《エピソード17・最後の優しさ》弱冠20歳で1000万超えの借金、鬱、自殺未遂、親との確執。からの逆転人生を実現させたリアル話。
別れと別れ、出会いと出会う
知らなかったことをS子に告げられるたびに、自分自身の後ろめたさからすべてを許してきた僕は、あの日初めてS子の思いを遮るように言った。
「もう、終わりにしよう」
その言葉はあまりにも短くて簡単で。でも、考えられないほどの重さがある。絶えないケンカの中で何度も言い合った「別れよう」とはまったく違うものだったことは忘れもしない。
6年の時間
S子との時間を数えると、6年の時が経っていた。女子高生だったS子ももう20歳を過ぎて。大人に
なるはずの2人は大人になれずに寂しがる子供のようにお互いを必要として離れられずにいた。何度も別れ何度もやり直すという行為は、依存の何者でもない。誰かといても「S子だったらこうなのに」「あの人だったらこう言うのに」そうやって違う誰かにお互いを重ね合わせて思い出してはまた欲しくなる。離れれば離れるほど恋しくなり寂しくなれば連絡をしてまたお互いを求めた。その中で最後に言った「終わりにしよう」は、一味も二味も違う種類の感覚だったんだ。
「なぁ、S子。ごめんだけど家、戻るわ。」
僕自身、この生活を変えなきゃいけないのは気づいていたけどそれが怖くてできずにいて。S子とのことも本当の意味での別れをしないとなにも変わらない気がしていた。でもそれも怖くてできなかった。
たとえ状況が悪くても、習慣に居着いてしまっていた2人はそこから抜け出せずにいた。だからこそ、目的がそうじゃなかったとしてもS子が水商売で働き体を売ることで2人を繋いでいた糸が音を立ててプツンと切れたことは、ある意味終わりの鐘とスタートの鐘を兼ね合わせたものだったと思う。むしろ、そう思わないと家を離れるなんてことずっと言えなかったのだろう。
「なんで!?・・・もう、いいよ・・」
少し反発したS子は、膨れ上がった感情の分だけまた静かになった。母親をなくしたS子には帰る場所がないことは知っていたし、それが別れられない鎖になっていることも理解していた。「もう、いいよ」の言葉にその感情が含まれているのがわかって、短い時間の中で何度も何度も「いや、やっぱり一緒にいよう」と言いかけていた。
でも、その言葉は僕の口を通過して形になることなく心の中で消化された。
「荷物持って出るから。大きいものや細かいものはあとでまた取りにくる。家賃もしばらく払うから。」
もうその時には「ごめん」とは思わなかったし言わなかった。この一歩が2人を変えると信じるしかなかったから。
出発の日
僕は駆け落ちした2人の家を離れた。僕の家にはなにも伝えることなくその家に2人で住んでいたから、いつの間にか僕には捜索願が出されていたという。でも、その直前で僕の母親とS子の父親が連絡し合い、郵便物の住所を辿って2人の家を突き止めていて。親からの手紙が何度かポストに入っていたのはそのせいだった。心配と帰りなさいという怒りが混ざった手紙だったと思う。
僕は親になにも告げずに家に戻ることにした。両親は怒ることもなにもしなかった。生きていたことだけに安心したのか、僕がS子と過ごした日々を掘り返そうとしてこなかったのは救いだったけど、元々両親への憎しみが強かった僕は家に帰ったところで落ち着くことはなく、口数も減った。S子のことは何日間か思い出してばかりだったけど、日が経つにつれてそれも薄まった。
それでも、2人で聴いた曲を聴けばS子を思い出したし、場所や香りやいろんなものを感じるたびにS子が心の中に現れては乱していく。S子はその時どう思っていたかなんてわからないけど、僕は未練と忘却の狭間にいたんだと思う。
人は忘れる生き物だけど、6年という時間はなかなか忘れられるものじゃなかったんだ。
それでも忘れなければ一歩は踏み出せない。新しい何かを得ることもできない。「忘れなきゃ」と思うたびにS子との日々やS子の香りを強く思い出したんだ。
S子と住んだ家を離れてから何週間か経った。残していた荷物を取りに僕はその家に向かった。
車の有無でS子がいるかどうかはわかる。その日は車があったのでS子はいるはずだった。
ピンポーン。
チャイムを鳴らしてもS子は出てこない。
「おかしいなぁ・・」
何度か鳴らしても出てこないS子。
ガタッという人が歩く音が部屋の中から聞こえた。その何秒かあとだったと思う。
S子を完全に忘れられる1つの事件が目の前で起こっていたのだった・・
続きはまた・・。