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四重の月 第五章 (1591字)
正二は、煙草を燻らせながら
思った。
なぜタバコを吸うのだろう。
二十歳から吸い始めて、
三十年。
人生の空洞を埋めるように、
吸ってきた気がする。
いや、
戯れにそう思っただけ。
白く光る電灯の部屋で、
ひとつ大きな欠伸をした。
高校時代。
中学時代の前半は
勉強に明け暮れたので、
中堅レベルの公立高校に
入れた。
これがまた、
ひどくつまらなく感じる
高校だった。
ちょうどブランド物の
服やカバンなどが
流行った時代で、
その高校は服装自由で
あったので、
みな好きなカバンを持って、
登校してきた。
ハンティング・ワールド、
ルイ・ヴィトンのカバンまで
持って来る子のいた。
みんな大人ぶっているように
見えた。
正二は、そんな校風に
全く馴染めなかったし、
みじめな気分になった。
自分の中の「子供」と、
高校生となった生徒たちとの
乖離が大きくなっていて、
戸惑い、恐れるばかり
だった。
ここへ来ても、
表向きな付き合いだけ
して過ごせればいい。
幼い心を蔵したまま、
正二は高校生活を
やり過ごした。
中学で頑張り過ぎたので、
高校はまるで何も
手のつかなかった。
勉強もしなかったし、
クラブにも入らなかった。
クラスメイトも、恋も、
それは片思いで終わるもの
だったけど、
結局のところ、どれも
熱の入らなかった。
何一つ思い出が無い、
空白の三年間だった。
シンパシーを感じたのは、
進級できなかった子が、
同じクラスに居て、
きちんと登校してくること
だった。
はぐれもの。と言っては
その女の子には失礼かも
しれないけれど、
特に話はしなかったものの、
心の中では根拠のない
共感を持っていた。
あと、いじめ、というか、
クラスからつまはじきに
されて、無視されてる子にも
シンパシーを感じていた。
しかしながら、感じるだけで、
正二も問題を抱えていたので、
どうしようもなかった。
受験の時期。
十月にもなると、
みな、これ見よがしに
赤本など持ち込んで、
勉強する風であったけれど、
正二は、受験にも
まったく関心がなく、
英語文法の参考書の
名著である、
『試験に出る英文法』を
ぱらぱらとページを
めくっては、楽しみながら
読んでいた。
頭には入らなかったけど、
面白い本だと思った。
周りの子には笑われた。
十月にもなって英文法?
なんて言われて。
でも、正二は気にしなかった。
高校という牢獄から、
抜け出たいだけだった。
現役で大学に受かるとは
とても思えなかったが、
一次試験は受けてみた。
五教科の中で、
国語の現代文の問題だけ
面白く解いた。
あと、何故か選んだ地学。
今でも分からないけれども、
時間ギリギリまで、
一所懸命にマークシートと
にらめっこした。
問題はまるで分らなかったけど、
選択肢を真剣に見つめ、
全て勘だけを頼りに、
マークシートに黒丸を書き込んだ。
試験の終わったのち、
答え合わせをしてみると、
百点満点で七十点以上あった。
あまりにふざけてると思って、
失笑してしまった。
とても社会に出るなんて、
できないと思って、
浪人することにした。
父は、
国公立の大学でないと駄目だ、
と言った。
私学を払うお金は無い、
ということだった。
そこで初めて、
真剣に受験を考えた。
まず自分の興味のある
学問は何だろうと
思った。
政治、という言葉が
頭に浮かんだ。
何故かは今でも分からない。
それで、大学を探すと、
政治を学べる大学は、
当時二つしか無かった。
一つは、東京の私学で、
一つは、九州の公立だった。
私学の方は偏差値が高く、
公立は低かった。
その公立は、
一般推薦で
浪人でも受験できて、
科目も、小論文
一教科のみだった。
面接も無い。
予備校に通い、
小論文の授業だけ、
一年間必死に勉強した。
秋に試験を受けに行って、
年末に、
合格通知が来た。
母は涙を流して
喜んでくれた。
地方に下宿することに
なるのだから、
結局私学に通う費用と
大差のない話だった。
父は、
「上手くやったな、こいつ。」
とだけ言って、苦笑した。
正二は、
これで大阪でのこれまでと、
当分別れられて、
羽を伸ばせると
安堵したのだった。
(第五章 おわり)
☆
(あとがき)
毎度です。つるです。
お世話になっております。
連載小説もの、
『四重の月』
第五回でした。
主人公(正二)の
高校時代をざっと
書きました。
あとがきでも
特に語ることの無い
お話とは
なったような気がします。
正二の中の「子供」は、
手つかずのままです。
それではまた。
お付き合い下さります方へ
感謝申し上げます。
近い内にまた。
ご無事と健康を。
しばらくです。🍂
つる かく
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