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『あなたへの贈り物』

「恋に
ハッピーエンドってあるのかな。」

田助(でんすけ)は、
師走に入った街の信号機が
青になるのを待ちつつ思った。

街の喧騒は、
テレビのザッピングのような、
耳元でうなって聞こえるだけで、
頭の中は物思いに耽る静けさで
占められていた。

今付き合っている彼女は、
田助より十歳年下だ。
でも精神的には、
彼女の方が大人。

社会に出て働いているし、
社交的で頭の回転もいい。

対する田助は、
普段からぼーっとした性格で、
特に語ることのない、
どこにでもいる、
というより、
どこにいても
民衆の一部でしかないような
青年だった。
専門学校生。

学校には通っているものの、
友だち付き合いもほどほど、
なぜこんな僕を彼女は
誘ってくれたのか、
いまだに分からないでいる。

携帯のメールには、
「今晩は、ハンバーグ作るからね。」
と、いつもの絵文字いっぱいの
用件のみのメールが
残されている。

田助は、夕方になるまで
時間を潰して、
彼女の家に向かった。

家に着くと、彼女が
すでに帰っていた。

「早番?」
「うん。」

彼女の仕事は、介護施設の
スタッフだ。
頼りにされ、休日は少なく、
シフトも変わりやすい。

田助は、毎日のように
彼女の家に通っている。
専門学校なんて、やる気なしだ。

入学する前はやる気が
あったのだけど、
入ってすぐに自堕落な
学生生活を送るようになった。

彼女の名前は
美帆(みほ)と言った。
自分の名前より、
よほど普通な名前だ。

「美帆。」

「うん?」

「あのさ、その、
なんで俺みたいのと
付き合ってくれるの?」

「え、・・・。
ん~、普通な感じが好きだから。」

「普通な感じ?」

「うん。普通。
普通って、なかなかいないよ。」

「喜んでいいのか、分かんないな。」

「ふふ。そんな返しも好き。」

「普通?」

「うん。」

彼女は、
何かをよく知っているような
感じにぼくには映った。

彼女にとっては、
ぼくは普通な男で、
そこが好きだと言う。
まあ、それでいいなら、
それでいいか。

美帆「クリスマスのことなんだけど。」

「うん。」

「ちょっと遅くなるけど、
イブ、やりたい。」

「うん。」

「ケーキも買っておくから。」

「何から何まですみませんね。」

「いえいえ(笑)。
プレゼントも用意してるからね。」

「俺、まだ。」

「うん。楽しみにしてる。」

クリスマス。
恋人同士なら、もうちょっと、
特別感あってもいいのに、
まるでいつもの夕飯の話でも
するように、
彼女はクリスマスも過ごす
つもりのようだ。

・・・そして、イブの日が来た。

いつものように、合いカギで
彼女の家に入る。

ワンルームの部屋は、特に
余計な物はなく、
ただ、ミッキーマウスが好き
なので、ぬいぐるみが
2,3、洋服ダンスの上に
置かれているくらいの、
白を基調にした部屋だ。

ほどよい生活感のある部屋で、
ぼくは静かに、
彼女の帰りを待った。

しばらく携帯をいじったけど、
それもすぐ止めて、
彼女のベッドに横になった。

気が付いたときには、
もう寝入って、
起きたら、午後8時を
まわっていた。

「少し、遅いな。」

田助は、小さく独り言を吐いた。

それから30分ほど待ったけど、
彼女は帰って来ない。

「何かあったかな。」

気がそぞろになってきたのは、
今日がイブの日のせいも
あるかもしれない。
いつもなら、多少遅れて
帰って来ても気にならなかった
のに。

プレゼント。

田助は、花束を用意していた。
何となく選んだプレゼント。
女の子ならお花をもらって、
大抵いやな顔はされないだろうし。

美帆もお花は好きだし。

悶々としながら、時間だけが
過ぎてゆく。

しびれが切れても帰って来ない。

こういう気持ちを何と呼ぶだろう。

僕は彼女に頼り過ぎているのかも
しれないな。

ほんとは、僕が
引っ張っていきたいのだけど、
彼女にいつも先を越されるので、
ああ、それに流されている
始末なのだった。

これでいいとは思わないけど、
この関係を無理に変える気も
ないなあ。

いろんな意識が、
頭の中で交錯した。

これから、どうしたもんかな。

今さえよければいい、とも
思わないけど、
今の幸福感も味わっておきたい。

今日はイブ。

何か、言葉を贈りたい。

素直な言葉が、一番だろう。
普段言えないような、
自分の気持ちの純粋なところ。

「美帆、好きだよ。」

これしか、思いつかないな。
花束を渡すタイミングで
言うかな。

いつもの会話の流れに
挟むように、
自然に言えたらいいな。

おおよそ、気持ちの
準備はついたものの、
それでも彼女は
帰って来ないのだった。

携帯電話も見たけど、
通知は無し。

特別な日な訳で、
何だか連絡を取るのに、
こちらからも
ためらわれるのだった。

でも、ついに彼女は
帰って来た。

玄関のドアが開くなり、
開口一番に

「ごめーん。遅くなったぁ。」

と元気な声が。

ぼくは、準備していた花束を
持って、
いつもと同じように
玄関に迎えに行った。

「美帆。」

「ん?あ、それ。」

「ああ、クリスマスプレゼント。」

「花束なのね。うれしい。」

と、玄関でのやり取り。

「美帆、いつもありがとう。
好きだよ。」

美帆「え?うん。私もです。」

「これからも、よろしく。」

「うん、ありがとう。
花束もうれしいけど、その
言葉の方も、とてもうれしい。」

ぼくも、その言葉に
うれしくなった。

持っていたケーキを
玄関履きの棚の上に置いて、
ゆっくり抱きついてきたの
だった。

美帆「いつもありがとう。
こうしてると、落ち着く。」

「うん、おれも何だか
力が湧いて来るなあ。」

「わたしたち、うまくいってるね。」

「うん、不思議とね。」

「田助って、普通って言ったでしょ。」

「うん。」

「普通でいるって、なかなか
できないことと思うの。
私がいろいろ言ったり、
したりしても、
普通を装って、認めてくれる。」

「それはもちろん、
好きだからだよ。」

美帆「うん、私も好きだけど、
感謝の好きもあるの。」

「大したこと、してないけどなぁ。」

「自然に付き合えてるから、
これからも続けていきたいです。」

「うん。よろしく。
準備しようか。」

「うん。」

ひょっとしたら、
お互い見越しているのかもしれない。

お互いを思いやる関係の先にある、
幸せな何かを。

今のぼくは幸せだ。

ぼくの幸せは、彼女の幸せと
信じたいし、
彼女の幸せも、ぼくの幸せと
いっしょに思いたい。

恋にハッピーエンドはあるかも
しれないな

田助は、彼女の笑顔と共に、
リビングの方へ二人して、
向かって行ったのだった。


(終わり)



☆あとがき


こういうピュアなストーリーを、
49のおっちゃんが書いてると
お知らせしてしまうと、
興覚めなのかもしれないですけど、
男って、結構年を食っても、
ピュアなものが無いと
生きられない生き物かな、なんて
個人的に思ったりしています。

生まれて初めて、
恋愛小説を書いてみました。

幸福感に包まれるようなものを
書きたかったのでした。

拙い文章ですが、
お付き合いいただいた方へ、
感謝申し上げます。
ありがとうございました。

令和三年十一月十四日、
日曜日、晩。

つる かく

この小説を、
『 才の祭 』という企画に応募します。

大会概要はこちらです。

枯れ葉も山の賑わいと思って、
応募させていただきます。
よろしくお願い申し上げます。

つる

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