ウォルター・シャイデル:格差と戦争①
「格差と戦争」
19世紀、資本主義の財欲の嵐が、ヨーロッパのキリスト教社会に吹き荒れて、飢餓に苦しむ庶民たちが貧民窟から泣き叫ぶとき、カール・マルクス(1818-1883)が誕生して、人々の救いを掲げ、共産主義運動が巻き起こった。
1917年、レーニンがロシア革命を起こし、労働者や農民を中心とするプロレタリアートを足場にして、王侯貴族や大土地所有者を中心とするブルジョアジーの打倒に成功すると、1922年、歴史上初の共産主義国家が「ソヴィエト連邦」として誕生する。
しかし、共産主義国家が革命のために殺害した犠牲者の数は約1億人(「共産主義黒書」クルトワ、1997年)と言われ、格差をなくするという経済的平等の大義はあっても、共産主義者たちの残忍な革命の手段と結果は、容易に認めがたいものがある。
第一次世界大戦の死者が1600万人、第二次世界大戦の死者が6000万人、合わせて7600万人という数字と比較してみると、共産主義革命による死者数1億人は、残酷な数字であると言わざるを得ない。
格差によって国内の戦争を展開した共産主義国家の歴史は、「格差と戦争」という研究テーマを私たちに突き付ける。
「暴力と不平等の人類史」
有史以来、貧富の差を縮めることに大きな役割を果たしたのは、「暴力的な衝撃」だという歯に衣を着せない発言で、世界中を驚かせたのは、ウォルター・シャイデル(1966-)である。彼はスタンフォード大学教授として有名で、現在、最も注目を浴びる人物の一人である。
戦争や革命なしに平和的に富の平等化、平準化を実現することはできないのか、シャイデルは歴史の研究を重ね、その結果、格差がなくなるためには、衝撃的出来事が付き纏っているという事実を確認した。
アメリカで最も裕福な20人は現在、アメリカの下位半分の世帯すべてをまとめたのと同等の資産を保有していると言われる。欧州や旧ソ連、中国、インドなどでも所得と富の配分はますます不均衡になっている。
古代史を専門とし『暴力と不平等の人類史』(2017年)を上梓したスタンフォード大学教授のウォルター・シャイデルは、今後も格差は拡大していくと指摘している。
また、歴史的に不平等を是正してきたのは、「戦争・革命・崩壊・疫病」という4つの衝撃だけであることを明らかにし、今後の世界に警鐘を鳴らしている。
四つの衝撃を「偉大な平等化装置」と見て、四人の騎士になぞらえた。「戦争」は第一の騎士、「革命」は第二の騎士、「崩壊」は第三の騎士、「疫病」は第四の騎士と呼ぶことにしたのである。
こう見ると、人々が格差の不条理に気付き、何とか、格差のない社会を作ろうと努力しても、簡単に格差のない社会は作れないと、シャイデル教授は言いたげである。
格差をなくするのに役立ったと見られる四つの衝撃「戦争」「革命」「崩壊」「疫病」を、シャイデルは、積極的に肯定しようとしているのではないにしても、歴史の偽らざる事実は、四つの衝撃が、何らかのかたちで、格差を埋める役割に貢献しているとし、彼の歴史研究の成果として世に発表し、その結果、大変な衝撃が世界に走ることになった。
「平等化の四騎士」
「平等化の四騎士」として、戦争、革命、崩壊(国家破綻)、疫病(伝染病)が不平等を是正すると述べたシャイデルは、なぜその四つが平等化の要因になるのか、そのメカニズムを突き止めた。
古代の遺跡や埋葬から、ヒエラルキーや階層社会のような不平等社会は大昔から見られる。経済的な余剰の多寡が、政治的不平等を発展させていることがわかるのである。
たいした余剰生産のない集団は、ほとんど、政治的不平等の形跡がないとシャイデルは言う。最初の「1%」、これが少数のエリートを生み出す構造と言えるが、 国家構造がうまく維持されている限り、エリート支配は安定していたと言う。
シャイデルは、富の獲得方法は、歴史上、二つしかない、それは「作る」か、「奪う」かの二つであるとしながら、その二つの方法によって得られた資源をおのずと権力者に集中させることが、近代国家の特徴となっていると言っている。
そういう近代国家において、大きな暴力的破壊がないことこそが、「不平等」の形成と促進の決定的な必要条件であると、シャイデルは見た。
「日本の場合:敗戦と平等化」
日本は鎖国まではあまり不平等が大きくなかったにもかかわらず、開国してから不平等化が進む。
江戸幕府の崩壊(国家破綻)と明治維新の開国、これにより、日本は不平等な国家になり、四大財閥とそれに連なる権力者たちによる富の独占が形成された。
ところが、1938年の春に「国家総動員法」が制定されて、政府は日本の経済を戦争遂行のために自由に使うことができることになった。
第二次世界大戦の泥沼の中に入り込んだ日本であったが、敗戦によって、類をみないレベルの平等化が起きた。日本は戦争によって平等化を果たした模範的かつ教科書的な事例になったというのが、シャイデルの近代国家日本の概観と分析になる。
以上のシャイデルの見方によれば、戦争は、戦勝国(米国)においては経済格差、不平等が拡大し、敗戦国(日本)においては経済の均等化、平等化が促進したということになる。
戦勝国の指導者層は利益を期待できるのに対し、敗戦国の指導者層はそれができず、格差や不平等がおのずと縮小されるということだ。
誰もが世界の終わりと思った中世後期の伝染病の流行、それがペストであるが、ペストに感染すると、50〜60%は数日で死亡する。肺ペストに感染すると肺から放出される飛沫で、人間同士の直接感染が起きる。すると、こちらは死亡率ほぼ100%と言う。
ペスト流行の結果、何百年と続いたエリートへの富の集中による不平等が、ヨーロッパと中東で起きた疫病によって一変する。
疫病による人口減少で、労働賃金は上がり、地代は下がるので、エリート層の資産は減少する。結果として、労働者が裕福になり、不平等が抑制されるという結果になった。
疫病による人口減少、これもまた、平等化の促進に役立った要因であると、シャイデルは分析し、解釈している。