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この血が熱い鉄道ならば

でこをガラスへ押し当てていた。

ガラスの反対の面には雨粒。

霧の中。

入ってきたとき、この車両には自分ひとりだけだった。

たぶん今もそうだ。

乗車時刻まで時間を潰すのに、摂りすぎたカフェインが悪さをしている。

眠気と覚醒が同居している。

このふたつは一見、仲が悪く見えるが、おれに対する嫌がらせという面から見たら、これ以上ないほど連携が取れていた。

頭の一部が作動している限り、電源を落とすことができないというわけだ。

頭がくるくる回る。

めまいではない。

とりとめのない言葉が際限なく浮上する。




希望に取り憑かれた

呼吸困難の夜

無痛の星座

爛れる水晶

捩切れの神仏

我が血中に漂流の存在



とまらない。

なんだこれ···

朽葉色の陽が劣化させてゆくプラスチックの胸

マニキュアのわずか剥れた爪の内側から覗いている眼

紙飛行機が刺さった不運以前の眼

夜間監視カメラが見ている夢

取りこぼしたものは雨にうたれながら機器達によって回転するテープに磁気で書き込まれていた



なんとなく既視感がある。


カラスの様な血流が首筋を通り過ぎ
誰も住まない身体へ降下してゆく

心臓の厚い皮をめくり 埋み火にたかる唖の蛆

食器棚の後ろであの頃の傷は今も血を流し続けている

煎り付く夢の内側




思い出したっ。

おれは思い出していたのだ。

思いついた言葉が浮上しているのではなかった。

若くて死にたかったあのころ。

書き散らした言葉を。

散文の一編だっ。


無防備に人を好いて。

無闇に全力で愛し。

そんな生き方じゃもたないことも知らずにいた。

散文を書いて鬱憤をはらしてきた。
 
 


浮上してきた言葉を、おれは無意識に窓から捨てていた。

おれはそれに気づいてやめようとした。

けど、やめようとしても、やめかたがわからなかった。

捨てられたものは、吸い込まれるように車輪へ巻き込まれ、粉々になっていく。

しぶとく車輪に絡みつくかたちになっても、列車の速度が緩まるようなことはなく、あっさりと引きちぎられた。

レールとの間に挟まっても、とまるようなことにはならず、くだけちる。

それで、霧に消えていった。

そもそも、夜に漂うこの霧のように見えているものは、もしかしたら、この列車の他の乗客がおれと同じようなことをしてしまってうまれた、塵なのではないか。


仏壇みたいな半身の女二人

幼い頃に抱いた性へのおぞましさを想い起こす嫌ったらしい口づけ

縫合痕のケロイドがボールのように丸まったもの

或いは何か別の意識の様なモノによって、生き写しかのように動作する

幽霊に生まれ変わろうとして

人造臓器の中で半分に潰れた電機毛布

濡れたコンクリート台の上に胃痛が転がって
下には宇宙服が棄てられていた

切断され青ざめた腕が複数本ていねいに収まっている

トルソーに内蔵された会話に、ミラーシートに性器があるかと言う話題で始まるものがあった

回転の断面は袋に入ったまま

決して適量の一般性ではない

切った爪を泣きなが尿道に詰め込む男の子

幾百の気がふれると思った日に先駆けて実る牡蠣

四本指のドラァグクィーン

再燃する夜行性の骨

辺り一面ギンヤンマ

毛深い晩に腸詰めの貴女

流れる体表に飲み込まれるようにして在る秩序めいたものが唇を開けて待っている

それを敢えて名指すならば

トラウマ
 

 
 
たぶんこれは、最後に書いたものだ。

確かに今のおれには必要のないものかもしれない。

若いころのように無防備に生きていない。

だから捨てているのだろうか。

確かに生き方が上手いとはいえなかったけれど、こんなに薄情にならなくても生きていけるだろう。


列車もとめられない。

捨てるのもとめられない。
 
 
せめて車輪にこびりついて一緒に来てくれ。


揺られながら、歳をとっていくおれと。








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