ムダボス会議 その4【最終回】
翌日の世界各国のメディアは、ダボス会議に関し、一斉に報じたが、それらのへッドラインに目を落とすとき、共通して日本の財相のスピーチを際立たせていた。
先ず、ドイツの『フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング』であるが、その見出しは「日本の財相、覇権主義に強く抗議」というものであり、内容に目を通すと、「各国首脳の覇権演説に業を煮やした野島財相は、この日、神道の祭司の役割を演じ、アメノミナカヌシノカミ(あまり聞いたことのない日本の神)が乗り移ったのか、粛々と平和の道を説いた云々・・・」と報じた。
イギリスの『フィナンシャル・タイムズ』は、「史上最悪のダボス会議、ひとり日本の財相が正論を吠える」という見出しで、「米国の覇権が弱まる中、各国首脳の演説は覇権主義の野心を露わにし、われ負けじと野蛮な演説を披歴した。
そんななかで、異彩を放ったのは、スピーチ原稿もなく真っ当な内容で演説を行った日本の野島財相である。彼は、各国首脳のスピーチを「時代錯誤も甚だしい化石のような理念」であるとし、妄言、糞尿、ガラクタの類であると切り捨てた。
代りに、『どうだ、見てくれ、このボスを』という気概と自負で語った自身の演説を世界に発信し、国際協調と平和の道を説いて、暗いダボスの会議に一条の光を灯した。明らかに、今回の会議のヒーローはミスター・ノジマである云々・・」と評した。
フランスの新聞『ルモンド』は、「武器を捨てた日本のサムライ、ダボスで平和の説教」と見出しを書き、「平和憲法で戦後を生きてきた日本は、すっかり、平和を身に付けたようである。
ポスト冷戦の唯一の超大国アメリカがイラク戦争とリーマン・ショックで経済の衰亡を招いて以降、その世界覇権に陰りが見えてきた現在、世界各国は米国にとって代わる覇権争奪戦を展開しているが、それを反映した各国代表の品格なき毒舌合戦がダボスで繰り広げられた。
その毒舌合戦に異議を唱え、一刀両断に切り込んだサムライが日本の野島財相である。彼は武器を捨てたサムライとして、ロシアや中国などの新興国の経済成長をバックにした軍事覇権への夢を「クソ」だとして切り捨てた。
各国首脳のムダな演説によって、ダボスはムダなボスたちのムダボス会議となったという駄洒落まで飛ばしたが、残念ながら、日本語でしか通じないこの駄洒落に表情を緩め、目を細めていたのは日ノ原義弘首相ら日本の代表者たちだけであった云々・・・」などと書き立てた。
アメリカの『ニューヨークタイムズ』は、「アマテラスオオミカミの太陽の輝きを纏って日本の財相平和の道を示す」と表題を記し、「野島財相は、米国にとって代わろうとする世界各国の覇権国への夢を完全否定した。覇権は歴史に逆行する愚行であるとし、覇権に生きる者は覇権で滅びると警告した。人類の道は仁愛、慈悲、平和の王道以外になく、日本はその道を行く云々・・・」と、一切の皮肉も入れず率直な表現で会議を報じた。
日本国内に目を移し、『嫁売新聞』の記事を見ると、「日本の栄誉を高める歴史的な演説」という見出しで、「荒れに荒れたダボスの会議は、唯一、日本の野島財相の演説で救われた。日本では、近年、中華思想に基づく覇権主義に狂奔する中国への警戒と嫌悪感が高まりを見せているが、ポスト・アメリカを狙う各国の覇権的傾向を野島財相は一蹴した。原稿なしの即席演説を行った日本のリーダーは過去見当たらない。財相は、日ノ原首相の「やれ」の一言で、歴史的な即興演説を行った云々・・・」と報じた。
一方、『麻日新聞』を見ると、「野島財相、日ごろの鬱憤をダボスで晴らす」と一風変わった見出しを付けており、「国内の1000兆円にのぼる巨大債務を抱えた財政赤字の論議で疲れの溜まった野島財相にとって、ダボスは最高の鬱憤晴らしの場所となった。アマテラスオオミカミやアメノミナカヌシノカミというわけの分からない神道の神まで持ち出し、世界に平和の精神を諭した。しかし、世界各国の首脳の演説が余りにもひどかったため、相対的に財相の演説が目立つ羽目になり、世界のメディアはこぞって野島財相の演説を書き立てた云々・・・」と揶揄して書いている。
経済紙と知られる『肉桂新聞』を見ると、「重要な経済論議を忘れたダボス会議、覇権論議に終始」と見出しを入れて、「今ほど、経済の国際協調路線が求められているときはないにもかかわらず、ダボスは全く経済の論議を忘れてしまった」と述べた。
「集まった各国首脳の関心事はポスト・アメリカの覇権争いに集中し、演説もまた利己的な覇権の主張に収斂された。そんな中で、日本の野島財相の演説は虹彩を放つ平和のスピーチであったと言ってよく、一定の評価が与えられても良いだろう。」
「財相は、『もの作り国家日本』の輝かしい伝統を引き続き維持していく考えを表明、国力の衰えが顕著になってきた日本であるが、日本の沈没などあり得ないとした。『不死鳥日本』、『フェニックス日本』の復活を強調した云々・・・」と報じ、一方で、経済の忘れられたダボス会議に失望感を表した。
帰国の途上にある政府機の中で、各国のメディアの新聞記事に目を通しながら、日ノ原義弘首相、野島太郎財相ら日本の代表は、会話を交わした。
「野島君、大したものじゃないか。ほとんどが君の演説に触れ、君の株が上がっておるようだね。ムダボス会議をかろうじてダボス会議の名に引きとどめたのは、野島君のお陰だな。日本の経済もしっかりと頼むよ。」
「首相、これも首相のお陰です。あのとき、アドリブで勝負をかけようと思った私に、許可を与えて下さったあの判断がなければ、こんなことにはならなかったでしょう。日ノ原首相の判断あってのスピーチでした。ありがとうございます。」
「それにしても、その場で、即席に、ああいう演説ができると言うことがすごいと思いますよ。わたしは、原稿を冷静に読み上げる以外にどんな冒険もしないという主義で生きてきましたので、とてもまねのできるようなことではありません。」
このように、感想を加えてきた白山幸男日銀総裁であったが、日銀総裁のちょっとした言葉で、世界の市場が敏感に反応する経済世界にあってみれば、気分で、アドリブなどやってもらっては困るというのも事実であり、野島財相のような才能はむしろない方が安全であることを白山総裁が自覚しなければならないのは自明の理であろう。
帰国してやるべき問題が山積している日ノ原首相、野島財相、白山日銀総裁らであったが、政府機のタラップを羽田空港で降りたとき、出迎えの政府スタッフに笑顔を見せた。そして専用の黒塗り車の中へ消えると、永田町の方向へと走り去って行った。