◆小説◆ おばあちゃんの喫茶店11「悪いニュースといいニュース」
さなえ「このは先輩、なんかいいニュースないんですか?」
このは「は?」
休憩に入るや否や、さなえはちょっと苛立ってこのはに尋ねた。
このはは畳の部屋の座布団にあぐらをかいて座っている。
このは「うーん……。今日も元気でしあわせだぁー、とか?」
さなえ「ニュースですかそれ。
こないだの星野のやつもそうじゃないですか、中央値のやつ」
このは「おっ、呼び捨てか?」
さなえ「……その、はなびくんの。あれだって、その、ホームレスの人の話からって聞きました.
なんかこう、悪いニュースばっかりじゃないですか。
その場の空気も悪くなるし、明るいいいニュースもして欲しい」
このは「オリンピックとか?」
さなえ「私オリンピックあんま好きじゃないなぁ。何が面白いのかよくわかんない。走ったり投げたりとか見ても、そんなにこう、グッとこないというか。サッカーとかバスケなら楽しいんですけど」
このは「ゲーム性あった方が見てる方は楽しいかもね」
さなえ「あ、でもフィギュアスケートは好きです」
このは「ドーピングのやつ?」
さなえ「ほらぁー! 悪いニュース! すぐそっちに持っていくんですから」
このは「え、なんか窮屈」
さなえ「悪いニュースがいけないっていうんじゃないですよ? バランス考えてください」
このは「でもなぁー、話したいこと話したいじゃん。興味ないのかなぁ、いいニュースに。自分の徳の低さをひしひしと感じる。
てかさぁー、いいニュースが欲しいのはさなえなんだから、さなえが話題出したら?」
さなえ「私ニュースとか見ないんで」
このは「はぁー!?」
さなえ「自分から何も出さなくても、人にはいろいろ持ってきて欲しいじゃないですか。理想論ですけど」
このは「はなびイズムか」
さなえ「え~?」
このは「『他人のおならは許せないけど、自分のおならは許して欲しい』byはなび」
さなえ「私おならなんてしないですよ」
このは「おならしたことないの!?」
さなえ「したことないですね」
このは「すげえな真顔で嘘つくの。うんちもしないの?」
さなえ「なんですかそれ」
このは「すげえなお前……。でもしないならしないで、それはなんか重い病気のような気がする」
さなえ「いいニュースしてくださいよ」
このは「人にだけ求めていくスタイルかぁー。これやっぱ、はなびイズムでしょ。もう結婚だね。YOU義妹になっちゃいなよ」
さなえ「そういう妹ルートもあるのかぁ」
このは「あー、悪いニュース言いたい」
さなえ「ダメですよ?」
このは「ムズムズする……。だいたいなんでさなえは、あたしの発言を制限するの? なんの権利があって?」
さなえ「場の空気を明るくするためですね。まあ平和のためですよ」
このは「お前こら平和のために空気読めときたか。よろしい、ならば戦争だ」
さなえ「えー、やめてくださーい」
このは「なんでも自分の思い通りになると思うなよ」
さなえ「それはお互い様じゃないですか」
このは「は?」
さなえ「このは先輩だって、自分はいいニュース出さないくせに、私にはいいニュース持ってこいとか、私を自分の思い通りにしようとしてる」
このは「お前が欲しいんだから、お前が持ってこいって話だろ! 人にばっかり求めて、自分は何もしないとかずるくね!?」
さなえ「だからお互い様ですよね? ずるいかどうかはともかくとして、最初からそう言ってるじゃないですか。自分は何もしたくないけど、人には色々して欲しい。そういうものでしょ人間って」
このは「ほんとはなびイズム糞だわぁ。結婚したのち仲良く爆発しろよ、はなびだけに」
畳の部屋にピリッと張り詰めた空気が漂う。
はなび「ただいまー。なに、ケンカしてんの? 珍しい」
ふすまをそっ閉じしようとするはなびの腕をこのはが掴む。
このは「待ちなさいはなび。話を聞いて」
はなび「んだよめんどくせえな。オレ、ウク〇イナかよ」
このは「は?」
はなび「緩衝地帯が欲しいんだろ、プー〇ン姉ちゃん」
このは「プー〇ンはさなえだろ! あとギリギリアウトな爆弾投げてくんのやめてくれる!?」
さなえ「悪いニュースの中でも最悪レベルのやつきちゃったかー。人が死んでんねんぞ?」
このは「そもそも先に攻めてきたのはさなえでしょ! 悪いニュースを言うなって! あたしの心は侵略された! さなえがプー〇ン! プー〇ンさなえ!」
さなえ「私は平和のために言ってるんです」
このは「あたしは平和じゃないんだが!? 世界の平和にはあたしの犠牲が必要なの!? おかしくない!?」
はなび「まあ、みんな多かれ少なかれ我慢してるよ?」
さなえ「我慢してないの、このは先輩だけなんじゃないですか?」
はなび「姉ちゃん空気読めねえからな」
このは「はぁーーーーっ!? お前が言う!? 自分は空気を読まないけれど、人には空気読んで欲しいってか!? おい、はなびっ! そもそもお前のはなびイズムが原因なんだからな!」
はなび「オレはネオナチかよ。完全にプー〇ンじゃねえか」
このは「むっきぃー!!」
さなえ「もうこれからこのは先輩、コーチン先輩でよくないですか? こーちん先輩。ちょっとかわいい」
はなび「いや、こーちん先輩はやめろ」
さなえ「なんで? かわいいのに」
はなび「じゃあ、こーちんって10回言ってみて」
さなえ「こーちんこーちんこーちん……」
真っ赤になって口ごもるさなえ。
はなび「あと7回」
さなえ「ばっかじゃないの! ばっかじゃないの!」
このは「あたしが代わりに言ってやんよ! ちんこーちんこーちんこー!」
はなび・さなえ「やめろぉーーーーっ!」
はぁ、はぁ、と息をつく三人。
さなえ「まあ、こーちん先輩の言い分もわからないことないです。
こーちん先輩が興味あるのは悪いニュースばっかりみたいですし、こーちん先輩の表現の自由もある。
こーちん先輩がどんなに空気を悪くするニュースも持ってきても、私がどうこう言う権利はない。
たとえ平和が失われたとしても」
はなび「その言い方だと、姉ちゃんすげぇクソ野郎に見える」
このは「マジかー」
さなえ「こーちん先輩だけが悪いとは言いませんよ?
悪いニュースがいっぱい流れてくる、世の中にも問題があるのかもしれない。
そういう世の中で、こーちん先輩も私たちも生まれ育ってきたわけですし。
そういえば名古屋コーチンっていうニワトリいますよね。
はい、7回!」
はなび「あっ! ずりぃー!」
さなえ「続けて言えとは言われませんでしたー」
どたどたと慌てた足音でおばあちゃんがやってくる。
おばあちゃん「ちょ、ちょっと来てくれる! 団体様きちゃった! カレーが! カレーが! どうしよう、カレーが!」
このは「さなえ、一時休戦!」
さなえ「はい!」