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◆小説◆ おばあちゃんの喫茶店14「八朔とおそなえ」

はなび「もおーっ! おばあちゃーん! なんでそういうことすんのー!」

このはが2階から降りてくると、お店の方で言い争っている声がする。
テーブル席にははなびの姿。
カウンターの方には、おばあちゃんが困ったような顔で立っていた。

このは「なに、またケンカ……?」

おばあちゃん「ちがうの」

はなび「いや、ケンカじゃねーんだけどさぁ。何度言っても同じことすんだもん」

このは「ああ……。平和っていいなぁ。戦争してたらこんな風にはいられないよ。平和で良かったね?」

はなび「いきなりその結論にぶっ飛んでいくとちょっとイラッとするな」

おばあちゃん「おばあちゃんが悪いのよ」

はなび「別に悪くはないけど、おせっかいというか、いらいらする!」

おばあちゃん「若さゆえの衝動ね」

はなび「うがあああーーーっ! やめろぉ、それ以上は! 自分を抑えられない!」

このは「だめ! このままじゃ、はなびがはなびでいられなくなっちゃう!」

はなび「うわああああああああーーーっ!! はぁ、はぁ……。馬鹿馬鹿しくなってきた。ちょっと落ち着いた」

このは「めんどくさいやつだねほんと。で、何があったの?」

はなび「おばあちゃんが……! おばあちゃんが、ミカン剥いた! 勝手に!」

おばあちゃん「ハッサクよ」

はなび「ミカンの仲間だろ! 一緒一緒!」

おばあちゃん「全然違うわよ。ハッサクだから剥いたのよ」

はなび「どっちでも一緒なんだよぉーー! うわあああーーーっ! 自分を抑えられない!」

このは「はなびしっかりして! 鬼になんてならないで!」

はなび「オレは長男! 頑張れ長男! いちおう長男……!」

このは「忙しいやつだなぁ。まだ一向に状況が掴めないんだが。おばあちゃん、どういうことなの?」

おばあちゃん「ハッサクって剥くの面倒でしょ? だから剥いておいてあげたの。食べると思って」

はなび「それをやめろっつってんだろおおおおぉーーーーっ!」

このは、ハッサクをはなびの口に押し込む。

このは「黙ってて長男。なんかこう、ねずこの口に咥えさせてるやつが、今とても欲しい。そしておおむね話は理解しました」

おばあちゃん「さすが長女」

このは「はなびが食べると思って、おばあちゃんはハッサクを剥いておいた。はなびはそれが気に食わなかった」

おばあちゃん「どうしてかしら。はなびハッサク好きでしょ?」

はなび「ングング……。まぁ、そもそもミカン系は好きだけど、ハッサクはその中でも上位にくるかな。
サッパリしてて、ほどよい酸味があって。グレープフルーツほど苦くないのもいい」

このは「めっちゃ食レポするじゃん」

はなび「でも自分から進んでは食べない。ミカンもだけど、ハッサクは特に剥くのが面倒くさくて手に香りがつくのがイヤ。
皮をむく手間、手を洗う手間のコストを考えると、そこまで食べたいとは思わないという結論に至る。
その点バナナってすごいよな。すぐに剥けてすぐ食えるんだもん」

おばあちゃん「だから剥いてあげてるんじゃない」

はなび「だからって剥いて欲しいなんて言ってない! 勝手に剥かれるのが腹立つの!」

おばあちゃん「え? え? どうして?」

このは「うーん、微妙な心理だなぁ。
たぶん、おばあちゃんがはなびの意志を無視してるところに問題があるんだと思う。
良かれと思ってハッサクを剥いてるんだけど、はなびがそれを望んでいるとは限らない。
例え心では望んでいたとしても、頼まれないのにやってあげちゃうのは、甘やかしというか、愛情の押し売りになっちゃうのかも」

はなび「そういうこと。オレがお願いしてないのに、欲しいもんだと思い込んで勝手にやられるのがイヤ。
おばあちゃんがやりたいだけなのに、オレのためってことにされるのが気持ち悪い」

おばあちゃん「でも、例えばよ? 偶然通りがかったところに、ハッサクが剥いてあったらどうする?」

このは「そんな偶然あるかなぁ」

おばあちゃん「例えばの話よ。砂漠で、凄く喉が渇いてて、そこに剥かれたハッサクがあったら?」

このは「それは食べるでしょ」

はなび「うん、食べる」

おばあちゃん「そういうことよ。ハッサクを剥いたのがおばあちゃんだって知らなくてもいい。
ただ、このはやはなびの喉を潤したい。そんなオアシスになりたい」

このは「ここは砂漠じゃないので」

はなび「でも確かに……喉が渇いてる時に剥かれたハッサクがあったら食べちゃうと思う。喉が渇いてなくてもだよ、通りがかりに剥かれたハッサクがあったら食べたくなっちゃう。つい手が伸びる。
そういう自分が許せない。悔しいっ、己の欲望に打ち勝てないっ……!
ちくしょうっ! ちくしょうっ! あああああ……!」

おばあちゃん「日本人の良いところはね、察しと思いやりなのよ」

はなび「やめてくれ……! それ以上オレを追いつめないでくれぇっ……!」

このは「あー、わかった。たぶん『察し』が足りてないんだわ。
おばあちゃんはさ、はなびのハッサクを食べたいって気持ちは察してるんだと思う。
でも、そのことではなびが苦しむことまでは察しきれてない。
はなびにはきっと『甘やかされたくない、自分の意思で物事を選びたい』って気持ちがあるんだと思う。
でもおばあちゃんが勝手にやってあげちゃうと、はなびのそういった気持ちが尊重されなくなってしまう」

おばあちゃんははっとしたように口を抑えた。

おばあちゃん「さすが長女……!」

はなび「姉ぢゃん! あ゛りがどお゛っ! 姉ぢゃんっ!」

このは「鼻をふけ長男よ」

おばあちゃん「でもそしたら、おばあちゃんの気持ちはどうしたらいいの?
このはやはなびのためにやってあげたい、二人のオアシスになりたいって気持ち。
これはずっと、ずうーーーっと我慢してなきゃダメってこと?」

このは「ああー、そういう問題もあるのか。確かにおばあちゃんに我慢させちゃうことになるのね」

おばあちゃん「あ、わかった。じゃあこうしようか。
おばあちゃん、ハッサク剥いたりおまんじゅう買ってきたりするけど、別にあなたたちのためじゃないのよ」

はなび「えっなに? どゆこと?」

おばあちゃん「あくまでも『おそなえ』をしてるだけ。置いておいてるだけ。別にあなたたちが食べるだろうと思って置いてるわけじゃないの。勝手に置いてるの。
で、一度『おそなえ』したものは、別に誰が食べようと知ったことじゃない。食べたきゃ勝手に食べてもいいけどね」

はなび「うーん……。そういうことなら仕方ないな」

このは「えー。それでいいのか弟よ」

はなび「オレのためじゃなく、おばあちゃんが勝手にやってるっていうのなら……これは止めようがないだろう」

このは「はなびがそれでいいんならいいけど」

おばあちゃん、ハッサクを剥き始める。

おばあちゃん「勘違いしないでね、これはただの『おそなえ』なんだから。
別にあなたたちのためじゃないんだからね?」

このは「おばあちゃんがツンデレになってしまった」

震えながらハッサクに手を伸ばすはなび。

はなび「くっ、うめえ! くやしいけどっ! うめえっ!」

このは「なにこれ……」



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