データで可視化する紅白'24 「ファンダムの外」へ広がる熱狂
下がらなかった視聴率
今回の紅白の関東地区の平均世帯視聴率は32.7%(ビデオリサーチ調べ)。これは前回2023年の第2部31.9%から0.8ポイントの上昇となりました。またNHKプラスの番組視聴ユニーク・ブラウザ数は215万UB(同時・見逃し)で歴代紅白で最多、特に見逃し視聴は170万UBと昨年の1.3倍にという発表がありました。
テレビ視聴率というのものは、紅白はもちろんNHK含めたすべての放送局において、中長期的に下落しています。メディアが多様化し、視聴形態もNHKプラスやTverのようなタイムシフト視聴が可能になっている時代ですので、「リアルタイム視聴率が下がり続ける」というは、構造的に定めらた現象と言えます。
したがって紅白の視聴率も、「年々下がっていく」こと自体は蓋然性が高い予想ということになります。にもかかわらず、今回は「横ばいもしくは微増」という、ある意味で「逆の結果」が出現しました。そこからは、視聴者が私たちの予想以上に紅白を支持したという実態が見えてくるわけです。
当ラボでは前回、前々回の紅白についても「視聴率以外」のデータから、視聴率だけからは見えなくなっている紅白への支持構造を可視化する試みを行い、多くの方に読んでいただきましたが、
今回はそのときからデータを通じて見えていた光景が、よりはっきりとした輪郭をもって顕在化してきたのではないかと感じています。
4,500万回視聴された紅白公式YouTube
まず「視聴率以外」での紅白への大きな接点の一つである、紅白公式YouTubeチャンネルで1週間公開されていた「本番ハイライト歌唱動画」全54本の視聴回数といいね数の推移を見てみましょう。薄い軌跡は公開停止直前までの推移を示します。
ご覧のように B'zさん「ultra soul」、米津玄師さん「さよーならまたいつか!」が牽引する形で、放送終了後から一週間の間、視聴回数もいいね数も増え続け、全歌唱動画の合計視聴回数は4,500万回を超えています(歌唱動画以外の動画や「チッケム」を加えると更に増えます)。
これは数字だけで言えば、地上波での紅白第1部の推計到達人数4,518万人と同規模となっています。
藤井風さんやパプリカに見る「終わってから始まる紅白」
全54本の紅白公式YouTube動画の視聴回数やいいね数の「順位」の推移を見てみても、ずっと同じではなく、1週間の間に入れ替わっていることがわかります。
つまり「放送直後に話題になって視聴回数が急増した動画」もあれば「1週間という時間の間にじわじわと評判が広がって視聴回数を伸ばした動画」もあるわけです。
例えば藤井風さんの「満ちてゆく」の歌唱は、NHKホールでの歌唱ではなくニューヨークからの生中継でしたが、視聴回数をじわじわと伸ばして、最終的には、B'zさんがサプライズで生歌唱した「ultra soul」、米津玄師さんが朝ドラキャストと共演して収録歌唱した「さよーならまたいつか!」に次いで、3番目に多く観られる動画となりました。
またいいね数についても伸長を続け、公開終了前日に2番目にいいね数の多い動画に浮上しています。
同曲は「2024年 年間Billboard JAPAN総合ソング・チャート“JAPAN Hot 100”」で44位となっており、藤井風さんの同年リリースの「花」の34位よりは高くない順位となっています。「大ヒット曲」というわけではありません。にもかかわらず、同曲動画が多くの視聴回数・いいね数を集めたという事実からは、「紅白ではヒットチャート上位曲以外の曲にも大きなニーズがある」という可能性が示唆されます。
また、動画の公開が1月3日午後と非常に遅かった特別企画「パプリカ」(同チャート圏外)も、公開直後から視聴回数が急増し、最終的に17番目に多く見られる動画となっています。
同動画には、作詞作曲者である米津玄師さんは出演していませんが、ダンスを踊っていた平野紫耀さんが話題になり、米津さんからもX上で謝辞が述べられるなど、話題になっていました。
また、同曲リリース当時に子どもだったリスナーが同曲を歌っていたFoorinさんと同年齢層だとすると、2018年から4年経って現在は14-18歳、つまり中高生になっていて(tuki.さんと同世代)、 消費面でも音楽の流行を支える一角になりつあることも影響しているのかもしれません。
いずれにしましても、こうしたデータからは、紅白に対しする「大ヒット曲以外の曲も聴きたい」というニーズや、「リアルタイム視聴だけでなく、放送終了後も楽しみたい」という大きなニーズが存在していることがわかります。いわば「ヒットチャートの外側にある紅白」「放送が終わってから始まる紅白」というものが存在しているわけです。
「ストーリー化」を促進するインサイダー情報
加えて今回の紅白の特徴として、NHKさんや出演アーティスト側も、「放送が終わってから始まる紅白」から逆算したかような情報発信を行っていることが挙げられます。
例えば、収録かと思いきやサプライズでNHKホールに登場して2曲を歌唱したB'zさんについて、生出演がダメ元のオファーであったことや、曲目を選んだのがNHKさん側ではなくB'zのお二人であったことなど、NHK関係者がかなり正確な制作秘話を語っている記事が出ています。
こうした正確なインサイダー情報が、今回のサプライズを「幾多の困難を乗り越えたストーリー」へと変性させ、それがマスメディアやSNSに出回ることで、生放送を観ていた人にそのかけがえのなさを再確認さたり、見逃していた人には検索行動を喚起する、といったような効果があると考えられます。
こうした今回の紅白の特徴は、前回の紅白をめぐる情報環境と比較するとよくわかりまます。例えば前回最も注目を集めたパフォーマンスの一つ、YOASOBIさん「アイドル」について、リハーサルにあれだけ大人数が全員揃って実施できていたのかどうか?とうことについての情報は、JO1の白岩瑠姫さんがラジオで「全員揃って2〜3回は行った」と明かされていたくらいだったように思えます(詳細はリンク先の徒然研究室「紅白歌合戦をデータ可視化してみる2023 - 大規模化するYouTube視聴」を参照)。
また、ニューヨークからワンカット長回しの生中継という挑戦を行った藤井風さんからも、マネージャーの河津さんの日記によって、かなり詳細な制作秘話が発信されています。その仔細な内容は「藤井風アプリ」をDL(無料)すると読むことができますが、Xでの更新告知に添付された動画からだけでも、あの中継映像がどのような仕掛けで実現していたのかを知ることができる、インパクトの強いものとなっています。
こうした「放送が終わってから事後に行われた情報発信」も、一度観たときに感じた感動に、「幾多の困難を乗り越えたストーリー」を埋め込み、「終わってから始まる紅白」の楽しみを深める効果があると考えられます。
そうした形で「終わってから始まる紅白」の楽しみを、NHKプラスや公式YouTutube、U-NEXTでの配信などで多角的に応え、視聴者/ユーザーからも支持されているのが、今の紅白歌合戦ということになるでしょう。
メディアによって異なる視聴ニーズ
紅白公式YouTubeのデータを分析していくと、更に興味深いことがわかります。
例えば、昨年も当ラボnote読者の皆様に非常に多く見ていただいた「地上波の視聴率と紅白公式YouTubeの視聴回数の順位比較グラフ」の今回版を見てみましょう。色は赤いほど出演順が早く、青いほど遅い出場者であることを示します。
左の視聴率順位は基本的に出演時刻が深いほど順位も高くなる傾向がある一方で、右のYouTubeの順位は一致しないため、多くが水平に線が繋がらず斜交しています。つまり、紅白公式YouTube動画には、地上波とはまた異なるニーズが存在しているわけです。
これらの紅白公式YouTube動画は合計で4,500万回視聴されていることから、様々な人のニーズに、地上波だけでなくNHKプラスや公式YouTube、U-NEXTでの配信などで多角的に応えているのが、今の紅白歌合戦である、という実態が見えてきます。
また、このグラフにおいて視聴率とYouTubeの順位の間に多くの斜交が生じるのは昨年同様なのですが、比べてみると、視聴率のほうで「出演時刻がトリに近いほど順位が上がる」という順序効果が「薄まっている」ことに気が付きます。出演時刻が深いことを示す濃紺の線が必ずしも高い位置にはないのです。
つまり、視聴者は、番組が公開しているタイムテーブルを参照しながら、生放送も、まるで好きなYouTube動画にランダムアクセスするかのようなスタイルで視聴するようになっている様子がうかがい知れるわけです。
「今年の大ヒット曲」が必ずしも上位ではない紅白
ではこの中で「2024年の大ヒット曲」はどのように観られているのでしょうか。ストリーミングだけでなくダウンロードやCDなども加味して算出されている「2024年 年間Billboard JAPAN総合ソング・チャート“JAPAN Hot 100”」のTop 10にランクしていた5曲にハイライトしてみましょう。
左の視聴率順位は出演時刻に左右されやすい&微差も多いので一旦横に起き、右側の公式YouTubeでの視聴回数順位に着目してみると、視聴回数Top 10に入っているのは、9番目の初のテレビ歌唱となったtuki.さん「晩餐歌」のみで、あとはすべて11位番目以降となっています。2024年のヒットチャートデータだけからは導き出しにくい、予想外の現象といえます。
こうしたデータからは「紅白でその年の大ヒット曲が観られる」ことは、ファンや視聴者にとってもちろん嬉しいことである一方で、「それ以外の強いニーズも存在している」という様子が見えてきます。
80年-90年代楽曲の人気
例えば「視聴率・視聴回数ともに上位の曲」の中には、80年代や90年代前後リリースの作品が4曲入っています。そのうち3曲がTop 10に入っています。
そしてこれら80-90年代前後の曲が地上波での視聴率だけでなく公式YouTubeでも視聴回数が比較的多いというデータからは、様々な世代にとって、「今年のヒット曲を観る」ということ以外にも紅白へのニーズが存在している様子がうかがえます。
当ラボでは昨年11月の現代ビジネスさんから取材を受けた際、前々回の紅白の篠原涼子さんや、前回のポケットビスケッツさん・ブラックビスケッツさんなど「90年代前後のリリース曲」の視聴回数が、紅白公式YouTubeでも比較的高い順位で観られているというデータから、今回の紅白の注目ポイントに「90年代の楽曲」を挙げました。
過去曲の世代間伝承
それは何も「90年代に青春を過ごした現在の40代が昔を懐かしんで観ている」ということだけを表しているのではありません。
紅白で歌われる「80年-90年代」のヒット曲を、リリース当時聴いていた「直撃世代」だけが歓迎したわけではなくて「その子どもにあたる世代」を中心とした若年層からもある程度評価されている結果、地上波、紅白公式YouTubeともに多く観られるようになっていると考えられるわけです。
現在の高校生が生まれたのは2006年から2009年の間くらいですから、ブラックビスケッツさんやB'zさんが大ヒット曲を出していた90年代当時はまだ生まれていません。一方、日本人の平均初婚年齢は夫が約31際、妻が約30歳ですから、現在16歳の高校一年生の親御さんは、だいたい40代後半くらいということになります。その親御さんは、90年代後半当時は20歳前後の若者でした。
つまり、現代の若者は90年代には生まれていなくても、その当時学生や新社会人としてテレビで観たりCDを買ったりカラオケで歌ったりしていた親の青春時代の記憶を通じて、80年代や90年代の音楽文化を間接的に体験している面があるわけです。
またそうした過去の楽曲は、令和の若手アーティストやYouTuberよってカバーされたり、TikTokクリエイターによってダンスの振り付けが加えられたりシて、SNSでバイラルを生んだりします。
こうした情報環境の出現を背景に、80年代や90年代の楽曲の世代間伝承が起きやすくなり、『現代の若者』と『その親世代』、2つの世代を中心として幅広い人々が共有できるコンテンツとなってきていると考えられます。90年代はCDが非常に売れていた時代でもあり、また令和のJ-POPに比べると覚えやすい、歌いやすい楽曲が多いという側面も影響しているかもしれません。
人口動態と推し活
いわゆる人口ピラミッドのグラフ上で日本の“若者”の人口ボリュームを可視化してみると、その構成比率の少なさと、今後も減り続ける未来がよくわかります。
少子化という面では他の先進国も同様の状況にありますが、例えば移民などで人口自体は大幅に増えているアメリカと比べると市場ボリュームの違いが際立ちます。また近年の音楽ストリーミング市場において非常に大きな存在となってきているインドネシアの人口ピラミッドと比べてみても、その差異は明らかです。
こうした環境下では、情報の流通が若年層だけで閉じてしまうと、社会的なヒットになりにくくなります。逆に、複数の年齢層に受け入れられば、「大ヒット」や「社会現象」として顕在化しやすくなります。
とりわけポップミュージックの作り手からすれば、若年層だけでなくその親にも聴いてもらうことで、いわゆる推し活などにおけるグッズ購入や遠隔地のコンサート会場への遠征など、ファンがアーティストを応援するにあたってかかってくるそれなりの金額の費用を親が負担してくれたりすることで、集客や収益にポジティブな効果が期待できるかもしれません。
こうした社会構造を背景に、紅白でも「今年の大ヒット曲」だけでなく、80-90年代のヒット曲が多様な世代から支持されるようになっていると考えられます。
(ちなみに米国では過去曲のヒット増加の背景で、ストリーミングユーザーの成熟世代シフトが起きているとのこと。)
紅白におけるファンダムの活動
紅白では「今年の大ヒット曲」以外の曲も大いに支持される場合がある、というデータからは、他にも興味深いことが読み取れます。
例えば次のチャートは、Xにおいて紅白公式アカウントが紅白放送中に投稿した「本場歌唱動画つき投稿」の全組分の、1月1日12時時点のインプレッション数といいね数を当ラボが視覚化したものです。B'zさん「ultra soul」米津玄師さん「さよーならまたいつか!」が多くの指標で高いですが、それ以外はYouTube視聴回数とはやや異なっています。そもそも「2024年 年間Billboard JAPAN総合ソング・チャート“JAPAN Hot 100”」とも大きく様相が異なります。
たとえば、各指標の上位には、Number_iさんやJO1さん、櫻坂48さんなど、グループ形態のアイドルが多く並びます。
こうした傾向は、Xユーザー層とYouTubeユーザー層の属性の違いや、放送中の各アーティストのファンのXでの活動度合いや、そのファンが形成しているネットワークによって生み出されているように思えます。
ファンダムの内と外
一方、横軸にリポスト数、縦軸にインプレッション数を置いて各アーティストを散布図としてプロットすると、「リポストは少ない割に、インプが多い動画」(左上寄り)や、逆に「インプが少ない割に、リポストが多い動画」(右下寄り)が見えてきます。
例えば同じB'zさんの動画でも「ultra soul」は「リポスト数の割にインプが多い動画」、「LOVE PHANTOM」は比較的「リポスト数の割にインプはそこまで多くない動画」と言えます。
こうした違いは何によって生み出されるのでしょうか?
SNS上で「あるアーティストのファン同士が相互フォローして形成されるネットワーク」は、ネットワーク内に多くの三角形(クリーク)が形成され、情報の共有速度や信頼形成が促進されると考えられます。いわば「ファンダムの内側」での情報流通構造です。
一方そこには外部との新しい情報や多様な意見の出入りが難しくなる、ある種のエコーチェンバー現象が起きる可能性もあります。
「弱いつながり」と「ファンダムの外側」
この「ファンダムの内側」というチェンバーに穴を開けるには、情報が流れるネットワークの構成ノードの中に、異質なコミュニティともつながっている「弱いつながり」が必要になると考えられます。
紅白のような、多様かつ膨大な数の人々が一斉に参加する巨大イベントの発生は、ファンダムネットワークの境界に一時的に「弱いつながり」を作り出すと考えられます。
同じB'zさんの「ultra soul」と「LOVE PHANTOM」の違いで言えば、「ultra soul」は、より、異質なコミュニティともつながっている「弱いつながり」をもつユーザーを「リポスト」という形で動かした結果、最も多くのインプレションを獲得する至っている…いわば「ファンダムの外側(ビヨンド・ファンダム)」に広がったパフォーマンスである、ということができるかもしれません。
その結果、Xの紅白公式アカウントによる歌唱動画の投稿においても、紅白公式YouTube上の歌唱動画においても、突出したインプレッション・視聴回数を獲得していると考えられます。
紅白当日の歌手別Wikipedia閲覧数
情報が「ファンダムの外側」に広がったときに生まれる現象は他にもありそうです。紅白出場歌手の「当日+翌日のWikipediaページ閲覧数」を視覚化してみましょう。
若手からベテランまで多様なアーティストさんたちに対する興味喚起が一斉に起きた様子が見て取れます。紅白公式YouTubeで視聴回数が突出しているB’zさんはやはり多く調べられています。Wikipediaは一般的に「自分の知識にないこと」を詳しく知りたい際に閲覧されるので(=知っている人はあまり見ない)、そうした性格上、閲覧者にはファンダムの外側にいる「非ファン」が多く含まれていると見てよいでしょう。
全歌手のWikipedia平均閲覧数は1.16倍に増加
このデータを前回と比較してみると更に興味深い実態が浮かび上がってきます。
ご覧のように、前回59組のWikipediaページ平均閲覧数7万PVに対して、今回55組の平均閲覧数は8.2万件と、1.16倍に増えているのです。それだけ多くの人が、紅白を観たことで、新たな音楽、新たなアーティストに興味喚起されたわけです。
当ラボの研究テーマの一つにポップミュージックにおける「文化的雑食性(オムニボア)」がありますが、紅白も、既に推しがいる人や、逆に普段音楽を能動的に聴かない人に、未知の音楽との出会いをもたらすコンテンツの一つになっているようです。
こうしたデータは、リアルタイム視聴率の微増や、タイムシフト視聴の増加といったデータとも符合するとともに、紅白出演によるインパクトが「ファンダムの外側」へと広がっていることを示唆しています。
Xデータ上でのB'zファンクラブへの入会・検討
更に、今回の紅白でのB'zさんのパフォーマンスの影響で、お正月の三が日の間にB'zさんのファンクラブ会員が推定1万人増えたという報道が、具体的な会員数の数値とともに1月3日になされています。
本当に1万人増えたのかはわかりませんが、当ラボにて、X上でB'zさんのファンクラブに言及している投稿がどれくらい増えているかを視覚化してみたところ、確かに放送時間中にスパイクが起きていることが確認できます。
1月3日以降のスパイクには上記のような報道の影響が含まれると思われますが、紅白本番から1月2日前後までのものは、紅白でのパフォーマンスの影響であると考えられます。
「熱烈なファンでなかった多くの人が、ファンクラブへ入会した/検討した」ということを示唆するこうしたデータからは、普段、音楽番組や能動的音楽視聴をしない膨大な数の「ファンダムの外側」にいる人々が、「紅白」というコンテンツに参加し、思いも寄らない現象を生み出している様子がうかがえます。
更に注目してもよいと思われるのが、B'zさんの公式YouTubeチャンネルが、1月10日になって紅白でサプライズ歌唱した2曲のライブ版動画を、何と6本も一斉に公開したことです。
B'zさんは今年7年ぶりのドームツアーを予定していますので、新たなYouTube動画の公開自体には何の不思議もありませんが、このタイミングと曲目からは、アーティストサイドも、紅白に出演したことによる熱狂の、既存のファンはもちろん「ファンダムの外側」への広がりを実感していたのではないかと推察できるかもしれません。
ストリーミングにおける「ファンダムの外側」
そうした「ファンダムの外側」が生み出す現象は、ストリーミングという比較的、能動的な音楽聴取習慣がある人々がユーザーに含まれると思われるメディア上においても観察できます。
Spotifyデータから「紅白出場歌手の楽曲の再生回数増減」を、紅白直前の12月30日を基準として視覚化してみましょう。
すごいですね…! 通常、普段の生活習慣が停止する元日はストリーミング再生数も減少するのですが、ご覧のように、藤井風さん、米津玄師さん、Vaundyさんの紅白での歌唱曲においては、むしろ逆に上昇していることがはっきり確認できます。
B'zさんも、サプライス歌唱曲2曲を含む4曲が、新たにチャートインしてきています。
こうしたデータからは「普段からストリーミングで能動的に音楽を聴く習慣を持っていながら、藤井風さんや米津玄師さんやVaundyさんやB'zさんの紅白歌唱曲に触れてこなった人々」という「ファンダムの外側」に、紅白というコンテンツが広がっていった様子をうかがい知ることができます。
国境とファンダムを超える紅白
そうした情報の伝播は、国境をも超えていきます。同じくSpotifyデータから、紅白出場歌手のうちtuki.さんの「晩餐歌」の国別順位の推移を視覚化してみましょう。
興味深いことに、海外に放送されていないはずの紅白歌合戦の翌日から、200位圏外だった台湾で再チャートインし、自己最高となる62位を記録しています。韓国でも上昇しています。tuki.さんの場合はデビューしてまだ日が浅く、K-POPやJ-POPのダンスボーカルグループなどに比べて「ファンダム」の形成は未発達と推察されますが、そういう意味でも「ファンダムの外側」からの視聴が広がっていった様子をうかがい知ることができます。
Vaundyさん「踊り子」についても台湾にて近い動きが見られます。
地上波が届かない海外でのこうした動きには、紅白公式YouTubeや紅白公式Xで投稿された動画が影響していると考えられます。
重層化したメディアが生み出す新しい紅白の姿
これまで見てきたように、紅白は今や単なる歌番組の枠を超え、リアルタイム視聴、タイムシフト視聴、YouTube配信、SNS、ストリーミングといった多様なメディアが相互に補完し合う巨大なエンターテインメントイベントへと進化を遂げているように見えます。
特筆すべきは、これらの異なるメディアが単に並列して存在しているのではなく、それぞれが固有の役割を担いながら有機的に結びついている点です。リアルタイム視聴では「その瞬間」の感動と一体感を、タイムシフトやYouTube配信では「時間をかけた」楽曲との出会いを、SNSでは視聴者同士の共感と交流を、そしてストリーミングでは能動的で反芻的な音楽体験を可能にしています。
こうした重層的なメディア構造は、「ファンダムの内側」と「外側」という二つの層を橋渡しする役割も果たしています。熱心なファンは複数のメディアを横断して深い体験を得る一方で、普段は音楽に接する機会の少ない視聴者も、自分に合った形で紅白に参加できるようになっているのです。
さらに興味深いのは、この構造が世代間や国境を超えた音楽体験の共有を促進している点です。80-90年代の楽曲と現代のヒット曲が同じステージで演奏され、それが様々なメディアを通じて新しい文脈で受容されていく…この現象は、紅白が単なる「年末の歌番組」から、より普遍的な音楽文化の伝播装置へと進化している可能性を示唆しています。
その結果、個人の好みにカスタマイズされたSNSのタイムラインや、比較的音楽に関与度が高い人々によって形成されていると思われる普段の音楽番組や音楽フェスやヒットチャートだけからは見えてこない「ファンダムの外側」(ビヨンド・ファンダム)に広がる世界と、その人々も参加しながら生み出される予想外の光景が立ち現れています。
2024年の紅白は、こうした複合的なメディア環境の中で、視聴率という単一の指標では測れない豊かな体験と記憶を私たちの中に残してくれました。それは同時に、今後のエンターテインメントコンテンツのあり方についても、重要な示唆を与えているように思えます。
実際のところ、X上で紅白に言及している投稿を分析してみると、生放送時間中から「紅白 YouTube」に言及する投稿が増加していたことがわかります。それは後日に発表された視聴率への言及よりも遥かに多いものです。
多くの視聴者/ユーザーが、既に紅白を、視聴率だけでは測れない複合的なメディア体験として楽しんでいるようです。
1年後の紅白は、放送100年記念。放送=ブロードキャスティング、という意味では、テレビはもはや古いメディアです。ですがストリーミングの台頭によって、デジタルとフィジカルが比較されるプロセスが発生した結果、ライブやレコードやグッズなど、物質的な体験がもたらす価値が再発見されているるように(音楽の「再物質化」)、新たなメディアの普及によって古いメディアやコンテンツに儀式的な価値が再発見されたり、その結果、形や価値が変容したりということは起こり得るかもしれません。
NHKさんにおけるインターネット配信の必須業務化など不透明な要素もありますが、次回以降の紅白が、この重層化したメディア構造とその情報環境をどのように活かし変容していくのか…視聴率は下がっていくでしょうが、当ラボでも引き続き、様々なデータを通じてその姿を追い続けていきたいと考えています。
あらためて、今回のようなワクワクする分析体験を与えてくれた紅白というコンテンツ、制作者、出演者、視聴者、ユーザー、そしてリプライや引用リポストという形で多くの示唆を与えてくださった当ラボXのフォロワーの皆様、そしてnote読者の皆様に感謝します。
さよーならまた一年後!
以上、徒然研究室でした。Xでもオープンデータとプログラミングで関心あることを分析してポストしています。どうぞご贔屓に🙏