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she loves you

出会いはありふれたものだった。
友人になんとなく誘われた日帰りドライブ旅行のLINEグループの中に、彼女はいた。
誰に撮ってもらったか分からない、寂しげな表情の横顔アイコンに何故か惹かれた。

前日の夜、集合場所や時間のやり取りの時、彼女の選ぶ一つ一つの言葉遣いが好きだと感じた。
まだ会ってもいない、声も聞いていない相手に、僕の心は揺れていた。

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旅行当日、友人が運転する車に同乗して、彼女はやって来た。
車のドアを開けた時に合った眼差し、肩より少し長い髪、細く白い指先に塗られた紅いマニキュア、グレーのワンピース、そして声のトーンまでが、前日思い描いていた彼女像を軽く越えていた。

簡単な自己紹介を済ませると、僕はこれ以上彼女を直視することができなくなって、そそくさと後部座席に乗りこんだ。

「隣、空いてる?」
「え?あーどうぞどうぞ」
「ちょっとねえ、緊張してる?笑」
「え!バレた?笑」

彼女はスッと心の中に入ってきて、僕が彼女のことを完全に意識するようになるまで、それほど時間はかからなかった。
目的地に着くまで、僕らは育ってきた環境のこと、今の仕事や、思い描いている少し先のこと、好きな音楽や映画のことを話した。

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日帰り旅行といっても、国道をただ走って、フェリー乗り場の近くで海鮮丼を食べて、小さな島をあてもなくだらだら歩いたり、ドライブ途中で見つけたカフェでコーヒーを飲んだり、休日によくある1ページのようなものだった。

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「ねぇ、海岸行かない?」
夕暮れに差しかかる頃、何気なく誘ったかのように聞こえた一言は、その時の僕の想いのすべてが詰まっていた。
海岸への坂道を下る途中、隣を歩く彼女の指先がたまに触れ合う。
もう大人だというのに、いまだにそんなことで耳の端が熱くなっている自分がいた。

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「来てよかった」
今日のことなのか、今2人でいる海岸のことなのか分からなかったけど、波の音にかき消されるぐらいの声で彼女はそう言った。

それから、僕らは言葉を交わさずに夕暮れの海をただずっと見ていた。
何を考えてるのか気になって、ふと彼女を見ると、同時に目が合った。
彼女が優しい顔で微笑んだ時、僕は世界中の誰よりも彼女を一番近くに感じ、独占した気になっていた。
これ以上、時間が流れてほしくなかった。
もう疑うことなく、好きになっていた。

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「写真、撮っていい?」
「うん」
僕は夕陽に照らされた彼女の横顔を撮った。
初めて見た、あのLINEのアイコンよりも心なしか嬉しそうな表情をしていた。

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後日、グループLINEであの日の写真を共有し合った。
僕は海岸で撮った、あの写真だけはなんだか他の誰にも見せたくなくて、彼女にだけ個別に送って、その夜は眠りについた。

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次の日、スマホのロック画面に返信の通知がきていた。
「ありがとう、この日すごく楽しかった」
慌ててLINEを開いた瞬間、持っていたスマホを落としそうになった。
彼女のアイコンがあの写真に変わっていた。

「あ、アイコン変わってる笑」
「うん、お気に入り笑」

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その日から僕は徐々に変わっていった。
インスタやTwitterには彼女が好きそうなカフェや音楽、映画の投稿で溢れかえった。
彼女がアップしたストーリーの音楽を無理やり聴いて、以前から自分も好きであるように振る舞った。
興味が引ければそれでよかった。
たまに彼女からのコメントがあれば、もう心が満たされた。その日だけは。

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たまに来る彼女からの誘いがあれば、別の誰かとの先約があっても、リスケしてでも会いに行った。
彼女のことをもっと知りたい、もっと一緒の時間を過ごしたい。
いつしか一日中彼女のことばかり考えていて、仕事も手につかず、ミスをして上司からこっぴどく説教された日もあったし、彼女の気持ちが分からなくて、一晩中悩み苦しんだ夜もあった。
でも、2人の距離がこれ以上近くなることがないのも、なんとなく分かっていた。

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あの時は、今思えばどうかしていた。正直、相当狂っていた。

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でもおかしくなるほど、狂ってしまうほど、人を好きになることなんてもうないだろうし、そういう人生もあるよな、今はそう思えるようになった。
それぐらいの季節が、僕を通りすぎていった。

僕は、最後の1本になった煙草に火をつけて大きく息を吸った。

あの頃の気持ちと一緒に吐いた煙は、夜の静寂にすっと溶けていった。

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