《エピソード13・体を売る理由》弱冠20歳で1000万超えの借金、鬱、自殺未遂、親との確執。からの逆転人生を実現させたリアル話。
心と体の乖離
鬱を発症させていたS子。仕事に行かなくなった僕。それでも2人の生活は惰性的に続けられていた。切りたいのか切りたくないのかわからない感情。今にも離れそうな糸を、時々訪れる一瞬の笑だけが繋ぎ止めていたのかもしれない。寝込んでいたS子が夜の街へ繰り出し始めてからしばらくするとS子の帰りはさらに遅くなってゆく。疑念を拭えない僕は、S子をさらに疑い始めていた。そしてその時が訪れる・・・
離れる心。体。
掛け持ちの仕事をしていた僕は、いつの間にか昼間の仕事だけになっていた。24時間のうち、18時間以上を仕事に費やす毎日に甘いながらも嫌気がさして、家に帰れば帰ってこないS子を
待つ感情から逃げたくて。元はと言えば僕自身の借金のせい。それに対する罪悪感と情けなさ。どうすることもできない絶望感で生きる気力もなくなっていた僕は、S子の存在をそばに置くことで生きる意味を無理やり探していたのかもしれない。僕はS子のお腹にあった命を殺していたから、なおさらその感情は強かった。
昼は僕が家にいない。夜はS子が家にいない。それでもお互いの気分が重なり合えば体を抱きしめ合う時間はあって、車で出かけることもあった。でも、何年か前のそれとはまったく種類が変わっているようだった。無味というか無色というか。確認作業のようで、冷め切った夫婦のような感じがしていた。
僕は相変わらず借金に振り回されて、ギャンブルに逃げた。なにも考えない時間と、稼げるかもしれない願いのようなものが僕を中毒にさせた。懲りない行動はなにも変わらないままだった。
S子の帰りも早くなることはなかった。むしろ、帰ってこない日も増え始める。
感情的な心の距離も、物理的な体の距離も離れ過ぎそうだった時にまた、S子と些細なことでケンカをした。そのケンカは、2人の距離をさらに広げる。
舞う、理由
ケンカは本当に些細なことだったと思う。それでも感情的になった人間は、溜め込んだ思いを吐き出すには1番のタイミングになる。
「あのさ、ずっと気になっていたんだけど居酒屋でアルバイトってどこの居酒屋?!こんなに毎日遅くなる理由ってなに??!」
言葉は怒りのトーンだった。あまり感情を出さない僕にしては珍しく、それだけS子の遅い帰宅を気にしていたんだと思った。
「だから〇〇で働いてるって言ってるじゃん!遅いのは忙しいから!」
「電話していい?そのアルバイト先に。今度行くよ!」
「やめてよ!絶対に来ないで!」
なぜかその日は食い下がった。その答えが見つかるまで離れたくなかった。S子は投げやりに叫んだ。
「キャバクラだから!働いてるの!なんか文句ある!お金ないでしょ!働くだけマシじゃん!」
言い返したいはずの僕は「お金ないでしょ」という言葉と、S子につけてきた傷のことを思い出してなにも言えなかった。こんな場面でもなにもできない、無力で無知な男だった。
S子は鬱を患っているとは思えない興奮状態で部屋へ向かって、二階に響くくらいの強さでドアを叩き閉めた。
微妙な空気が部屋中に溢れていた。聞かなきゃよかった。聞かなきゃまた少しの笑で繋ぎ止めていられたかもしれない。そんな後悔の念。そしてキャバクラで他の男と楽しそうに話すS子を想像すると、僕の存在はさらに必要さに欠けた。S子にとって僕はなんだろうか。僕にとってS子はなんだろうか。そんな疑問が頭を埋めた。
でも、家を出て行きどころのない2人にとって帰る場所は今、ここにしかなくて。離れる怖さを2人とも抱えていたからこそぶつかり合って自分を確かめていたのかもしれない。
S子はまた夜の街に舞った。僕はまた昼の街へ働きに出た。
感情が少しおさまったある日、今度はS子から思いもよらない事実を告げられたんだ。
続きはまた・・