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◆小説◆ おばあちゃんの喫茶店5「本当のいいねの裏返し」

さなえ「このは先輩、いいねが欲しいです!」

このは「ん? いいねいいねいいねいいね!」

さなえ「に゛ゃーーーっ! 違う!」

髪をワシワシかき乱され、さなえは座っていたカウンターから飛びのいて威嚇の姿勢を取る。
このはは何事もなかったかのように、スマホの画面に目を戻す。
奥のテーブルには何組かのお客さんがいて、さなえはちょっと決まり悪そうにこのはの隣に座り直した。

さなえ「ツイッターでいいねが欲しいんです!」

このは「は? なんで?」

さなえ「なんでって……嬉しいから?」

このは「嬉しいの?」

さなえ「うーん……嬉しいと、思う。たぶん……」

自信なさげに声が小さくなっていくさなえ。

さなえ「リツイートの方が嬉しいかなぁ。あとリプとかでー、具体的にホメてもらえる方が嬉しいかもです。
あれ? あ! 褒めて欲しいんだ! 褒めて欲しいんだわたし!」

このは「はいはい、さなえは可愛いねー」

さなえ「心がこもってないんですよ!」

おばあちゃん「さなえちゃんは可愛いわね」

テーブル席から食器を下げてきたおばあちゃんが、にこにこ笑いながらカウンターの中へと入る。
さなえはまんざらでもなさそうな顔で、にんまりとおばあちゃんに笑いかけた。

さなえ「このは先輩、これですよ? これが本当のいいねです」

おばあちゃん「いいねに本当も嘘もあるの?」

このは「この世には『本当のいいね』と『嘘のいいね』が存在するらしい」

さなえ「わたしは『本当のいいね』が欲しいんです! いっぱい欲しいし、毎日欲しい! 毎日ないとだめなんですよ。
『いいね』をもらうと心のゲージがちょっとだけ上がって、それはしばらくすると下がっちゃうんです。
『いいね』はごはんみたいなもので、毎日の生活に必要なんです。
『いいね』が欲しい! 『本当のいいね』が欲しい! もっと、もっと!」

このは「あのね、心の中には『いいね』を入れる箱があるらしいんだけど、たぶんさなえの箱には穴が空いてるね」

さなえ「『いいね』をくれぇ~~~! 『いいね』をよこせ~~~!」

このは「頑張れさなえ、頑張れ! 鬼なんかになるな!」

さなえ「長男じゃないから頑張れませんでした」

おばあちゃん「このは、これ持ってってくれる?」

カウンターの上に、カレーとサラダのセットが置かれた。
このはは、んー、と軽く返事をして、お客さんの元へとカレーを運んで行った。

おばあちゃん「さなえちゃん。さなえちゃんは、いいねしたことある?」

さなえ「え? ああ、まあ、はい。人並みには……」

おばあちゃん「おばあちゃんよくわからないけど、自分がいいねしてる時ってどんな時だろうって、考えてみるといいんじゃないかしら。
『本当のいいね』してる時はどういう時か、『嘘のいいね』の時はどういう時か、『人並みのいいね』の時は、どういう時なのか……」

さなえ「いいこと言ってるような気がするけど、よくわかんなくなってきた」

お客さん「ありがとう、カレーおいしいです」

このは「ありがとうございます」

お客さんのグラスに水を注いでるこのはが、料理を褒められて照れくさそうにしている。
鼻歌でも歌いそうに機嫌よく、カウンターまで戻ってきた。

さなえ「『本当のいいね』だ……!」

さなえははっとして、このはの顔をまじまじと見やった。
このははちょっと気持ち悪そうに、さなえの顔を見返した。

さなえ「おばあちゃん、ここでわたしを働かせてください!」

おばあちゃん「ええっ」

さなえ「お願いします!」

このは「ふん、さなえっていうのかい? ぜいたくな名前だねぇ、今からお前の名は『さ』だ! 『さ』!」

おばあちゃん「困ったねぇ。中学生を雇うのは、ちょっとむずかしいんじゃないかねえ、法的に」

さなえ「バイト代とかいらないんです! わたしは『本当のいいね』が欲しいだけ!」

おばあちゃん「なんだかかわいそうだわ」

このは「『さ』! こっちに来なさい! 『さ』!」

このはは奥の居住スペースにさなえを連れて行った。
畳の部屋に連れていき、押し入れから新しいお店のエプロンを引っ張り出す。

このは「どっちがいいかなぁ、うーん」

ちょっと悩んでから、赤いエプロンを選んでさなえに渡す。
中学の制服のブレザーの上からエプロンをすると、さなえは姿見の前でポーズを取る。

さなえ「うーん……。なんかいまいち子供っぽい気がする」

このは「いや、可愛いよ? 髪結ぼう」

さなえは長い髪をまとめようとポニーテールにしかけたが、このはの手によって阻まれた。
鏡越しに視線を合わせると、にやにやとさなえに笑いかける。

このは「こうして、こうして、こう……。うわぁ、あざとい」

高い位置でツインテールにしてから、赤いカチューシャを頭に被せる。
さなえはまじまじと自分の姿を見つめた。

さなえ「なんだろうこれ……メイドさんになり切れなかった何かだ。子供っぽさ増してないですか?」

はなび「姉ちゃん、おやつどこー?」

だるそうに足で畳の部屋のふすまを開けるはなび。
姿見の前にいる二人を見て、凍り付いたように動きを止める。

このは「見て見てはなび。可愛くね?」

はなび「はっ!? はぁあーーーっ!? どこがっ!? 全然かわいくねーしっ! 全然!」

さなえ「ええー? ほんと?」

さなえははなびの前に歩み寄って顔を覗き込むと、困ったように首を傾げて唇を尖らせる。
はなびは真っ赤になって両手で顔を覆った。

はなび「ぎゃああああーーー! 目が腐る! 目が! 目がーーーーっ!」

逃げるように階段を上がっていくはなびを見て、さなえは勝ち誇ったように笑う。

このは「これは『本当のいいねの裏返し』……!」

さなえ「はぁー、満ち足りた。生きていける」

このは「付き合っちゃえよ、お前ら……」



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