「医療コンフリクトマネジメントの第一人者」 オフィス風の道 代表 永井弥生さん
「自分の人生に責任を持て」という理念のもと、ストレスで悩む人たちに満足した人生を送るための活動を指南している女性医師の永井弥生さんにお話を伺いました。
プロフィール
出身地:群馬県
活動地域:全国各地
経歴:山形大学医学部卒業後、群馬大学病院に皮膚科医師として勤務。褥瘡治療を専門とし、皮膚科准教授となり診療にあたる。女性医師としては日本唯一の医療メディエーター協会シニアトレーナーとしても活動。2014年、群馬大学病院の医療安全管理部長として腹腔鏡下肝切除術における医療事故を発覚させる。70件を超える遺族対応などの激務をこなし、3年半にわたり院内の改革に取り組む。読売新聞の論点スペシャルや、報道記者の著書『大学病院の奈落』でもその軌跡が記されている。特定機能病院に対して、医療安全管理責任者の配置、医師の専従安全管理者をおくことが義務付けられるなど、日本の医療改革に尽力した。医療コンフリクトマネジメントの第一人者として講演活動にも力を注ぎ、受講者は18,000名を超える。全国の病院、学会等での講演実績多数。看護師、病院管理者、安全管理担当者からは、「他人事ではない」「怒りに対する考えが変わった」「紛争対応はスタッフ間の対応にも活かせる」など多くの共感を得る。医療と社会をつなぎ、「医療のリスク」から「人生のリスク」対応の必要性を感じ、オフィス風の道を設立。「自分の人生に責任を持て」という理念のもと、ストレスで悩む人たちに満足した人生を送るための活動を指南している。群馬大学病院の女性医師支援部門責任者、群馬大学男女共同参画推進室副室長として女性医師支援にかかわる代表も務め、2015年には女性医師しか利用できなかった病院の短時間勤務プログラムを男性も利用できるよう制度を改革。1年に600冊の本を読む読書家でもある。著書に『褥瘡がみえる』(南江堂)がある。
現在の職業及び活動:オフィス風の道 代表、医療メディエーター協会シニアトレーナー
座右の銘:思考は現実化する
『自分軸を持って自分の人生に責任を持って生きる』
Q どのような夢やビジョンをお持ちですか?
永井 弥生さん(以下、永井 敬称略) 自分軸を持って自分の人生に責任を持って生きる人を増やしていきたいです。私はコンフリクトマネジメントを教えています。コンフリクトとは主には苦情・クレーム・紛争対応のことですが、これらは表に出ているもので、胸の内にある不安とか不満とか葛藤とか、そういう嫌な気持ちも含んでいます。
医療現場で働いていると、医療側と患者さんの間で考えのすれ違いがたくさん気づきます。そのすれ違いや紛争や葛藤は、時に亡くなるときにも起こります。例えば、高齢で状態が厳しいときにどこまでの治療を希望するのか、などにおいても両者の考えにすれ違い、ずれがあるのです。
このすれ違いを見た時に、患者さん側も自分なりにどういう生き方をしたいのかをしっかり考えておくことが必要だと感じました。一人一人がしっかり自分の人生に責任を持って生きる、そこにコンフリクトマネジメントの考え方を使って繋げていきたいと思います。
このようなことを伝えて、自分の人生に責任を持って生きられる人が増えて、死ぬときに満足だったと思ってもらいたいです。
『認知度を上げることが社会貢献に繋がる』
Q その夢やビジョンを具現化するために、どのような目標や計画を立てていますか?
永井 知ってもらうこと、認知度を上げるということですね。会社として講演や研修を提供できますということを伝え、その数を増やしていきます。それから、発信ということではYouTubeの準備もしています。ブログやメルマガ、書籍などで伝えて広げたいと考えています。
今は主に医療者向けに行っています。会社としてこういった形を作って伝えているところはあまりありませんので、また違う方面に対しても広げていきたいと思っています。
医療メディエーションのシニアトレーナーとしても、自分の認知度を上げて、多くの人に影響を与えて、変わる人たちを増やしていくことが社会貢献になると思っています。
『コンフリクトマネジメントとアンガーマネジメントを組み合わせたコンテンツ』
Q その目標や計画に対して、現在どのような活動指針を持って、どのような活動をしていますか?
永井 講演やセミナーを増やすように働きかけています。SNSを使ったり、出版したりですね。SNSは得意ではないのでたくさん学んでいます。それが私のストレスですね(笑)人が怒っても全然ストレスじゃないんですけどね。
それから、アンガーマネジメントファシリテーターでもありますので、これも伝えています。自分の怒りをコントロールできて、人の怒りへの対応もできたら最強ですよね。コンフリクトマネジメントとアンガーマネジメントを組み合わせたコンテンツも提供していきたいと思っています。
今までは医療機関がメインでしたが、これからは関連するところにも広げていきたいと思っています。介護の世界にも結構あるんですよね、嫌な思いをしている利用者さんがいたり、困っている介護者がいたり。そういう世界にも伝えていきたいです。
『この経験は伝えていく使命がある』
Q そもそも、その夢やビジョンを持ったきっかけは何ですか?そこには、どのような発見や出会いがあったのですか?
永井 コンフリクトマネジメントについては、自分がただただ惹かれて始めて、教えていました。2008年に始めた時はこれをやりたい、必要だと強く思ったのですが、その後、2014年に医療安全管理部長にさせていただいて、ご遺族の対応を70件ほどする機会を得ました。全部が医療事故やミスではないですけれど、50件調査しました。
医療者が思っていることと、ご家族が思っていることは全然食い違っていたりします。ご家族の話を聞くと、「そこを気にしているのですね!」ということがたくさんあるのです。
その後、医療安全管理部長をやめることになりました。すると、この仕事はもうできないわけです。普通のお医者さんはもちろんできますけれど、「この経験は伝えていく使命があるんじゃないかな」と思ったのがきっかけですね。
コンフリクトマネジメントをずっとやっていて、70件もご遺族を担当した医療安全管理の医師は全国にもいないですし、これからもいないと思います。「この経験を活かさなかったら、今後私の人生で何を残すのか?」と思った時に、「やはりこれしかない!」と思いました。
自分の人生に責任を持て、という理念を持つようになったのは、終末期を含むたくさんのトラブル対応を経験してきたからですね。
その中で、中立的な自分を持ってしっかりと対応しないとこちらの話を聞いてもらえません。物事を中立的にみる、自分自身も客観的に見ることの大切さに気づきました。
『腹腔鏡下肝切除術の医療事故に気づいた』
Q その発見や出会いの背景には何があったのですか?
永井 病院の中にいて、「この病院の医療は今のままではいけない」と思っていましたね。医療安全管理部副部長のときに、それを上に伝えてもなかなか改善されなかったのです。だから医療安全管理部長をやらせてくださいと言いました。
しばらくして、周りからいろいろな話が入ってくるようになり調べてみたら、腹腔鏡下肝切除術の医療事故に気づいたのです。それを契機に大改革となりました。
実は、それよりももっと昔に、自分の子供が病院にかかったことがあったのですが、その時に少し嫌な思いをしました。
こちらは心配で心配で一晩眠れていない状態だったのですが、淡々とした説明だけだと、すごく不安と不満が強くなりました。でも後から考えると、医療者は一生懸命やっていた、でも患者家族には通じていない、もったいないと思いました。
「辛かったですね」などの共感の言葉が一言あれば全然違ったと思うのです。そういうこともあって、「このままの医療でよいのか」と漠然と感じました。そんな経験も今やっていることに繋がっているのかもしれません。
---------------------------------------
永井さんの活動、連絡についてはこちらから↓↓
・HP 「オフィス風の道」
https://kazeno-michi.com/
・Facebook 「永井弥生」
・Facebook 「風の道 ~ 苦情・クレーム・紛争は怖くない:医療現場から伝えるコンフリクトマネジメント、自分のストレス、葛藤にも対処する」
【編集後記】
今回インタビューを担当した藪内と池田と石川です。
職業としては医療側の立場でありながら、母親として患者側の立場に立った時に感じた疑問を、現場で実践し解決される姿は医師として素晴らしいと思いました。
そして、その現場で培われた経験は永井さんでしか提供できないコンテンツに昇華されていると思いました。
今後は医療以外の分野へもご活躍の幅を広げられそうですので、幅広い分野でのご活躍楽しみにしています。
---------------------------------------
この記事はリライズ・ニュースマガジン”美しい時代を創る人達”にも掲載されています。