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四重の月 第三章 (999字)

中学に入り、
正二は、大きな挫折を
味わうことになる。

書への道を諦めたことだった。

小学一年生より、
お習字を始めて、
大きな賞を獲ったこともあり、
心の中では密かに、
書家、あるいは書道教室の
先生になるつもりでいた。
順調に行けば、
学生時代の内に
師範代までいけると
踏んでいた。

母から伝え聞いたのは、
父の言葉だった。

もっと広く世の中を
知った方がいい。

正二は心の内で
大きな衝撃を受けたし、
ひどく自尊心の傷ついた。

父は、普段は大人しく、
柄は悪かったものの、
家族サービスを絶やさない
優しい父だった。
子供に甘やかしすぎな
くらいだった。

お酒が入ると、
熱く人生論を語った。

頼もしい父に、
漠然と憧れを持っていた。

子供のすることに、ほとんど
口を挟むことをしなかったの
だけれども、
その時だけは、意見したの
だった。

正二は何となく、
自分の生き方が見えてきた
頃だった。

一つの専門的分野に
秀でれば、仕事に就ける。

元々、一つ事に打ち込むことの
好きな正二だったので、
親の言われるがまま始めた
書だったが、
大きな成功を収めて、
すっかり自信を
取り戻していたのだった。

中学に入り、いよいよ
身を入れようと思った矢先の
父の言葉だった。

お習字教室だって、
父母の働いたお金で
通わせてもらっている。

正二は、反論できなかった。

それに、父の言う事も
もっともだと思ってしまった。

本気で打ち込みたい、
そう思い始めたところで
出鼻をくじかれた形に
なった。

正二は泣く泣く、
教室を辞める旨を
先生に伝えて、辞めた。

このことは、
正二に大きな禍根を
残すことになる。

また暗い中をさまよって、
希望の道を探し出さないと。

中学生になった正二は、
書道を趣味として捉える
しかなくなった。

正二は、野球もしていた。
小学生の頃は少年野球。

中学生になって、
野球部に入った。

どちらも友達に
誘われてのことだった。

自分から進んで何かをする
考えは、正二には無かった。

何をしたところで、
結局同じじゃないか。

父はよく車で、
色々な所へ遊びに
連れていってくれたが、
正二の感想は変わらなかった。

何処へ行っても、
結局は人がいて、
同じことじゃないか。

生きる希望など
持ち合わせていなかった。

学生生活も、ただ
明るさを振りまいて、
みんなに笑われたりなどして、
適当にやり過ごせれば
それで良かった。

相変わらず、
心の中では身動きの取れない
「子供」が居座って、本心は
誰にも見せなかった。

明るく振舞う正二は、
仮を装う、仮の人格でしか
なかった。


(第三章 終わり)



(あとがき)

こんにちは。つるです。

今回のお話は、
主人公正二の、初めての
挫折について書きました。

この調子で書きますと、
正二の人生譚になりそうです。

よろしければ、
また次回にてお逢いしましょう。

それではまたです。🍂

つる かく

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