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◆小説◆ おばあちゃんの喫茶店12「お墓参り」

このは「はなびー、お墓参りどうする?」

畳に転がって漫画を読んでいたはなびが、面倒くさそうに返事をする。

はなび「あー、もうそういう時期か。でもコ〇ナ禍だしなぁ」

このは「去年どうだったっけ?」

はなび「あれ? 行ったっけ? あ、行った行った行った! 十周年」

このは「十回忌ね」

はなび「ちげーよ、十回忌なんてねーから。一周忌、三回忌、七回忌で、次は十三回忌」

このは「なんなんめっちゃ詳しいじゃんキモい」

はなび「だから去年は十周年」

このは「今年は十一周年? アニバーサリーかよ、祝ってどうする」

はなび「無料で10連回せそう」

このは「何が出てくんだよこえーよ。SSRご先祖様とかきちゃいそう」

はなび「学校どうすんだっけ」

このは「忌引き? なんか普通に休めた気がする。別に都内だし、日帰りだから楽だね」

はなび「服どうすんだっけ」

このは「はなびは学ランでよくない? 私どうしよっかな。どっかからレンタルしてた気がする。まあ、おばあちゃんに聞けばいいか」

おばあちゃんがふすまを開けて顔を出す。

おばあちゃん「おつかれさまー。お店終わったよ」

このは「あ、おばあちゃん。お墓参りどうする?」

おばあちゃん「あ、いけない、忘れてた」

はなび「忘れてたのかよ、息子の命日」

おばあちゃん「えーっとね、お寺さんに電話してみます。決まったら言うわね」

このは「はぁーい」

おばあちゃんの後姿を見送って、はなびはだるそうにため息をつく。

はなび「めんどくせえなー」

このは「はなび、そんなこと言うもんじゃありません」

はなび「や、まあ、そうなんだけど。面倒くさいのは事実じゃん」

このは「言っていいことと悪いことがあります」

はなび「いいニュースと悪いニュースみたいな? こーちん大統領かな?」

このは「うるさいなちんこ蹴るよ?」

はなび「やめてくださいごめんなさい。でもさぁ。お寺に言ってもお骨はないわけじゃん」

このは「こういうのは気持ちの問題なの」

はなび「気持ちねぇ……。俺の気持ちはどうするの。めんどくさいというこの気持ちは」

このは「出たなはなびイズム」

はなび「はぁーっ? 全然ちげぇーだろ、どこがですかー?」

このは「自分の気持ちは尊重するが、他人の気持ちは尊重しない」

はなび「ぐうの音も出ない」

このは「あんま覚えてないんでしょ?」

はなび「いや、そんなことないよ? うーーーん、じゃっかんおぼろげではある。
なんだろ、おんぶしてもらった時とか、手を繋いでもらったこととか。
お父さんから煙草のにおいがしたの覚えてる」

このは「完全におぼろげじゃん」

はなび「そう言われてみれば顔とか覚えてないな。写真を見ればソウナンダーとは思うけど、あんまり一致しない感じ」

このは「はなびまだ小さかったからね。私が小学校入ったくらいだから、3歳か」

はなび「そういう計算になりますな」

このは「よくもまあこんなに大きくなって」

はなび「親戚のおばちゃんかよ。てか、記憶がおぼろげなせいかあんまり悲しいとかないんだよな。そりゃまあ生きてたら会ってみたいけど」

このは「泣いてたくせに」

はなび「はぁ?」

このは「『幸せになんなきゃ意味なくなっちゃうじゃーん』って。この前」

はなび「あれはちげぇーし。泣いてねーし」

このは「これがその時の写真です」

はなび「は? ちょ、なに勝手に撮ってんだよ! てかいつの間に! 消して! 消して! 肖像権!」

このはのスマホを取り上げて写真を削除するはなび。

はなび「ったく、油断も隙もねぇーな」

このは「さなえに送ったらめっちゃウケてた」

はなび「うわああああーーーっ! 既に拡散されているぅーー!」

このは「まあでも、100%死んだって決まったわけじゃないし」

はなび「はぁ?」

このは「いつか会えるかもしんないじゃん。人生長いよ?」

はなび「え? ちょ、どゆこと?」

このは「え? だから、お父さんとお母さん」

はなび「待って待って。お葬式に行くんだよね? こんど。お母さんとお父さんの」

このは「あと、仙台のおじいちゃんとおばあちゃんね」

はなび「生きてるの?」

このは「おじいちゃんとおばあちゃんは遺体が見つかったって聞いてる」

はなび「違くて。お母さんとお父さん」

このは「うん、たぶん」

はなび「えええええーーーっ!? どゆこと!? 衝撃の事実なんだけど」

このは「いや、あたしも確証があるわけじゃないよ? なんで会いに来ないのかって話だし。なんか事情があるのかもしれないとは思ってる。
既に亡くなってる可能性もなくはない」

はなび「津波に巻き込まれたって聞いたぞ?」

このは「ちがうちがう。そのあと普通に帰ってきたじゃん」

はなび「えぇーーー? そうだっけ? おぼろげでよく覚えてない」

このは「まだお店やってなくて、向こうがリビングだったじゃん? あたしテレビ見てて、あー、ずっと津波のニュース見てたな。
はなびもいたじゃん。ソファーに座って毛布かぶって、一緒にテレビ見てた」

はなび「全然覚えてない」

このは「おばあちゃんは親戚とか知り合いに連絡してて、なんかその時はいなかった。
玄関のカギを開ける音がして、見に行ったらお父さんとお母さんで。
すっごい心配してたから、無事でよかったぁーって、ほっとして泣いちゃって。はなびも泣いてて、お母さんにハグされてて。
ああ、その時が最後だったかも」

はなび「え」

このは「『このは、ちょっとお母さんたち用事済ませてくるから。はなびのことお願いね』って、二人ともまた出かけちゃって。それっきり。
だからその後に事故に巻き込まれたりとか、そういう可能性は考えられる。
もう十年も行方不明なのは事実だし、お葬式やっちゃうのもしょうがないのかもしれないけど。
でも、いきなりひょっこり帰ってくる可能性もなくはないよね。可能性はゼロじゃない。住んでた家が喫茶店になっちゃっててビックリするかもしれないけど。なんかちょっと、お客さんが来るたびガチャを回してる感覚というか……はなび……?」

はなびは静かに立ち上がり、畳に座っているこのはの頭をぎゅっと抱き締めた。

このは「は? なに?」

はなび「……やっぱり姉ちゃんは幸せにならないとダメだ。大丈夫、これからはオレが姉ちゃんを守るから」

このは「ちょ……何それプロポーズかよ。わぁー、うー、嬉しいけど弟に言われてもなぁ。さなえとかに言ってやんな?」

はなび「うるせーよ」

すん、と鼻をすするはなび。

このは「泣いてんの?」

はなび「泣いてねーし」



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