この血が熱い鉄道ならば
でこをガラスへ押し当てていた。
ガラスの反対の面には雨粒。
霧の中。
入ってきたとき、この車両には自分ひとりだけだった。
たぶん今もそうだ。
乗車時刻まで時間を潰すのに、摂りすぎたカフェインが悪さをしている。
眠気と覚醒が同居している。
このふたつは一見、仲が悪く見えるが、おれに対する嫌がらせという面から見たら、これ以上ないほど連携が取れていた。
頭の一部が作動している限り、電源を落とすことができないというわけだ。
頭がくるくる回る。
めまいではない。
とりとめのない言葉が際限なく浮上する。
とまらない。
なんだこれ···
なんとなく既視感がある。
思い出したっ。
おれは思い出していたのだ。
思いついた言葉が浮上しているのではなかった。
若くて死にたかったあのころ。
書き散らした言葉を。
散文の一編だっ。
無防備に人を好いて。
無闇に全力で愛し。
そんな生き方じゃもたないことも知らずにいた。
散文を書いて鬱憤をはらしてきた。
浮上してきた言葉を、おれは無意識に窓から捨てていた。
おれはそれに気づいてやめようとした。
けど、やめようとしても、やめかたがわからなかった。
捨てられたものは、吸い込まれるように車輪へ巻き込まれ、粉々になっていく。
しぶとく車輪に絡みつくかたちになっても、列車の速度が緩まるようなことはなく、あっさりと引きちぎられた。
レールとの間に挟まっても、とまるようなことにはならず、くだけちる。
それで、霧に消えていった。
そもそも、夜に漂うこの霧のように見えているものは、もしかしたら、この列車の他の乗客がおれと同じようなことをしてしまってうまれた、塵なのではないか。
たぶんこれは、最後に書いたものだ。
確かに今のおれには必要のないものかもしれない。
若いころのように無防備に生きていない。
だから捨てているのだろうか。
確かに生き方が上手いとはいえなかったけれど、こんなに薄情にならなくても生きていけるだろう。
列車もとめられない。
捨てるのもとめられない。
せめて車輪にこびりついて一緒に来てくれ。
揺られながら、歳をとっていくおれと。
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