Watcher #20
うちの田舎には白目様と呼ばれるモノがいた。
おれは中学のとき部活で、右眼の白目部分に怪我をしたことがあった。
白目の一部が血溜まりみたいになってしまっていた。
それで、当時まだ生きていたひいばあちゃんが言った。
「白目なら白目様みれば治るわ、黒目ケガせんでよかったのー」
そして、歯のない口を開けて「かっか」と大笑いしていた。
小さい頃から、白目様の話は知っていた。
だけど、中学生になっていたおれは、その存在を信じていなかった。
その日の夜、ひい“じゃない方”のばあちゃんに懐中電灯を持たされ、家の外へ追い出された。
「ぶらぶらしとれば白目様が出てきてくれるから治してもらい」
マジか。
だいたい白目様ってなんだよ。
白眼むいた神様かなんかかw
ど田舎だから街灯なんて、ほぼない。
だけど晴れていれば、月や星のあかりでけっこう明るい。
けれど、その日はあいにく曇っていた。
懐中電灯の灯りが、数メートル先の闇に吸い込まれている。
ど田舎なので、24時間営業のコンビニがあるはずもない。
普段、夜に外へ出ることは、ほとんどない。
慣れない夜道。
正直、ビビっていたと思う。
だけど、夜の暗さを怖がるのはカッコ悪い、という中学生男子的発想が家に引き返すのをこらえさせていたと思う。
おれは言われた通りぶらぶらした。
すこし肌寒くて、蚊もいなかったので10月くらいだったと思う。
白目様でるな、白目様でるな。
いつの間にかおれは、そう念じていた。
白目様を信じていなかったはずだ。
暗闇に心まで包まれてしまっていた。
おれとしては、ビビってすぐには家へ戻っらず、ちゃんと言われた通りぶらぶらしたけど、白目様には会えなかった、というのがベストの筋書きだった。
一時間···
一時間すれば、家へ戻って「白目様でてこないから、アホらしくなって帰ってきた」と言うことができる。
おれは腕時計を確認した。
あと少し。
そのとき、小雨が降ってきた。
よしっ。
これで、家へより戻りやすくなった。
傘も持ってきてないし···
「白目様でてこないし、雨降ってきたから戻ってきたわ」
頭の中で、家へ戻って吐く台詞を再度シミュレートした。
完璧だ。
もう戻っていいだろう。
そう思って踵を返した瞬間だった。
振り返った闇の中から真っ白な塊がぬるっと現れた。
おれは振り向きながらのけぞり、こけた。
「あーーぁっ」という、情けない悲鳴とともに···
白い塊は人の形をしていた。
白目様だ。
そう確信した。
白いのは白目の白だった。
全身が白目の部分···
白目の組織でできた人の形をした···やつだった。
おれはダッシュで家へ逃げ帰った。
玄関先に傘をさしたばあちゃんが立っていた。
白目様が出たことを報告しようとしたら、ばあちゃんは、おれを見るなり、
「会えたか」
と、嬉しそうに笑った。
洗面所に行って鏡をみた。
右目の白目部分の血溜まりが、あとかたもなく消えていた···
これが、おれの経験した最も怖かった話。
おれがそう言い終えると、萩野くんは「スゴいですねっ!」と目を輝かせていた。
あいさんは、白々しい目でおれを見ていた。
三木さんは、にこにこしている様にみえるが、ただ目が細いだけだ。
今日はプチオフ会だった。
そこで、おれの創作した怖い話を披露したのだ。
「えー創作なんですね。臨場感あったからほんとだと思いましたっ」
萩野くんのそのリアクションに、おれは満更でもなかった。
おれは、自分と同じような体験をしている人がいないか、ネットで探している。
体験とは、もちろん“あれ”の目撃だ。
掲示板サイトにあふれている怖い話もチェックする。
作り話と思われるモノの中に、まぎれているかも知れないと思ったからだ。
かといって、無数にある怖い話をすべて読めるわけもない。
そこで活用するのが、動画投稿サイトだ。
ネット上の怖い話を朗読したものが、いくつもあがっている。
それらを、作業のBGMとして消化している。
いつの間にか、こうして創作できるようになってしまうほど、怖い話を聴いてきた。
だが、“あれ”の話と思われるものとは出会っていない。
数えきれないくらい聴いてわかったのだが、怖い話のあらすじには、テンプレートみたいなものがある。
そのうちのひとつは、三人くらいの男子が、肝試しで入ってはいけない場所に入り、やってはいけないことをするものだ。
それはその後、三人のうちひとりかふたりが、霊に取り憑かれたり、呪いを受け、洒落にならない事になる。
そんで、駆け込んだ先の、神社か寺かに閉じ込められて一夜を過ごすものだ。
怖い話を読んだり聴いたりしない人には、何を言っているのか、わからないのかも知れない。
しかし、怖い話を読んだり聴いたりするのを趣味にしている人なら「ああ、あれね」と、なるだろう。
他には、コトリバコなどの呪物系の話や、八尺様などの○○様系の話がある。
白目様の“様”はここから頂いた。
白目様のビジュアルは、最近おれが見た“あれ”そのままだ。
おれは疲れて仕事から帰ってきた。
自室のドアの鍵をあけ、玄関の照明のスイッチに手をかける前···
部屋の奥の暗がりの中から、その“あれ”は現れた。
全身が白目だ。
今まで見た“あれ”の中で、断トツにビビらされた。
思わず「ビビらすなよっ」とキレた。
次の瞬間、冷静になって、大きい声を出したのを、マンションの他の住人に聞かれてなかったか心配しながら、そそくさと自室へ入った。
玄関に座り込んで思い返していた。
おれがビビりのピークを向かえてるときに、さっきの“あれ”何か言っていたなあ。
引き延ばしたテープの音声の様で聞き取りづらかった。
「少佐がしている?」
少佐のイントネーションじゃなかった···
「死を探している」
他に妥当な候補はなかった。