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◆小説◆ おばあちゃんの喫茶店4「初恋は花火のように」


おばあちゃん「ありがとうございました」

お客さんをお見送りすると、おばあちゃんはテーブル席の食器を片付け始めた。
はなびはカウンターに肘をつき、おばあちゃんが働いてる姿を見るともなく眺めていた。
むっつりとつまらなそうな顔をして、言葉少なにため息を漏らす。
おばあちゃんは食器の乗ったトレイを持ち、はなびの横をすり抜けてカウンターの内側に入った。
静かな店内にはクラシカルなBGM。
その中に、カチャカチャと食器が触れ合う洗い物の音が加わる。

はなび「おばあちゃん……」

おばあちゃん「ん?」

はなび「いや……なんでもない」

思わせぶりなため息をつく孫を見て、おばあちゃんはちょっと心配そうに微笑んだ。

おばあちゃん「夕ごはん、何がいい?」

はなび「……なんで何も聞かないの?」

おばあちゃん「ん」

はなび「もう三日も学校休んでるのに……」

おばあちゃん「別にいいのよ。行きたくないなら行かないでも。
長い人生、色々あるんだから」

はなび「オレ、転校したいな……。ダメ……?」

おばあちゃん「どうして?」

はなび「やっぱダメだよね」

おばあちゃん「別に転校くらい全然いいのよ。でも理由を教えてくれないと。はなびの悩みがなんなのか知らないと、おばあちゃんも力になってあげられないよ」

はなび「えーーっ? でもなぁーーー!」

カウンターに頬を付けて、足をぶらぶらさせてぐずるはなび。
いつもの元気が出てきたみたいで、おばあちゃんはちょっとだけホッとした。

はなび「笑わない?」

おばあちゃん「笑わない、笑わない」

はなび「ほんと?」

おばあちゃん「ほんと、ほんと」

はなび「二回繰り返すあたりが怪しい……。『はい』は一回でしょっていうけど、他のも結構一回にして欲しい」

おばあちゃん「はい、はい。はーい」

はなび「まさかの三連発」

はなびは小さく笑ってから、覚悟を決めたように顔を上げた。

はなび「実は、オレ……好きな人ができた」

食器を洗うおばあちゃんの手が、ぴたりと止まる。
ふんふんと軽く頷いてから、水を出して食器の泡を流し始めて。

おばあちゃん「続けて」

はなび「最近、そのことで頭がいっぱいでさー。勉強も手につかないんだよ。
ずっとそいつのこと考えてて……おかしくなりそう。結構しんどい。
……学校でさ。授業中もそんな感じで、そいつ、前の方の席に座ってるんだけど、黒板見ると視界に入るのね。
気が散るんだよね、困る。たまになんかの拍子で振り向いたりするし。
だからあんまり見ないようにしてるんだけど……」

はなびは少し口ごもる。
おばあちゃんは、水切りかごの中の食器を拭き始める。

はなび「オレ、学級委員じゃん? なんかこう、先生から頼まれてたんだよ。
クラスのまとめは頼むぞって。だから、学級委員としての使命があったのかもしれない。
授業中なのにクラスうるさくてさー。
ただでさえ集中できないのに、喋るやつとか笑ってるやつが結構いて。
それに加えて、好きだ―好きだ―って気持ちも頭の中をぐるぐるしてて……その。
『先生!』って手を挙げて、うるさいやつらを注意しようと思ったのね。
指されて立ち上がって……『オレはさなえが好きだ!』って言っちゃったの」

おばあちゃんは、ぽかんと口を開け息をのみ、はなびを見た。

はなび「オレ、テンパッちゃって、わけわかんなくなっちゃって。
ゴンは『おおーっと! 突然の告白かぁー?』とか煽る始末」

おばあちゃん「ゴン?」

はなび「中島ゴン。先生。
んで……頭が真っ白になって、あとのことは覚えてない。
もう学校行きたくない……。転校したい……」

おばあちゃん「ええー……? でも、好きな子と離れちゃうんでしょ? いいの?」

はなび「こんなつらい気持ちになるなら、もう恋なんていらないよ。オレには恋なんて、似合わないからな……」

おばあちゃん「ぶふぉっ! けほっ、けほん」

おばあちゃんは、噴き出したのを咳ばらいをして誤魔化す。

はなび「あんなクソダセェことしたやつに好かれるなんて、あいつも可哀想だし……。
それに、オレにはさなえを幸せにする自信がない」

おばあちゃん「くっ……っ……!」

拭き終わった食器を持つ手が震える。
おばあちゃんは後ろを向き、食器棚の扉を開いてお皿をしまいながら、顔を真っ赤にして笑いを堪えた。
ゆっくりと二回深呼吸してから、改めてはなびに向き直る。

おばあちゃん「それはだめよ、はなび。さなえちゃんの気持ちも考えてあげないと。
そんな風に告白されて、三日も学校に来なくなっちゃって。
絶対、気にしてるわよ。自分のせいだって思って、落ち込んでるかも……」

はなび「たしかに」

おばあちゃん「あ。いらっしゃいませ……」

お店の前の路地の方から、女の子の楽しげな笑い声が聞こえる。
扉を開けた向こうにいたのは、このはとさなえだった。
さなえを見て、ガタン! と勢いよくはなびは立ち上がる。
無言のままにお店の奥、自分たちが住んでいる居住スペースの方へと足早に消えていった。

このは「速えー。逃げた……」

おばあちゃん「こんにちは。もしかして、さなえさん?」

さなえ「えー!? こんにちは、よくわかりましたね。なんでですかー?」

おばあちゃん「まあ……その……おおむね、はなびから伺っております。このは、知り合いだったの?」

このは「おな中だし。一輪車クラブで一緒だった」

ねー。と、2人は顔を合わせて笑う。

このは「はなび呼んでくる」

おばあちゃん「よしなさいよ」

このは「えー?」

おばあちゃん「どうせ来ないわよ。そっとしといてあげなさい」

このは「そうだ、あの話しちゃおうかな。
この前、はなびがねー! 塾の日を勝手に決められたって、怒っててー! それでー!」

ドタドタと騒がしい足音を立てて、はなびが戻ってきた。
顔を真っ赤に染め、怒りに唇は震えている。

はなび「てめー! 姉ちゃん! 卑怯だぞ!」

このは「卑怯? なんのこと?」

このははきょとんととぼけた顔をする。
その横で、さなえは面白そうにクスクス笑っている。

このは「ねえねえ、はなび……。平和でよかったね?」

さなえ「平和でよかったねー?」

はなび「て、てめーら……!」

平和でよかったねー! 平和でよかったねー!
変顔を作りながらにやにや笑う二人に囲まれたはなびは、真っ赤になってぷるぷる震えている。

はなび「卑怯だぞ、てめーら……! 男は、女を殴っちゃいけねーんだ……!
それを、てめーら! ちくしょう、てめーらーーっ!」

さなえ「あーあ、星野、すぐムッキーするんだから」

はなび「してねーし! お前が言うんじゃねーし!」

さなえ「してるじゃん。してますよねー?」

このは「はなび、ダッサー」

おばあちゃん「ムッキーとはいったい……」

喫茶店の扉が開き、初老の男性が入ってくる。
とたんに騒がしかった店内はぴたりと静まりかえり、こどもたちは邪魔にならないようにカウンターに並んで座った。

おばあちゃん「いらっしゃいませ」

お客さん「今日は賑やかですね」

微笑みながら帽子を取り、軽く目で会釈をして奥のテーブル席へと向かう。
おばあちゃんはトレイにお冷やとおしぼりを用意し、お客さんのところへと運んで行った。

このは「あたし着替えてくるね。さなえ、ゆっくりしてって」

さなえ「はい」

はなび「もうやだ……死にたい」

このはは席を立ち、居住スペースのあるお店の奥へと向かう。
家につながる扉を開ける前になんとなく気になって、ちらっとカウンターへと目を戻した。

さなえ「すぐムッキーしなければ、けっこう星野のこと好きなんだけどなぁー」

はなび「ムッキーしてませんしー! 別に好かれる必要ありませんしー!」

真っ赤になって狼狽するはなびを、面白そうに眺めるさなえ。
はなびは完全に手のひらの上で転がされているようだ。

このは「お、おそろしい子……!」



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