《エピソード19・離れた体。男と女の裸の隔たり》弱冠20歳で1000万超えの借金、鬱、自殺未遂、親との確執。からの逆転人生を実現させたリアル話。
消えていく思い出
S子と時間を共にした家を離れた。「離れれば何かが変わるのかもしれない」という期待と「離れなければいけない」という義務感のようなもので。それでも荷物や封書や忘れられない思い出を置き忘れていた僕は、何週間かしてそれを求めに今はS子が1人になった家に向かった。夜に舞うS子が眠る昼下がりだったと思う。
見知らぬ空気
家にいることはわかった。寝ているのを起こしてしまうという罪悪感はそれほどなくて、できる限り早くその場を立ち去りたかった。そこにいればいるほどあの時に戻ってしまいそうで、
なんだか怖かったんだ。
チャイムを鳴らした。すぐには出てこない。あまりにも長い空白の時間。何度か鳴らしたけど出てこなくて。僕は、ドアに備えられていたポストを開けて無意味なくらいに視野は狭いけどその隙間から玄関を覗いた。そこには懐かしいS子の靴がうっすら見えた。
S子の靴・・そのすぐ隣には寄り添うような見慣れない靴が置いてある。何回見直しても男性の靴に見えた。靴がすでにそこで寄り添っていたようには僕には見えた。
勝手な想像は突然暴れだす。僕が家を勝手に飛び出したのは別れるためだったけど、「まだはっきり別れたわけじゃない」という都合の良い解釈がどうしようもない怒りと、どうしようもない焦燥感を作った。
「S子!いるんだろう!!」
気づいたら僕はポストの隙間から必死にS子に呼びかけていた。
投げやりな関係
体を売ることは許せたのに、なぜかその時は許せない気持ちのほうが強くて。お金が他人の体との隔たりを作っていたような気がして。並べられた靴はその隔たりが見えなかった。何回見ても見えなかった。それは僕の中で「知らない男と抱き合っている」というS子がいたからなんだと思う。
「いるんだろう!!早く出てこいよ!!」
それほど時間が経っていないのに、苛立ちだけが膨れ上がった。それと同時に声も大きくなった。部屋の中からまたガタッと音が聞こえた。
「必要なものもらったらすぐ帰るからとにかく開けろよ!!」
嘘であって欲しい。来なければよかったかもしれない。そんな思いが余計に苛立ちを掻き立てる。それは部屋の中にいたS子も同じだったんだと思う。部屋の中からまた物音が聞こえた。誰かの足音が近づく。
「もう帰ってよ!なんでくるの!!」
突然聞こえた声は聴き慣れたS子の声だった。やっぱりS子も何かを隠そうとしているのがその声色でわかった。
「開けろよ!男がいるのはもうわかってる!それはどうでもいいから!」
「帰って!」
そんなやりとりがしばらく続いた。確認したい僕と隠したいS子。家を離れてS子を1人にした僕が悪いのはわかっていたのに、自分勝手に腹を立てる僕の中に人間のだらし無さを感じた。
自分の都合が悪くなればそれを隠すために必死になる。目の前に理不尽なことが起きれば腹を立て怒り狂う。たとえそれが自分のせいであっても。
あの時の僕には他人の都合を調子よく考えることなんかできずに、ただ目の前に起きる嫌なことを振り払いたいだけだったんだと思う。
ドアノブを何度もひねったけど、ドアが開くことはなかった。S子の「帰ってよ!」という叫び声に僕の足は後ろを向いた。
「また取りに来るから!」
捨て台詞のように吐いたその言葉は、あっけなく空へと消えた。なぜか僕の中で走馬灯のようにS子との思い出が蘇った。
続きはまた・・