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児相28日目。「"大人”なんていない」
なんだか賑やかな声が聞こえた。賑やかな声が聞こえるということは、児童相談所の一時預かり所に入所者が増えたってことになるんだけど。特に思春期の子どもたちが入所してくると一気に賑やかになる。大人の階段を登り始める時期に大人への不満を募らせるのだけど、それでも時折みせる無邪気な行動がなんともいえなく僕は好きだ。
絶賛”中二病”真っ只中の彼は、僕が到着するなり嬉しそうに出迎えた。初めましてなのに人見知りすることなく、すぐに打ち解けた。同時に、一緒にいたお兄ちゃんともすぐに打ち解けた。
そうか、僕自身も、40歳超えてもいまだに中二病だったんだ。
親への不満を僕にぶちまけた彼に対して、僕もこう答えた。
「親ってのは勝手だよな。勝手に子ども産んどいて不満があれば子どもにあたって。まるで神様かのように偉そうに説教してきて」
3人の娘をもつ親である僕。その僕が心からそう思っている。親の都合で子どもを産んで、親の都合で子どもを振り回して、親のストレスの吐口に子どもを使うなんてどこが大人でどこが親なんだと思う。
「親ってのはそんなに偉いのか?」
僕が3人の娘の親であることを知った彼は、僕の発言に驚いていたけど、彼がどうこうというよりも、僕はただただ心底思っていることを伝えたにすぎなかった。
”大人ってのはクソな生き物で、親ってのは鬱陶しい生き物だ”
僕自身、社会的には大人でも親でもあるのだけれど、いつの日からかそう思うようになった。
「はっ?40歳になったって全然立派でもなんでもないし、いつまで経っても未熟なままだ」
その気持ちがあるからこそ、やけに子どもたちが身近に感じるし、目線が同じくらいに感じる。時に子どもたちがたくさんいろんなことを教えてくれるし、子どもたちが楽しませてくれる。今日も、彼とUNOを27戦した。僕が12勝、彼が15勝。完全に負け越した。本気でやったのに。
世の中には社会的に大人と呼ばれる人や、親と呼ばれる人がいる。けどそれはあくまで”社会的”なだけであって、決して精神的に成熟しているわけではない。精神的な大人なんてものは実は存在していない。もし存在しているとするのならそれは危険な考えで、なぜなら「私は大人」と考えるということは、「あなたは大人じゃない」という目線ができあがるからだ。
「大人じゃない人はダメなんだ」「大人にならないとダメなんだ」
その窮屈さが子どもたちにどんな影響を与えているのか。どんな気持ちにさせているのか。
いつもの彼女は僕に「ちばちゃん、結婚しよ」って言った。僕は「いいよ」と間髪入れずに返した。そのなんだか冗談じみた馬鹿みたいな会話が彼女の時間を楽しませたのなら、腰が痛くなるまでUNOをした時間が彼の人生の一瞬を喜ばせたのなら、僕は今日、それだけで満足だ。
僕は彼らに、あーしろこーしろなんて偉そうに言えるほど立派じゃないから。
誰もいないことが理想である児童相談所の一時保護所。だけど、今日もここには笑い声が絶えなかった。
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