【レポ】新橋演舞場/新作歌舞伎刀剣乱舞
2023年7月2日〜27日にかけて、新橋演舞場(東京都中央区)にて新作歌舞伎として上演された、新作歌舞伎刀剣乱舞『月刀剣縁桐』。
主演・三日月宗近役の尾上松也が初めて演出を手がけ、見事「伝統芸能」として刀剣乱舞の世界観を映し出したとして大きな話題を呼んだこの作品には、6振の刀剣男士が顕現した。
実はこの歌舞伎本丸における刀剣男士、原作ゲーム「刀剣乱舞ONLINE」の設定とは異なるセリフ・描写が多くあり、歌舞伎独自の解釈をもって顕現している。
今回も(筆者が推している)小烏丸の描かれ方を中心に、歌舞伎独自の解釈と演出を取り上げ、レポ形式で紹介をしていく。なお、筆者が干渉したのは7月14日の昼公演と27日の大千秋楽公演(配信)である。
また、本記事で紹介しているセリフについては全て大千秋楽公演から書き起こしたものである。
原作と大きく異なる名乗り
原作ゲームになかった発言をしており、歌舞伎小烏丸は確実に「御物として現存している小烏丸である」ことが明示される。セリフを追いながら少し説明をさせていただきたい。
名乗りから見る出自
何が違うのか?と言われたら、大きく異なるのはこの点。
伊勢の神の使い → 言及なし
八咫烏の加護 → 男士を象徴する紋のみ
天国が打った → 南都(奈良)出身の可能性大だが、明言なし
刀の父と呼ばれる → 確定事項ではない
平家の重宝 → 平家に言及するのは抜丸顕現後
つまり、原作ゲームで描写を避け続けていた「伊勢ゆかり」「刀工・天国」「平家にあった」という大きな三要素全てに、当の本人が初っ端から言及していることになる。そして同時に、この三要素全てを満たす来歴を持っているのは複数ある「小烏丸」の中でも、御物小烏丸ということになる。
※音声ガイドでは小烏丸が6振の中で、最年長であることも説明された。
逆に言ってしまえば、今回の新作歌舞伎の制作に関わった方々は、原作ゲームだけでなく一振一振の来歴を綿密に調べ上げた上で、脚本や演出を仕立てていることの証左に他ならない。
なお、今作で小烏丸を顕現させた理由を演出・尾上松也は「歌舞伎にゆかりある刀」だからだと言及している。これは過去の記事でも紹介したが、歌舞伎の演目『紅葉狩』に小烏丸が登場することに因む。
この時、小烏丸は平家の宝刀であり、鬼女を追い払う不思議な力を持つ神刀として描かれているので、そういった伝統的な作品の内容もベースとして生み出された解釈なのではないだろうか。
ちなみに、直後の出陣の名乗りでは
と、ログインボイスのセリフが採用された。しかし歌舞伎特有の言い回しを加えてある。原作ゲームの要素は取り入れつつも、独自の解釈がなされたことがよくわかるシーンである。
八咫烏の加護とは?
先述の通り、刀剣男士それぞれに割り振られている紋から、八咫烏が関わっていることはわかるが、原作ゲームではそれ以上八咫烏の話は出てこない。
しかし、大胆な脚色であっと驚かせてきた伝統芸能・歌舞伎のことである。
八咫烏=大烏は伊勢大神の使いであるため、その加護により、特殊な能力を秘めている小烏丸は、終盤に祝詞を唱えてボスの禍(ビジュアル的に時間遡行軍の大ボスのようだ)を封印する様子が描かれる。
祝詞のごとく「祓えたまへ、清めたまえ」と口にする小烏丸、どうしても背後に石切丸の陰がちらつくのは気のせいだろうか。ちなみに、石切丸を有する石切劔箭神社には、月山作の小烏丸写しが共にあるが、もしかしてここで教わったのか……?
加えて、先述の通り鬼女を追い払う不思議な力を持つ「紅葉狩」での要素も加わってこのような能力になったようにも思う。
歌舞伎独自の描写について
三日月宗近との関係性
三日月との関係性はこれまでのメディアミックスと同様の形式で、年長の小烏丸が三日月の行動を先読みしたり、本心を見透かす場面がある。
頭の回転が速く、淡々と任務をこなす三日月も、さすがに元の主である足利義輝を討つとなると悩みが出る様子。その本心を淡々と見抜くのが、年長者の小烏丸である。
思わず「義輝様」と呼んでしまう三日月の動揺を見逃さず、冷静な判断を促すシーンはやはり父としての存在を自覚している様子である。
また、「我とてもそなたの思い、痛いほどよくわかる」と発言している点にも注目。つまり小烏丸も元の主たちには、少なからず思い入れがあり、いつものようには行かないということを表していると取れるからだ。
原作ゲームでは、ほとんど元の主のことに言及していないことを考えると、この点も非常に歌舞伎の小烏丸の特徴であると言えるだろう。
血気盛んな一面も
原作ゲーム同様「父と呼んでいい」はずなのだが、相変わらず誰もそのように呼んでいない。
しかし他メディアミックスは刀剣の祖であり父である小烏丸を畏敬して、少々距離感のあるやりとりがなされることが多かった一方で、歌舞伎小烏丸は年下である膝丸や同田貫正国から年寄りであることをいじられる場面がある。
いじられるという描写が珍しいと同時に、「黙れ、膝丸。同田貫。」と切り返し、喧嘩を買う様子を見せている。
三日月にそれとなく制止されて短慮であったことを反省しているが、こういった血気盛んな様子は他のメディアミックスでも見せていない。
余談だが、このシーンの後、兄に名前を忘れられしょげている膝丸を優しくフォローする小烏丸も見られるから、喧嘩は年長者の悪ノリの可能性もある。
なお、筆者としては長らく「源氏組と平家組による過去の確執を感じさせる、バチバチさ」を見たかったので願ったり叶ったりの演出であった。
「女方」の側面を持つ「男士」
「刀剣の父」であるのに、歌舞伎刀剣乱舞においては、唯一女方の形式で顕現したのが小烏丸。演じる河合雪之丞も「これまで身につけた女方を総動員した」とインタビューに答えるほど、女性らしさが加えられた。原作ゲームにおいて細身・小柄といった特徴のあるビジュアルをしているからだろうか。
衣装についても、原作ゲームの水干のデザインは生かしつつ、未婚の女性が着用するはずの振袖、さらに女帯が使用されており、他の刀剣男士とは大きく異なっている。
(後半の衣装では袴を着用しているので、男性らしさが増すが、動きは一定して女方の動きである)
一方で、殺陣シーンではしっかり腰を落として刀を振りかぶる、男らしい振る舞いを見せたり、先述の通り喧嘩を買うような言動をしたりしている様子から、単なるお淑やかな女方キャラクターとして収まることなく、「刀剣男士であること」が垣間見える設定となっている。
舞のスキルも持つ
歌舞伎らしく、今作では華麗に舞う刀剣男士の姿も観れるのがポイント。
舞うのは三日月宗近、同田貫正国、膝丸、小烏丸の4振である。
足利義輝とその妹・紅梅姫の所望で彼らは舞台に立ち、舞うことになるのだが、各刀剣の出自や元の主のエピソードを元にした歌詞や動きを付けているのは流石であったと言う他ない。しここでも改めて近侍曲をアレンジした楽曲が利用されており、加えて各刀剣の紋が描かれた扇を持っていることも見逃せない。
小烏丸が舞う際は、以下のような歌が付けられ、来歴の一端が改めて紹介された。
最初の歌詞「まだ〜烏にちなむ。」は女性による歌唱。刀剣男士の中でも唯一女性を使った演出となっている。
また、彼のみ扇だけでなく内番の時に利用する金柑を右手に持ちながら、舞を披露しているのだが、これは両手を使うことから難易度が上がる踊り方。これは演じている雪之丞がベテランの女方で見せ場でもあることによるが、小烏丸も非常に舞のセンスがあると言うことになるだろうか。
思えば、原作ゲームでも舞楽の迦陵頻を七星剣に披露しているから、難しいことではないのかもしれない。
歌舞伎本丸の雰囲気は?
ここまで、小烏丸の要素にのみフォーカスして紹介を進めてきたが、そもそも今回の歌舞伎本丸はどういった雰囲気なのだろうか?
筆者が観劇後感じたのは、伝統的な形と、ゲーム由来の型破りを上手く織り上げていることと、かつゲーム自体にも縛られすぎない自由な歌舞伎を見させていただいたという感覚であった。
見どころのセリフを全て書き起こしたため、長文にはなるが雰囲気をご理解いただけると幸いである。
メタ発言だって「あり」
今作、審神者たちを驚かせたのは、1人2役を上手く使ったメタ発言と人間味溢れる軽妙なやりとりが描かれたことであった。
小烏丸が膝丸と同田貫正国の喧嘩を買ったその後、(足利義輝・紅梅姫を直前まで演じていた)小狐丸と髭切が登場したシーンである。
配役を知っている観客には非常に大きなサービスシーンとなっているだけでなく、三日月宗近と小狐丸が旧知の仲で言い合いもできる関係性であること、源氏兄弟のやりとりと関係が上手く原作ゲームから取り入れられていること、出自や年齢の差はあまりなく軽口を叩ける状態の本丸であることなどが審神者にもしっかり伝わってくる。
話し方も現代の言葉遣いに近く、初めて歌舞伎を見る人にとっては良いタイミングの「小休止」になった素晴らしいシーンであった。
刀剣男士の役目に対して
では、「正しい歴史を守る」という刀剣男士全共通の役目に対して、どういった考えで歌舞伎本丸は対処しているのだろうか。
それらが垣間見えるセリフを今一度見てみよう。
ここで「歴史を護るために情け心を押し隠している」「その情けは切って捨てなくてはならない」という、非情な役目を担う一方で人間同様に心を持ち合わせていることが端的に表現された。
また、義輝討伐に向かう三日月に、全員が声を掛ける場面でも「刀剣男士にも情はあるが役目を遂行しなくてはならない」と言う事実が語られる。
三日月はこの後、仲間の声掛けの通り、自分の元主である足利義輝を激闘の末に討つことになるが、その際の表情は非常に人間らしい迷いのあるものである。
他メディアミックスにおいては「人間のようだが、刀剣なので淡々としている」ように演出されていることが多いが、歌舞伎においては情感豊かになっている印象を受けた。これは、情に訴えかける演出が特徴的な歌舞伎ならではかもしれない。
また、三日月が他の刀剣男士から後押しされているのも注目の点。これまでは単独決定・行動をすることが多かったのだが、小烏丸にバレていることも一因なのか仲間にも心情が伝わっているのが見て取れる。
他本丸の審神者に対して
歌舞伎には通常「カーテンコール」は存在しないが、今回は例外的にカーテンコールの時間を設け、写真撮影OKのファンサービスタイムを設定したのも大きな違い。
さらに、大千秋楽の終演後は以下のようなアナウンスが放送されている。
ここは第三者的な「審神者」の呼称ではなくて、「主(あるじ、ぬし)」と呼んでいるのが絶妙である。
これには歌舞伎を支える贔屓筋という概念が根底にあるように思える。贔屓筋は所謂「パトロン」で、役者を応援するため公演に足繁く通ったりするだけでなく、後援会に入るなどして支えている方々を指す。
単なる観客にとどまらず、役者にとってのパトロンという関係があるため、あえてこのようなやや深い関係性の呼称を取ったのではないだろうか。
最後に
最後に、今回歌舞伎と刀剣乱舞がコラボしたことによる記念フードも展開されていたので、記載しておきたい。
新橋演舞場の劇場内にある売店では
特製幕の内弁当 極(きわめ) 1,500円(税込)
刀剣あいす 誉(ほまれ) 600円(税込)
の2種類が展開された。
いずれも非常に人気であったので、お弁当は予約システムを使って、アイスは幕間の時間に急いで売店に駆け込んで手に入れた形だ。
今後、またこの作品が上演される機会があればぜひこういった限定コラボも楽しませていただきたいと思う。
なお、この新作歌舞伎刀剣乱舞『月刀剣縁桐』は、2024年春に映画館で上演される「シネマ歌舞伎」になることが決定した。
今回この記事では小烏丸の要素のみを取り上げてまとめたが、他の5振にも歌舞伎特有の解釈と演出が追加されており、目から鱗であった。
「どうしても現地で見れなかった」という方も、「もう一度見直したい!」という方も、ぜひ映画館に足を運んでいただきたい。