羅生を抜ける
もう何ヶ月。誰かと口を利くこともせず、部屋は安酒のウイスキーの空瓶がいくつも横に縦に床を埋めている。
金を稼ぐのに使ったきりのPC、身を立てられないまま放ってあるギター、そして独りの男が手をのばす煙草はそんな日常と付き合う、ただ一時の慰安であった。
目の前に迫ってきていた。彼は彼の世界に追われ、生きることを選んでいる自分を省みて答えを出そうと躍起になっていた。
五感の情報が更なる情報を引きよせてくる。
静寂は集中した意識の呼吸にも手助けはしない。
代り映えのないその日、書物にあった流砂。彼は死を覚悟した。
彼の父親と同じく溺れるのだ。
…消息が絶えて以来、私は彼と似た顔の男によく出会うようになった。
切っ掛けができれば、話しかけてみた。
だが、誰一人として彼を語り出してはくれはしなかった。
…彼の手記にページを捲る。私は自分をゆっくり明日に向けて綴る余裕がある。
彼は死に竜胆(りんどう)を見る。
今も、生きているのだ。
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