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桜の庭の満開の下、私たちの宴会の準備を


桜の庭の満開の下、私たちの宴会の為に

 ある日絶望した1人の男が木の枝で首を吊った。男は哀れな亡骸を見られまいと高い木の頂上まで登り、最期に見る景色の美しさを胸にこの世との別れを告げたのだった。その夜の事、雨が降り湿気を帯びた男の死体を吊るす紐がぬるぬると伸びてゆく。どういう材質か不明だが安価なロープの劣化の為か、はたまた神の悪戯か、男の死体はずるずるとエレベーターの如く下降して行くのだった。雨はやがて嵐となった。風に煽られた男の死体は振り子の様に前後に振れてゆく。止まらないブランコの様にそれは続き、遠心力と共にロープもまた伸びてその振り幅はより大きなものとなった。そんな事も知らずにいたのは、その木の麓に建つ一軒の小屋に住む女である。女は夫の帰りを酒を温め待っていた。嵐の夜の心細さを抱えながら夫の帰宅を知らせるノックの音を待ちわびて。その時である、男の死体が丁度女の住む小屋の扉のあたりまで降りてきたのは。死体は風に揺られて女の住む小屋の戸に身体を打ちつけた。何度もぶつかり、それがノックの様に聞こえた女は夫の帰宅と思い、抱擁する気持ちでドアを開けた。しかし、そこに現れたのは首を吊り絶命した壮絶な男の姿であった。風にあおられ木の枝に打ち付けられ男の顔面は血みどろだった。女はあまりの出来事に絶叫をした。そうして頭の線が文字通りブチッと音をたてて切れたのだった。発狂した女は火にかけていた熱々の鍋を振り回して勝手口を暴れるその勢いで体ごとブチ破り、暗闇の中を叫びながら駆け出していった。振り回した鍋から温めていた酒が溢れ全身に浴びた女の顔面は火傷と酔いとで真っ赤である。真っ赤な女の行く先には城があり、その手前には城下町がある。この国は王族の失政と退廃、飢饉や疫病の流行で疲弊していた。誰もが絶望し、飢え、諦めのまなこで人々は生きる屍と化していた。まるで首を括ったあの男のように。そんな時である、町に向かって威勢の良い雄叫びをあげながらやって来る女を人々が目撃したのは。まず初めに反応をしたのは犬や猫などの獣達だった。鍋から滴り落ちる酒に群がりついてきたのだ。犬も猫も皆空腹だったのである。
 町ではレジスタンス達が毎夜地下で蜂起の相談をしていた。外の騒ぎを耳にし、ついに来たかと奮い立つ彼ら。複数のレジスタンスのグループがあったが、相談ばかりで抵抗をする勇気が挫けかけていた矢先の事だった。どこかのグループがとうとう立ち上がったものと勘違いをし、遅れをとるまいと各グループが我先にと暗い穴から這い出してきた。
一団は狂った女を先頭に城へ向かって駆けて行く。そして町の住人もその時が来るのを息を潜めて待っていた。虐げられ殺された子や親や恋人の仇を討つために。老若男女が手に武器になりそうなありったけの道具を持って、抑圧から解き放たれた叫び声をあげながら、あの為政者達の待つ城へ。
 タイミングはいつも突然にやってくる。それは制御不能な混沌の中に瞬く光だ。革命だ。一揆だ。打ち壊しだ。
 押し寄せる大群に城の門番や衛兵たちは青褪めた。戦意を完全に失った兵は我先へと逃げてゆく。甲冑を脱ぎ捨て蜂起に加わる者も少なくなかった。人民の群れは城の門を突き破り、また乗り越えて次々に侵入を果たす。城の大庭園に集う為政者たちはまだその事に気付かない。彼らは陽気だった。今日は名だたる銘木の桜の木々が植る豪華室内大庭園で桜を見る宴の真っ最中である。人々から略奪した食糧と酒の数々。虐げられた者らが一生口にする事がない贅沢三昧の饗宴。王と王族がその力に酔いしれ、貴族や富豪、それに群がるセレブと称されるハイエナどもの下卑た笑いで腐臭が漂う会場は乱交三昧の酒池肉林の様相を呈していた。そこへ雪崩の様に押し寄せたるは狂女を先頭とした血走った目つきの蜂起した人民の群れである。一斉に沸き起こる雄叫びと悲鳴はまるでシンフォニー。幕は開かれた。引き千切られる為政者たちの体。飛び交う四肢。もぎ取られた首は果実の収穫の如く手際よく行われた。血は雨の様に降り注ぎ、はらわたは綱引きの様に引っ張られ、久々の運動会に皆掛け声も高らかである。血に染まった満開の桜は真紅の花びらを散し舞台を艶やかに演出する。
 この凄惨な光景を残酷と感じるだろうか。確かに残酷極まりない。しかし彼らが今迄受けた屈辱と汚辱を思えば当然である。愛する者を犯され蹂躙され嬲り殺しにされて嘲笑われる日々。傷付き泥水を啜りながらもなお生きてきたのはこの日の為である。彼らとて命懸けだ。ここで引けばまた同じ事。いやもっと凄まじい地獄が待っている筈だ。もうやるしかない。完膚なきまでに叩き潰すしかないのである。ショウ・マスト・ゴー・オン。
 王族や貴族や富豪どもが一斉に小便を漏らしたせいで一面が水浸しで子供用プールみたいだった。金玉が浮かんで流れてきた。引き千切られた金持ちの金玉。四つん這いで震えながら逃げるブタ野郎のケツに桜の枝をぶち込む。枝は震えるブタ野郎のケツと一緒にブルブル震えてバイブみたいだった。この世に不必要なおもちゃが一つ完成した瞬間だ。誰も楽しめないガラクタ。跳ねられた王の首は子供たちにフットサルの球にされて飛び回っている。最後に国民に貢献できた王としての勇姿がそこにあった。
 遅れて駆け付けたのは件の狂女の夫である。彼は積み上げられたテーブルの頂上で燃え盛る国旗を、返り血で染まった体で降り続ける妻に駆け寄った。テーブルの山を駆け登り妻を抱きしめる。その瞬間狂女は我に返り普段の妻へと戻る。そして凄惨な光景に唖然とした。夫と妻は固く抱擁し、この狂った世界で唯一つ確かなものを感じながら立ち尽くした。
 そろそろ火炙りの麓で焼いていた芋が焼き上がる頃だろう。諸君おやつの時間だ。人々の屁は新世界へのファンファーレとなった。

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