ラグビーが教えてくれたこと16
【人の心に感動を与えることがモチベーションである】
これはラグビーを通して、自分自身に気付いたことの1つであります。
以前の、「アートとしてのラグビー」という話をした投稿でも話した部分でもあるのですが、
自分の目指すラグビー選手になるために取り組む中で、
自分なりのプロフェッショナルというものがあって、
それを突き詰めていくプロセスの中で、
結果的に人の心に感動を与えることができたら、
それによって人の行動に影響を与えることができたら、
それは僕にとってこの上ない喜びになる。
ということに、ラグビーをやっている中で、そう感じる自分に気付きました。
そんなことを考え出したのは、大学4年生の時だったかと思います。
当時、慶應大学のラグビー部では、ホームページで「日記リレー」という企画がありました。160人を超える部員が、交代制でほぼ毎日、ホームページにその時のその選手思いを自由に文章にして投稿するものでして、今はもう無くなってしまったのですが、僕のいた4年間はずっと継続されており、選手のその時の気持ちの伝わる良い企画でした。
そして、僕が大学4年の春に考えながら書いた内容がまさに今回の投稿のテーマに重なる部分でもあります。
内容をざっくりと話しますと・・・
それまでの3年間お世話になった4年生は、それぞれカラーの違った魅力的な4年生たちばかりでした。
1年の時に主将だった金井さんはどんな時でも毎日「成長」というワードを使っており、どんな状況でも満足せずに成長し続ける姿を4年生は見せてくれました。
2年生の時の4年生は、本当に仲が良く、チームの一体感を大事にする代でした。
3年生の時の4年生は、チームワークというよりも勝つことに拘ったチームだったと思います。
そんなそれぞれ魅力的な4年生たちと3年間を過ごしてきて、
果たしてこれから4年生になる僕らはどんな影響を与える代になるのだろうか。
そんなことをテーマに書いた記憶があります。
その投稿の中で、書いていくうちに辿り着いたのが、
何か影響を与えようとして過ごしても、きっと何も残らない。自分たちが必死に日本一を目指していって、終わった時に自然と後輩たちの心の中に残っているものがそれなんだと。誰かのために何かを伝えようとして過ごしても、何も伝わらない。
そういう結論に至りました。
結果として、卒業してから後輩たちに何か残せたかと言われたら、具体的にこれというワードがあるのかもわからないし、そもそも何も残せてないかもしれないけども、100人以上いる後輩たち全員じゃなくても、誰かに何かを感じるものがあって、それによってその人の行動を変えて、人生をポジティブな方に持っていくことになっていけたら、そんな嬉しいことはないです。
それは、今でも変わらず思っていることです。
はい、ということで、
【人の心に感動を与えることがモチベーションである】という言葉、
だいぶ省略してますが、改めて色々付け足しますと、
「自分らしく取り組んだことが、結果的に人の心に感動を与えて、人の行動を変える。それが自分のモチベーションである」
ということになります。
そんな自分に気づきました。
そのための手段として今はラグビーをしているし、それはラグビー以外のフィールドでも思い続ける自分のモチベーションの1つだと思います。
そんな話です。