【書評】カープを蘇らせた男/迫勝則/宝島社
カープを蘇らせた男/迫勝則/宝島社
(このnoteは2019年3月19日に他サイトに掲載した記事の転載です)
2019年2月25日、ちょっとラグビー界では考えられない驚きのニュースを目にした。
「カープチケット抽選券にファン5万人 混乱で打ち切り、広島」
このニュースを見て、テレビでは
「球団の見通しが甘い」とかコメントしているところもあったが、
そんなことよりも、
プロ野球開幕を前に公式戦のチケット欲しさに5万人も殺到する球団ってどんなチームだよ!
と純粋に、「広島カープ」というチームについての興味が膨らんでいった。
市民に愛され、しかもセリーグ3連覇
そんな、これ以上ないチームを引っ張っていくオーナーを中心に語られていく、カープのお話。
スポーツビジネス本3連戦、アメリカサッカーともベルマーレとも似ているようで、また違った良さが感じられた。
特に印象的だった部分について下記の3点について、書かせていただく。
1、 受け継がれる意志
2、 進化し続けるマツダスタジアム
3、 和製ウォルト・ディズニー
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1、 受け継がれる意志
広島原爆によって打ちのめされた人たちの心に元気を取り戻したい。そして街を復興させたい。
という強い想いのもと、広島市などの地方自治体、地元の有力会社、一般市民などが出資して設立した球団こそが、広島カープのはじまりである。
こんな球団が他にあるだろうか。
そもそものチームの起源が、街の復興のためであり、そこから70年もの時間を超えても決してブラさない。カープに関わってきた全ての人たちが努力を重ねて守ってきたその意志を今の松田オーナーは、
「カープがスタートした時から繋がっている“たすき”を次の人に渡さなければ・・。だから一生懸命にがんばっている」
「あの時どうして球団を創ろうと思ったのか。その人たちの苦労があったからこそ、今日がある。この球団は、絶対に広島の地に存続させていかなければならない」
と言う。何よりもチームの歴史を尊重し、その意志を“たすき”に変えて次の世代へと必ず繋いでいかなければならないという、確固たる信念がある。
だから、広島はマネーゲームのような争奪戦には参加せず、とにかく育成する。だから練習がとにかく厳しい。
どういう強化の仕方が、人々の心に響くか、よくわかっている。
そんな信念には人も集まる。
メジャーリーグで活躍していた黒田博樹は、20億円の年棒を蹴って、愛する広島に帰ってきた。
カープの歴史の中で受け継がれる意志は、他のチームが一朝一夕で真似できるようなものではなく、強く堅いもので結ばれており、これからも繋がれていく。
自分自身、今所属する日野レッドドルフィンズ(前 日野自動車ラグビー部)というチームの歴史を軽んじてきたつもりはないが、ではそこまで深く知り、その歴史の中で苦労してきた人たちのために戦おうと思ってやってきたかと言われたら、正直、そこまで自分の中では大きいものではなかった。
部は50年以上の歴史があり、自分はそのうちの数年所属するということに過ぎないが、このチームが今に至るまでに流してきた汗と涙を知ることの大切さを広島カープを通して気付かされた。
チームの理念もまた、歴史の上にあるものだと思うので、改めて、自分のチームの歴史や地域の歴史を学んでいきたいと思う。
2、 進化し続けるマツダスタジアム
マツダスタジアムは2009年に旧広島市民球場から建て替えられてできた、新しいスタジアムだ。
そのスタジアムにおける工夫は、時代に沿ってスタジアムマネジメントされている。
これまでの旧広島市民球場は、野球以外でお客さんに楽しんでもらうという発想が希薄だった。野球を観ることだけに足を運ぶお客は、もちろん勝敗こそが全て。勝てばどんちゃん騒ぎだが、負ければストレスが溜まり、ヤジも飛ぶ。
それをガラリと変えたのが今のマツダスタジアムである。
マツダスタジアムは、
「勝敗に一喜一憂するよりも、市民の憩いの場となるような快適な空間を作り、それを進化させていくこと。」を大切にしている。
勝敗だけを意識せずに快適な空間作りにアプローチしていく。
↓
ファンが増える。人が集まる。大きな声援。
↓
結果として勝利に貢献している。
という循環型マーケティングがここにはみられる。
だから、そういうファンの人にとっての快適な空間作りにどんどん施策を投じる。
・毎年、球団の若い社員を欧米のスタジアムを視察させ、優れた施設やイベントについて研究させる。その実践の場を与える。
・スタジアムの土をチームカラーの赤い土にする。
・スタジアム自体に余白を作っておくことで、新しいアイデアを実践させる。
・スタジアムでのバーベキュー席、ソファ席など
スタジアムに関しては、サッカー・野球共に、欧米化が進んでいるという印象。
試合の結果に左右される仕掛けしかないと、
試合に勝てば満足、負けたら不満足。
強ければ楽しい、弱ければつまらない。
試合に出ている人が偉くて、出てない人が実力不足。と言っているようなものだ。
スポーツを見ることの醍醐味というのは、それだけではない。試合に出ている人にも出ていない人にも、勝ったチームにも負けたチームにも、結果だけ見てはわからない物語がある。
試合の結果に一喜一憂しない空間を作るというのは、スポーツのそういった部分にも目を向けることができるのではないかと感じた。
スポーツ選手を夢見る子どもにも、初めて観戦する人にも、その本質に気づかせてくれるキッカケがスタジアムにあると、スポーツの価値がもっともっと日本の中で高まっていくと思う。
3、 和製ウォルト・ディズニー
この本の中では、広島カープのスポーツビジネスにおけるたくさんのワクワクを感じてきた訳だが、なるほど、どおりでワクワクする訳だ
と感じた一番のことが、
オーナーがディズニーランドを参考にしている
ということである。
オーナーは顧客満足の原点がディズニーランドにあると言い、足を運ぶ。世界一の顧客満足度を誇るディズニーランドをベンチマークにして、スタジアム作り、チーム作りをしているのだ。
具体的に紹介するのにはキリがないが、何がそんなに魅力的に感じるのかというと、
「直観」を大事にしているところである。
本の中では「直観マーケティング」と言っているが、対極的にあるのが「科学マーケティング」である。
「科学マーケティング」とは、事実に基づいて出てきた統計的なデータから、マニュアルやルールを作り、それを守ってコントロールしていく手法。合理的でいかにも欧米化された感覚だ。何事も合理的に進めていけば確実である。
1+1をすれば、絶対に2になるのだ。
しかし、このオーナーの直観マーケティングは、何しろ直観を大事にする。それはそれまでの経験からくる勘や、ありえないものから生み出す化学反応など、様々。
「時間・場所・人」の組み合わせを読み、マニュアル通りに進むとは限らない魔法のよう。
だから、直観マーケティングは、
1+1は0にも10にも100にもなるのだ。
こんな時代にリスクのあることだと思うかもしれないが、そこにはディズニーランドを夢見る無垢な感情のもと選択されている。
選択の基準は心の奥にある「ワクワク」であり、「どちらが喜んでもらえるか」である。
だから、この球団はオールラウンドに成功するような企画よりも、誰もやったことのないような斬新な企画の方が好まれる。
色んなことが合理的で便利になってきたこの時代に、非合理的にも結果を出し続けるオーナーのこの思考とこのチームに非常に魅力を感じた。
ウォルト・ディズニーの言う
「我々は前進し続け、新しいドアを開け、新しいことをやっていく。なぜなら我々は好奇心旺盛で、好奇心こそが新しい道に導いてくれるからである」
という言葉を、チームの歴史の中で受け継がれる意思を尊重しながら、チーム経営やマツダスタジアムで実現させているのだ。
自分はディズニーランドをそういう目線で見たことがなかった。ディズニーランドに行った時に感じる、あのなんとも言えないワクワク感はたぶん人によって違う何かがある。
それを言語化して表現できるようになるほど深く考えたことがなかった。日常の中でもそう。なんだかドキドキするなぁ、、ワクワクするなぁというものをもっと掘り下げて考えてみよう。
このディズニー的発想は、ラグビー選手としての発想に転用することは難しいが、1人の人間として、自分の中で深く掘り下げられたワクワクの原点を人に感じさせることができたら、人間的な魅力が上がって、チームスポーツの中の1人としている組織に良い影響を与えられるのではないかと思った。
なかなか難しいが、
とにかく自分のワクワクアンテナを世の中の至る所に張り巡らせて、良いアイディアを生み出す情報をゲットする嗅覚を鍛えていきたい。
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冒頭の、チケット抽選に5万人も殺到するワケがわかった気がする一冊だった。
カープのホームゲームは年間63試合。
ディズニーランドが年間63日しか営業しなかったら、そりゃチケット買うのにそれだか殺到するわ。
ラグビーの年間のホームゲームは10試合も満たない。
ディズニーランドが年間10日しか営業しなかったら大変なことになる。
・チームの歴史を重んじること
・スポーツビジネスをディズニーをヒントに考えること
また新たな世界が広がった。