Watcher #24
オフ会メンバーのあいさんが泥酔した。
最近では珍しくない。
記憶をなくしても、毎度無事に家へとどけられていることに味をしめているのだろう。
オフ会メンバーへの信頼が厚いとも言えるけど···
それにしても、今回はいつもより深酔いしている気がする。
あいさんは普段、人の詮索ばかりをする。
そして、人のことを詮索するぶん、自分の話はしない。
酔っても基本それは変わらない。
だけど、泥酔すると自分の話をすることがたまにあった。
そのときもそうだった。
「私が二十歳くらいのとき、お母さんが再婚したんだ···」
そういって、あいさんは話をはじめた。
あいさんが高校にあがるとほぼ同時に、お父さんとお母さんの別居がはじまったという。
別居は、もともと家族で住んでいたマンションの部屋から、あいさんのお父さんとお姉さんが出ていく形だったらしい。
あいさんと、あいさんのお母さんがマンションに残り、あいさんのお父さんと、あいさんのお姉さんは、あいさんのお父さんの実家に移ったそうだ。
実家は電車で30分くらいのとこだったという。
実家には祖父母たちが住んでいたので、お父さん、お姉さん、祖父母の4人で暮らしていたそうだ。
あいさんも時々そこへ遊びに行っていたという。
そしてあいさんが高校卒業と同時に、お父さんとお母さんが完全に別れたそうだ。
そのとき、お父さんの名義で借りていたマンションは引き払ったという。
お母さんは、この先も一緒に暮らそうと、あいさんを誘ってくれたそうだ。
だけど、あいさんはお母さんと1Rの部屋で暮らすのは嫌だったらしい。
かといって2DKなんかをお願いして、負担を増やすのも嫌だったという。
お姉さんが大学卒業と同時に、交際していた同学年の男性と同棲をはじめて、一年前に実家から出ていたそうだ。
なのであいさんは、お母さんの誘いを断って、お姉さんが使っていた実家の部屋に住むことにしたという。
それとほぼ同時に、同棲していた姉は妊娠し、同棲相手とデキ婚したそうだ。
そして、あいさんのお姉さんは男の子を産んだという。
お姉さんは、甥っ子をつれてちょくちょく実家に来ていたらしい。
あいさんは甥っ子にぞっこんだったという。
旦那さんの留守中にあいさんはお姉さんの家へ、甥っ子を見に行っていたりもしていたそうだ。
そんなことをしながら、時が経ったあるとき。
しばらく会っていなかった、お母さんから連絡があったらしい。
再婚したのだという。
あいさんのお母さんが、職場の男性と。
そして、それから数ヶ月して、あいさんのお母さんが、父の実家に来たそうだ。
子連れだった。
再婚相手の連れ子だという。
そのとき、あいさんのお父さんは留守だったそうだ。
だけどあいさんのお母さんは、お父さんが留守でなくとも、かまわず来るタイプだという。
そういう、気ままなところがあるらしい。
あいさんのお母さんのそんなところを、あいさんは平気だったが、あいさんのお姉さんは苦手だったそうだ。
そしてあいさんの祖父母たちは、あいさんのお母さんが子連れであることに、面をくらっていたが、こころよく迎えていたという。
あいさんのお母さんが気ままなら、お父さんはわがままだったそうだ。
祖父母たちは、自分たちがひとり息子を甘やかしたせいで、あいさんのお母さんに苦労をかけたと、負い目があったんじゃないかと、あいさんは言っていた。
あいさんのお母さんの再婚相手の連れ子は、3才の女の子だったそうだ。
あいさんの妹にあたるのか?
その日は、あいさんのお姉さんも甥っ子をつれて実家に来ていたそうだ。
そのときに甥っ子は、2才になっていたという。
あいさんのお母さんが孫に会うのは、はじめてだったそうだ。
甥っ子は、知らない大人である、あいさんのお母さんに人見知りをしていたらしい。
甥っ子は大量のオモチャを持っていたそうだ。
祖父母たちは、もともと甘やかす性格だという。
そのうえ、あいさんのお姉さんは「子供はもう産まない」と宣言していたのもあって、際限なく甥っ子にオモチャを買いあたえていたそうだ。
あいさんの実家にも、甥っ子のオモチャは、あふれていたという。
お母さんが連れてきた女の子は、大量のオモチャを前に大興奮だったらしい。
「お金なくてオモチャ買ってあげれないから···」
ということを、あいさんのお母さんは言っていたそうだ。
はじめ、甥っ子と女の子は、もくもくと、それぞれ別のおもちゃで遊んでいたらしい。
そのうち、ちょっとずつ、お互いにかまいあうようになったそうだ。
そして、一緒に遊びはじめたらしい。
ひとつのオモチャの取りあいが起こった。
あいさんは、甥っ子と女の子に、順番に使うよう、うながしたという。
あいさんの甥っ子は、子供がまたがって、乗れる車のオモチャで遊びだしたそうだ。
足で地面を蹴って前へすすむやつだ。
女の子も、その車のオモチャで遊びたいようだったそうだ。
甥っ子がさんざん乗ったあとに、あいさんが「かわってあげて」と、甥っ子をうながしたという。
だけど、甥っ子は降りようとしなかっそうだ。
甥っ子は、自分のお気に入りを取られてしまうという危機を感じていたかもしれないと、あいさんは言った。
けれどその頑なさを、醜く感じてしまったそうだ。
「かわってあげてって言ってるでしょっ」
あいさんは、甥っ子にきつく言ってしまったそうだ。
女の子がそのオモチャで遊べる機会が次にいつあるかわからないという事情が2才の甥っ子にわかるはずもないのに···
あいさんはそう言った。
甥っ子は大泣きしたという。
あいさんのお姉さんが抱っこして落ち着かせようとしても、しばらく泣きやまなかったそうだ。
甥っ子は泣きつかれて、あいさんのお姉さに抱っこされながら、お姉さんの肩に顎をのせてぐったりしていたらしい。
あいさんのお母さんは、そへこちょっかいをかけたという。
ちょっかいをかけられた甥っ子は恥ずかしがって、あいさんのお姉さんの腕のなかへ隠れたらしい。
けれど、しばらくすると顔をだして、あいさんのお母さんの様子をうかがたそうだ。
それを繰り返すうちに、甥っ子はきゃっきゃっとはしゃいで、機嫌がもどったらしい。
そうしてあいさんのお母さんは、孫との対面を満喫していたという。
その隙にあいさんは、女の子をコンビニへつれ出したそうだ。
そのときあいさんは、ちょうどニートだったという。
だけどコンビニにおいてあるオモチャなら買える範囲だった。
あいさんは女の子に、お菓子でもオモチャでも好きなもの買っていいよと言ったそうだ。
そうしたら女の子は「え!いいの?いいの?」と聞きかえしてきたという。
あいさんが「いいよ」と言うと、女の子は「やった、やった、やった」と、飛びはねて喜んだそうだ。
女の子はオマケがついたお菓子を持ってきたという。
「本当にこれでいいの?」
あいさんがそう聞くと、女の子は深くうなづいたそうだ。
それを買ってコンビニを出ると、女の子にお菓子の箱を開けてほしいとお願いされたという。
箱を開けると、キラキラした小さな魔法のステッキのようなオマケが出てきたそうだ。
あいさんは、女の子にそれを手わたして、一緒に入っていたラムネを食べるか聞いたそうだ。
コクりとうなづいたので、あいさんはラムネを袋から出して、女の子の口に入れてあけだらしい。
女の子は、両手で小さな魔法のステッキをしっかりつかんでジーと眺めながら、ラムネを頬ばって「美味しい」と言ったという。
コンビニからもどると、そろそろ買い物をして夕飯をつくらないとならないからと、あいさんのお母さんは、女の子をつれて帰ったという。
その後、あいさんのお母さんが女の子を実家につれてくることはなかったそうだ。
あいさんのお母さんは、再婚相手と離婚したという。
あいさんのお母さんの再婚相手は、精神的に不安定になって、仕事をやめてしまったそうだ。
お母さんの再婚相手の元奥さん···女の子の生みの親は、不倫していたらしい。
あいさんはそれを聞いて、小さな子供をもつ母親の不倫なんてあるのか、と驚いたそうだ。
検索したら、結構そういうケースはあるみたいだったという。
不倫相手との子を妊娠し、新しい家庭をきづくために離婚をして、女の子を引き取らなかったそうだ。
あいさんのお母さんの再婚相手は、ふさぎ込んで、元奥さんと不倫相手と関わることを拒んだらしい。
慰謝料も養育費も受けとりを拒否したという。
そして、あいさんのお母さんの稼ぎだけでは経済的にたちゆかなくなって、別れることを決めたという。
女の子は、やむなく施設にいれることになったそうだ。
ここで、あいさんの話は終わった。
「元気かなあ···誰からも愛されないなんて思ってないかなあ··大丈夫かなあ」
話を終えたあいさんはつぶやくように言った。
「わ、私が、ひ、引き取りたかった···そんなことできないってわかっているけど···無責任なこと言ってるって···」
あいさんは、しゃくりあげながら言った。
ずびずびっと大量の鼻水を流して···
おれは、こんなに綺麗な鼻水を見たことないと思った。
そして、あいさんを抱きしめたくなる衝動をこらえた。
あいさんは、時間をかけて少し落ち着きをとりもどして言った。
あいさんは、女の子との面会をずっと考えているそうだ。
だけど血のつながりもなく、物心がつく前に一度たけ会った私が「会いたい」といって彼女の気持ちをかきみだしてしまわないかと···
答えがでないそうだ。
そんなことがあったオフ会、酔いがさめたのか、あいさんは、珍しく自分の足で帰った。
おれは、帰りに“あれ”を見た。
こうも、オフ会帰りの“あれ”との遭遇率が高いと、ただ酔って幻覚を見てるだけじゃないのかと思えてくる···
おれはその“あれ”を見て、子供のころ気に入っていたオモチャを思い出した。
大人の手なら握り込めるくらいのサイズの、透明のアクリルボックス。
なかには、小さな金属の玉がいくつか入っていた。
真ん中に、仕切りがあってそこには穴が空いていた。
ボックスを傾けたり、振ったりして、穴に玉を通して遊ぶ。
いま思うと、何が面白いのかわからない。
だけど気に入っていた···
それと、もうひとつ思い出したことがあった。
子供のころ、母親が急にどこかへ行ってしまって帰ってこない想像をして、勝手に絶望していたこと。
ただ想像しただけで、身が引きさかれそうだったな···