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人生の経営学 その1


経営学と言えば、ビジネスに関する経営理論と考えるのが普通であるが、そもそも、ビジネスを成功させる目的は何かと問うならば、ビジネスそのものの根源的な目的を問う必要がある。

ビジネスでの成功を、「経済的成功・事業の収益」という意味において勝ち取ったとしても、それだけで本当の人生の幸せを掴み得るかどうかは分からない。

経済的には成功したが、家庭は離婚で崩壊した、子供たちの教育は失敗し、父子間に深い溝が生じた、会社での人間関係がうまくいかないなど、いくらでもある話である。

クレイトン・クリステンセン(1952-2020)は、オクスフォード大学で経済学修士、ハーバード・ビジネス・スクールで経営学博士を取得し、1992年からハーバードで教鞭を執った「イノベーション理論」の大家である。

彼のイノベーション(技術革新)に関する理論は、単にビジネスの領域に限定されたものではなく、人生の全領域に関わるものである。

ただ、富や名声を求めるだけが人生ではない、職業選択、生きる目標の確立、子供の教育、家庭のマネジメントなど、あらゆる分野において、わたしたちは賢明な決定をくだすことが求められている。そういう幅広い視点に立った「イノベーション理論」を磨いてきた稀有な人物がクリステンセンである。

「イノベーション・オブ・ライフ」(原題「How Will You Measure Your Life?」2012)は、経済、経営、マネジメントの話だけをするというものではないという意味において、イノベーション理論の中では異彩を放つものだ。

人生において起きる事柄を、確かな理論によって予測するという立場から、徹底的な検証と活用を通して、求める「理論」を掴み、それを提示する。その理論が「イノベーション・オブ・ライフ」の内容になっている。

イノベーションの理論は、何よりも、人間の営みに対する深い理解に支えられなければならないという信念に貫かれており、「何が、何を、なぜ引き起こすのか」という問いに答えることが必要であるというのである。

興味深い彼の視点は、目に見える事柄に執着するのではなく、普段問いかけることのない問題について考えよと諭していることだ。目に見える事柄、すなわち、高い報酬、権威のある肩書、立派なオフィスなどではなく、自分自身を本当の意味で動機づける要因について考えることが大切だと言っていることである。

仕事への愛情を産み出す要因を「動機づけ要因」(ハーズバーグの提唱、ユタ大学経営学教授、1923-2000)と呼び、その理論の秀逸性を見たクリステンセンは、「動機づけ要因」の視点を強調する。

人が本心から何かをしたいと思うことが、真の動機づけであり、それは仕事そのものに内在する条件に由来すると言う。例えば、自分にとって本当に意味のある仕事、職業的に成長できる仕事、責任や権限の範囲を拡大する機会を与えてくれる仕事、このような仕事が、自分自身を動機づける要因であると言う。

人生がどういうものであるかを語ることは簡単ではない。人生行路を、意図的戦略(切望する目標)に沿って生きていたとしても、そこに、創発性(思わぬ機会、emergence)が飛び込んでくる場合がある。そこで、その思わぬ機会に沿った人生設計を真面目に考えることになるかもしれない。

そうすると意図的戦略の人生から離れ、創発的戦略の中に生きる人生が始まる。個人の人生も企業の歴史もこの二つの要素があるとクリステンセンは言う。

ホンダが1960年代、ハーレー・ダビッドソンのシェアを奪うべく、米国の大型オートバイ市場に参入しようと図り、それがうまくいかず、窮地に置かれていた。

そんな中、本田の社員たちが町中を安く移動するスーパーカブを見て、それを欲しがる米国人の願望を発見(創発性)したことが、小型バイク戦略(創発的戦略への転換)の採用となり、事業的な活路を開いた。

そのような事例をクリステンセンは語り、意図と創発の二つの可能性に目を凝らし、懸命に生きよと指南する。人生には、意図と創発が訪れるので、個人も企業も柔軟な姿勢をとり、意図的戦略と創発的戦略のバランスを図るのが良いという忠告である。

人生に戦略や方針を持ち、動機づけ要因(本心の願うこと)について理解したとしても、意図(切望する目標)と創発(思わぬ機会)が交錯する職業人生というのが、わたしたちの現実である。

そうなると、個人もしくは企業の限られた資源(時間、お金、労力など)をどう費やすかということ、すなわち、意図的戦略の方に振り向け続けるのか、創発的戦略に投入の力点を移すのか、個人もしくは企業の資源配分の方法により、その決めた戦略の遂行実践がうまくいくか、いかないかということに繋がるのである。

これは厳しい現実であり、実際、多くの企業がジレンマを抱える事例を多く見いだすことができる(「イノベーターのジレンマ」、「資源配分のパラドックス」)。

多くの人々が、個人としては善意に溢れ、家族を養い、子供たちの人生に最良の機会を与えてあげようと思って、懸命に働いている。しかし、家庭問題は洋の東西を問わず、山積みである。

人々は大抵、昇進や昇給、ボーナスなどの見返りが得られるものを優先し、妻との良好な関係、子供たちを立派に育てるといった長い期間、手間をかける必要があるものをおろそかにする。そして派手なライフスタイルを賄うのに必要な資源配分は膨らむ。

そうすることで、知らず知らずのうちに伴侶と子供をおろそかにしていたことに気づく。家族との関係に時間や労力を費やしても、すぐに達成感が得られるわけではない。

上昇志向の強い人たちは、仕事の成功そして出世コースに乗るなどのすぐに達成感が得られることに資源(才能、時間、労力、お金)を振り向ける。家族(妻、子供)が大切であると考えるなら、自分の持てる資源を、戦略にふさわしい方法で投資しないかぎり、何にもならない。戦略は正しく実行されない限り、ただの善意でしかない。戦略(例えば、理想の家庭を作る)にふさわしい資源の配分がなければ、戦略は画餅に過ぎない。

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