柿田川湧水群によせる乱筆(2013)
この乱筆は2013年…私が静岡へ住み始めたときのこと、会社の同期たちからきっと行ってみるといいと言われた柿田川湧水群をはじめて訪れたときのことを書きしたため、フェイスブックに投稿したものである。殊の外当時の私がよく表れているようだったので、noteにも共有する次第である。
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柿田川湧水群へいってきました。静謐な奥地、というわけにもいきませんが(なにせ国道1号線沿いなのだから)、湧き出る水からは「こんこん」と聴こえてくるようで、見入るというより聴き入っていました。
まあるい水辺を見ていると『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』の「南のたまり」がふいに飛び出てきて、しかしながらそれはもっと大きなものだったろうと思い直して。ぼくはスマート・フォンを必死に差し出して写真を撮る43歳くらいの女性に目をやり、そして自身も、なんだか節操がないと思いつつディジタル・カメラを秘密裏にかまえる。不倫現場を捉える週刊誌記者のように。
湧水公園に立ち入ったとき、公園を掃除しているおじさん二人が「湧水のお兄ちゃん!」とぼくに向かって声かけた。まるで僕から雄大な湧水があふれているような呼び名だと思った。「そのボトル、こっちに持ってきたって駄目。湧水は建屋でしか汲めないのよ」と教えてくれる。
二人ともたいそう親切に教えてくれたが、結局ぼくは二人の説明を聞いていなかった。二人の向こう側に、おじさん達が「あたま」を上にして担いでいる箒に見え隠れして、高校生(と断言してよいくらい高校生らしかった)のカップルがベンチを独り占めしていたからだった。それは「独り占め」と言ってなんら差しつかえないくらいに「ひとり」に見える二人組であり、ベンチの正しい占め方を満足に心得た二人だった。僕は湧水の汲み場所の説明を聞かずに、彼らに見とれていた。
おじさん二人にとりあわせの礼を言い、ぼくは公園を一周した。水の湧き出る場所には人だかりができ、広場では大学生と思われる四人組がバドミントンをしていた。ダブルスとはまた違ったやりかたで、四人がてんでばらばらに羽を打ち合っていた。もしあの順番に数学的法則をあてることができたなら、世紀の発明と言えるだろう。
僕はぐるぐると公園をまわり、気がつけば国道1号線につきあたり、箒のおじさん二人がせっせと教えてくれていた「建屋」につきあたった。僕はそこで、もってきたポリケースに水を汲もうとしていたことを思い出した。湧水の汲み場では地元の人が僕の先に並んでいた。「地元の人」というありきたりな言い方をしたが、その爺さんは「大五郎」の4リットルボトル3本に水を汲んでいたのだから、これはいい加減な言い方ではないと思う。それよりも、彼が本当にあの三本の湧水を飲み干せるのかどうか、あやしいものだと気になる。
僕が順番をまち、水を汲もうとすると、観光バスのドライバーらしき男が先に割り込んで水を飲んだ。彼が観光バスのドライバーであることに対しては、公園が観光地であることを考え納得したが、割り込みにかんしてはすこし戸惑いをおぼえた。戸惑ったところで、どうしようもなかった。彼は「いい水!いい水!」と言いながら、バス会社の社章がついた腕で口をぬぐった。「いい水!」とは、なんともいい言葉だと思った。「いい」とは、ここでは、他の言語に訳しようがないという意味合いにおける評価である。僕は彼が割り込んだということを忘れ、納得しながら水を汲んだ。
説明を聞いてはいなかったけれど、箒のおじさん二人に礼を言わなければならないと思った。僕は湧水のはいったポリケースをいったん車に放り込んで、元来た道を引きかえし、礼を言いに行った。
「どうも」と僕がおじさんに声をかけると、彼は怪訝そうな顔をして「はあ」と言った。「はあ」とは結構な言葉だと思った。先ほどはこちらが解釈に窮するほどの「湧水のお兄ちゃん!」をぶっかけておいて、いざ僕が礼を言いにいけば「はあ」である。それでも僕は自分の面目を保つために「公園を1周して、汲めましたよ、水」と言った。おじさんは「良かったね、そりゃ」と返した。
僕は、もう一人のおじさんにも礼を言いたかった。二人で説明をしてくれたのだから、二人に礼を言うのが自然なやり方だからだ。あたりを見回すと、もう一人は先ほど高校生のカップルが座っていたベンチのあたりを掃除していた。高校生が座っていたときにはふたりの周りを取り囲むように舞っていた深い色の落ち葉が、一枚のこらず無くなっていた。僕は、おじさんが高校生のカップルを箒で「はき消して」しまったような気がするとともに、僕は公園を一周する間にいったい何十年の月日が経ったのだろうと考えてみた。
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と、いうわけで柿田川の湧水で水割りをつくりながら、家でひとり飲んでいるわけです。
湧水うまし!上のような回想が湧き出たのも、水の魅力と酔いのおかげでしょう。
いやしかし、水を飲むためにウィスキーを飲むなんてはじめて。こんな安いブレンディッド・スコッチ(※ホワイトホースの写真がフェイスブックに載っていた)も、おいしくいただけます。