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The Time Lag 0:04

そんな閉塞感に苛まれるこの身を知ってか知らずか、

あの娘は其れまでと変わらない様子だった。

正直煩わしかった。

「周りの声を気にしている自分が間違いなのか」

「君にその気はないのか」

という事ばかり思考回路を巡り続けた。

当然心に邪念が過ればパフォーマンスも落ち、

自分の手から益々「勝ち」がこぼれ落ちるようになった。

慣れとは恐ろしいもので、勝てなくなることに対する悔しさは

最初に学期末テストで打ち負かされた時の半分にも満たなかった。

引き分けでもいい、もしくは評価内の最高得点であれば

単独首位を争うのも野暮なので、同率首位であればいい。

そんな思いが闘争心の呼び水を染め上げた。

そして、遂に勝ちへの執着心を切らしてしまった出来事に遭遇した。

それは学年末テストの返却での事だった。

2ヶ月前の授業中に行われた小テストで書けていた、二桁にも満たない簡単な

画数の漢字を書き取れず失点した事にショックを受け、あろうことか

そのショックを涙という形で表出させてしまった。

成長期というのは、寝ているだけで身体が大きくなる。

昨日の自分に上書きがなされ、より良くなれるはずである。

つまり良くなっているというのであれば、過去の自分が出来た事を

現在の自分がしくじるというのは有り得ない。

そう信じ込んでいたからこそ、このミスは些細ながら甚大なものだった。

その様子を見て泣くほどを凄惨な結果だったのかと気にかけてか、

あの娘が間違いの見合わせに来た。

「あ、この漢字の書き取り間違えたんだ。うちも間違えたんだから

気にしなくていいじゃん。お互い小テストでは書けてたのにね。

ま、次間違えなきゃいいよね。」

そう言ってあの娘から向けられた笑みは、

断崖絶壁にかろうじてしがみついていた利き腕から

無慈悲に力を奪い取っていった。

支えを失い、宙に舞った体が深淵へと吸い込まれるような思いの中、

あの娘へ言葉を返した。

「僕が書けなかったのと君が間違えたのは別の話だろ。」

あの漢字が今回も書けていたら、あの娘にできなくて

自分にできたことが現れた。

たとえ点数は同じだとしても、一つでもあの娘に勝る部分が

あるかもしれなかった。

そのチャンスを潰してしまった。

重箱の隅をつつくようなとるに足らないことでも、

相手より優位に立ちたかった。

そんな矮小な思いとは対照的にあくまで戦いの相手として、

涙を零す程の悔しさの理由を掘り下げ、感情移入してくれた。

そんなあの娘の姿勢が、ますます自分を惨めにさせた。

涙目を擦りながら吐き捨てた台詞は、あまりにも小さすぎる

自分を晒しあげ、あの娘と顔を合わせた時とは別の恥ずかしさを

喉につまらせた。

小さなことが重なり、大きな亀裂を生み出す。

そしてその亀裂に、自分の器には入りきれない闘争心の呼び水が

洪水として流れ込む。

その洪水は閉塞感と共に呼吸を奪い、一つの陸地へと自我を流した。

あの娘は格好いい。

しかしあの娘をかっこいいと思うだけの自分は、世界一格好悪い。

その着地点からの景色は、真っ暗で地図もなかった。

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