欧州フィンテックabound社の大型資金調達

南米のstoriというB2Cフィンテックが$212m調達したニュースについて先日noteで書きました。

一方で欧州に目を転じてみると、フィンテック関連で2024年最大の調達は(私の知る限り)UKのabound社による£800mということで、今回はこのテーマで書いてみようと思います。

ちなみに欧州全体ではまだフィンテックに十分な勢いは戻っておらず、2024年上半期の資金調達総額は$3.9bn(前年同期比 -43%)。平均は$20.7m、これは前年同期の$15.1mよりも微増ということで、投資家は昨年に増してセレクティブになっているものの有望なスタートアップはしっかり調達できている、ということかなと思います。
(ソース:FinTech Global)

aboundについて

1) ラウンド概要
今回の調達はDebtとEquityの合計£800mということですが内訳は開示がありません。
EquityはSeries BラウンドとなりGSR Venturesがリード。米国拠点のVCのようですが投資先は漢字のロゴが多く、チームも中華系のメンバーが多そうです。
Debt部分はCitiがリードするmulti-year asset-backed debtとのこと。債権を担保としたローンを原資としてこれから貸付の拡大に充てるということでしょう。
コーポレートファイナンスの教科書的な考え方として、貸付のための資金はEquityではなくDebtで調達するのが基本です。通常EquityはDebtよりも資本コストが高いので、Equityで調達した資金を貸付に充てるというのは、高く仕入れたものを安く売っているような状態です。
今回の調達のEquity部分についてはプロダクト開発やマーケティング、それを支えるチームの拡大といったあたりが資金使途なのだろうと考えられます。
Valuationは非開示。ポストマネーで$1bnは超えていると思われますが、なんとなく感覚的に今回の調達はDebtが結構大きそうな印象を持っており、今後の融資組成額の拡大に応じて借入れることができる枠のようなイメージで銀行と合意していそうな感じがしています。

2) ビジネスモデルと特徴
aboundはロンドン拠点のクレジット・テクノロジーの会社で2020年創業。オープンバンキングとAIテクノロジーを活用して個人向けローンを提供しています。サービス開始から3年で黒字化、これまでに$400m以上のローンを貸付実行。
テクノロジーの中核は"Render"と呼ばれるAIベースのプロダクトで、顧客の銀行トランザクションデータを分析して独自の返済プランを顧客ごとにカスタマイズして作り、魅力的な条件でローンを提供するもののようです。これにより、aboundでは業界スタンダードよりもデフォルトが75%減少しているとのこと。

与信テクノロジーの進化

B2Bの世界では「トランザクションレンディング」というものが盛り上がってきています。従来の財務情報を基に融資条件を設定するのではなく、日々の取引データなどを基に融資条件を設定するというものです。リアルタイムな取引実績を参照し、アルゴリズムによる自動分析等を通じて融資判断をすることで早く簡単に融資を受けやすくなり、融資利率も抑えられる等のメリットがあります。

このトランザクションレンディングのB2Cバージョンをaboundが提供しているように感じました。
B2Cの世界ではこれまで中国の芝麻信用などのように「クレジットスコアリング」というものが注目を集めていました。
芝麻信用はアリババグループの関連企業アント・フィナンシャルサービスグループが開発したもので、2015年にスタート。スコアを集計するためにアリババのサービスからデータを利用、ユーザーはソーシャルメディアでの言動やアリババグループのウェブサイトでの購入履歴、アリペイでの支払いなど様々な要素に基づきスコアを受け取る仕組みです。個人の学歴や職歴、住宅・マイカーといった資産の保有状況、交遊関係などもポイント化して信用度を格付けするという話もありました。

これを受けて日本でもJ.Scoreなど複数のクレジットスコアリングサービスが当時立ち上がったものの、残念ながら昨今ではあまり聞かなくなってしまいました。個人情報やプライバシーに対する意識、そして法規制が国によって異なる為、日本では個人のデータの体系的な収集や分析が難しく、ひいてはその先の収益化までの道のりが見えなくなってしまったのだろうと思います。

そんな中でabound共同創業者のMichelle He氏は従来のクレジットスコアリングを"outdated"と呼び、 オープン バンキングを有効活用することでRender はより適切な資金をユーザーに提供可能であるため、コストとリスクを軽減できるとしています。

オープンバンキングとは?

オープンバンキングとは、銀行の顧客データや機能などをAPI経由で利用できるようにし、第三者の企業が銀行機能やフィンテックサービスを拡張的に提供できるイニシアチブのことです。
銀行のオープンAPIは第三者企業による銀行関連サービスへの参入を促進するだけでなく、ユーザーにとってもサービスの選択肢が増えるメリットがあります。

歴史的には英国がリードする形で広く欧州地域において2015年頃から政策主導で施策が進められており、16年施行のPSD2(決済サービス指令)で銀行にAPI接続を「義務付け」、18年施行の一般データ保護規則(GDPR)で個人データを囲い込めないようになりました。口座情報は金融機関の所有物ではなく、ユーザーのものだということです。

日本でも2017年の銀行法改正に伴ってAPI公開が「努力義務」となりましたが、欧州と比べれば遅れている印象は否めません。
このあたりはプロの方々が書かれている記事がありますので詳しいことはそちらに譲ることとします。


aboundはまさにこのオープンバンキングを活用して生まれたサービスであり、消費者が恩恵を受ける結果につながっていると言えます。

日本でも東京都が「国際金融都市・東京」構想を掲げており、その三本柱の一つが「フィンテックの活用等による金融のデジタライゼーション」です。しかし日本ほどの経済大国において、フィンテックの存在感はまだまだ小さく欧州や米国に大きく遅れをとっています。
フィンテックは特定の業界にだけ働きかけるものではなく、広くHirozontalに影響を与えるものです。その潜在的な経済効果の大きさはもちろんのこと、政策主導でオープンバンキングを強力に推進することでフィンテック関連の成長企業がたくさん生まれてくれば、日本政府の推進する「スタートアップ育成5か年計画」のドライバーの一つになると信じています。


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