと、怖かった。
太陽が私たちを照らして、
二人がこっちを見て、徐に近づいてきた。この2人となら3pもできるよ。
こんな折にも変な冗談が思いついてしまうけど、頬が濡れていることには気づいていた。二人は私を抱きしめてくれた。言葉は、必要なかった。
本当に大切なら止めてくれよ、って心のどこかでは思っていた。でも、二人は最大限の愛で、私を肯定してくれた。何故かも、どう言うことかもきっと、このハグの間に伝える事ができたと思う。強く抱きしめてくれたから、胸がドキドキしてしまったけれど、その手は3人ともすごく震えていて、でも未来を照らすような朝焼けは、この世界じゃないくらいの橙色で、私たちを包んでいてくれるように見えて。その下に広がる青に見えて透明な地球の大半を占めるそれが、二人に思えた。私は、とっても安心した。二人の頬にキスをしてあげた。そっと、唇にも、二人とも。実は私の初めてのキス。どっちかなんて言うのは嫌だから、どうせだからと3人同時にした。彩人はとっても赤面していた、よかったね、翔平の唇に触れられて。笑
色々あったけど、決して不幸とは思わなかった。これが私の歩む道だと理解していたからだと思う。なんかどこかで、生まれる前から決まっているーなどと不謹慎なことを言っている輩がいたけれど、決められているかは別として、与えられた運命を遡って覆す能力はまだ何年かかっても開発されないから、受け入れてそれからのじぶんを自分で決めるしかない。そう考えてから、私はとっても生きやすくなった。けれど、死んでみたいとも思うようになった。生よりも自由な世界かどうか、二人に教えてあげようと思った。漠然とした不安は、若気の至り何だけど、それが拭いされなくて、生きることに支障をもたらし続ける人だって、いるんだと思う。寄り添うことはできているようで、この世界には誰にも踏み入れることができない。それは経験したもの同士でも、きっと無理なんだと思う。
命を粗末にしたいわけではない、尊い命だからこそ、決断を自分でさせて欲しい、矛盾に聞こえるグレーゾーンは、きっと私に非難轟々の形で返ってくることだろう。それでも、もう私には、これからもずっと2人がいるから、怖くない。
消えても、2人のそばにいてあげる。そう決めたから、悲しい顔しないで。
旅程を終えて、アパートの前で、笑顔で手を振った。屈託のない笑顔だった。
瞼の裏に今でも残っている。遠退く意識の中、思い出すのはいつも2人のことだ
った。
ありがとう
翔平・彩人・未来
すごく、美しい顔をしていた。未来はいつも、笑顔や麗しさの中に悲しさを秘めていた。どんな過去があったのか、あえて聞かなかったけれど、彩人は知っていたのかもしれない。それでも、聞かなくても自然と伝わってくるものが、いつでもあった。優しく受け止めてあげることしかできなかった、それがいちばん嬉しいんだよ、と言ってくれた。優しい子だった。俺にいつでも言ってくれた優しい、と言う言葉はいつでも、そのままお返ししていた。
見たこともないような、安らいだ顔で眠っている。
好きだった。
あの時、振った手でそのまま戻って、すぐさまドアを開けて、夜が明けるまで、何かが起きてこの世界が終わるまで、ずっと手を握っていたら。
そんなことを思って、手を振って、別れを告げた。