音楽サブスク時代の"文化的雑食性"をデータ可視化してみる
SNSのタイムラインには私たちの好みや興味に基づいて選ばれた情報が表示されます。これはSNSのアルゴリズムが個々人の好みを学習し、情報を効率的に提示しているからです。しかし同時に「フィルターバブル」が引き起こされ、私たちの視野が狭まり、思考が偏る可能性があるとされます。
音楽サブスクリプションサービスも同様に、ユーザーの好みに基づいて音楽を推薦します。私たちは世界中の音楽に定額でアクセスできる環境にある一方で、アルゴリズムが個々人の好みに最適化した楽曲を提示してくれば、好きなタイプの曲ばかりを聴くようになり、未知のタイプの音楽に触れる機会が減少し、フィルターバブルと同様の問題が起きるかもしれないわけです。
SpotifyやApple Music、YouTube Musicといったサブスクリプションの普及は、いったいどちらの世界を生み出しつつあるのでしょうか?
世界で最も再生されている70年代の日本の楽曲は?
Spotify Japanさんが発表した2023年まとめランキングの中に非常に興味深いデータがありました。「世界で最も再生されたリリース年代別の国内楽曲」です。特に着目したいのは、 1970年代のランキングです。
ご覧のように1970年代の日本の楽曲で、世界で最も再生されているのは、大貫妙子さん「4:00A.M.」だというのです。
大貫妙子さんは実力、キャリアともに優れたアーティストのお一人だと思いますが、従来この曲は大貫妙子さんの楽曲の中でも代表曲にカウントされてることは少なかった楽曲ではないでしょうか。たとえばWikipedia日本版の大貫妙子さんのページには、この楽曲に関する記述はどこにもありません(2023年12月23日現在)。にも関わらず、Spotifyでは、代表曲とされる「都会」の8倍も聴かれており、一桁違う再生規模となっているのです。
こうした状況からは、大貫妙子さんとその楽曲「4:00A.M.」が、主に海外のリスナーによって、今までの日本での聴かれ方とは異なる、独特の聴かれ方をするようになっているのではないか、という仮説が想起されます。
「一緒に聴かれているアーティスト」データに着目
そこでSpotify APIから取得できるデータを使って、大貫妙子さんが一体他のどのアーティストと一緒に聴かれているのかを探ってみましょう。Spotifyには、各アーティストごとに「ファンの間で人気」という情報があり、最大20組の他アーティストが表示されます。
このアーティストリストは、Spotify APIからPythonなどを使って取得できるデータでは「Artist's Related Artists」(そのアーティストと関連するアーティストたち)として定義されていて、公式ドキュメントには「類似性は、Spotify コミュニティの視聴履歴の分析に基づいています」とあります。
つまりこのデータは「そのアーティストたちの曲調が似ているから」というような理由ではなく、「ユーザーが一緒に聴いている傾向が強いから」といったようなリスニング行動ベースで「関連アーティスト」としてリストアップされてるということになります。
ということはこのデータを辿っていけば、「アーティストAと一緒に聴かれているアーティストBと一緒に聴かれているアーティストC…」というように、数珠つなぎ的に「一緒に聴かれている/聴かれる可能性の高いアーティストの関係図」が描けることになります。
大貫妙子さんのSpotifyリスニングネットワーク
当研究室ではこうして描いたネットワーク図を「リスニングネットワーク」と呼びたいと思います。では大貫妙子さんのリスニングネットワークはどうなっているのか? 早速描いてみましょう。
ご覧のように、大貫さんの「4:00A.M.」がリリースされた70年代のアーティストだけでなく、時代や国境を超えた様々なアーティストが含まれるネットワーク図が出現しました。
少し詳しくみてみましょう。まず大貫妙子さん自身も含まれる赤色のグループには、松原みきさんやEPOさん、杏里さんななど、70年代から80年代にかけて代表曲を多くもつ、現在ではシティポップに分類されることも多いアーティストさんたちが存在します。
その右下の青色のグループには、竹内まりやさんや今井美樹さん、プリンセス・プリンセスさんなど、主に昭和歌謡、ニューミュージック、 邦楽ポップスといえるアーティストさんたちが存在します。ここまでは想定どおりです。
その少し右上の青緑色のグループになると、ちょっと様相が変わってきます。大貫妙子さんから松原みきさんを経由して伸びていくリスニングネットワークの先には、韓国出身のDJのNight Tempoさんが現れます。そしてさらのその先には同じく海外で、日本のシティポップを好んで取り上げていると思われる外国人DJの方々が現れます。
このようなネットワークの構造からは、海外で大貫妙子さんを聴いている人が、世界的にシティポップが注目される流れの中で、松原みきさんやそのリミックスを行うDJたちの活動によって、他の日本のアーティストにも出会っている可能性が示唆されます。
続けて大貫妙子さんから細野晴臣さん、KIRINJIさんを経由して右上に広がっている緑色と紫色のグループに注目してみましょう。
緑色のグループには元々大貫妙子さんと親交も深いYMOさんなどに加え、コーネリアスや小沢健二さん、オリジナル・ラブさんなどの渋谷系、岡村靖幸さんなどの80年代を代表する邦楽ポップス、くるりさんなどの00年代前後の邦ロック、折坂悠太さんなどの10年代以降の邦フォークなど、時代もジャンルも一括りにできない多様なアーティスト群が含まれます。
そして00年代デビューの一十三十一(ひとみとい)さんや、00年代ソロデビューの土岐麻子さん、10年代デビューのTENDREさんを経由して、Kan Sanoさん、STUTSさん、SIRUPさん、AAAMYYさんなど、現代的なトラックメイカーや、ラッパーなどへと広がります。
解体されるジャンル
このあたりのリスニングネットワークを、年代や曲調、ジャンルで括ることはもはや困難になっています。あたかも既存のジャンルが解体されているかのようです。単一の明確な共通項を見出しにくく、強いていえば「まさにリスナーに一緒に聴かれていることによって共通項が生じているアーティスト群」といってよいかもしれません。
そして更に興味深いのが左下の黄色のグループです。
ボサノヴァの小野リサさん、新潟発のアイドルグループNegiccoのメンバーであるKaedeさんを経由して、青葉市子さん、Lampさん、
そしてその先の韓国のインディー・ロックのシンガーソングライターMeaningful Stoneさんなど、世界各地のアーティストさんたちへと広がるネットワークは、非常に多様なジャンル、多様な国籍の構成になっています。
Lampさんは元々00年代に活動を始めた日本のバンドですが、当研究室がYouTubeデータから分析したところによると、近年アメリカで日本の10倍以上聴かれていたところに、22年7月以降、南米や東南アジアが加わって全体的な視聴回数上昇トレンドに入ったことが確認でき、事実上アメリカ発のアーティストのような形になっています。
文化的オムニボア(雑食性)
大貫妙子さんの「4:00A.M.」自体は確かに「日本でリリースされた70年代の楽曲」ということこなりますが、このような多様性を伴ったネットワークの広がりを観察していると、大貫妙子さんと一緒に聴かれている、あるいは一緒に聴かれる可能性の高いアーティストの少なくない数は、「別の時代」「別のジャンル」「別の言語」に属しています。
本記事の冒頭では、下記のような問いを立てました。
一方で、少なくとも大貫妙子さんのSpotifyでのリスニングネットワークから感じられるのは、人々がサブスクで音楽を楽しむようになって、その集合的な楽曲選好が積み重ねられてきた結果、楽曲の元々の時代や言語、ジャンルを解体するような文化的オムニボア(雑食性)が出現していることです。
「文化的オムニボア」は、文化社会学の理論で「雑食性」のことを指します。これは、個々の人が多様な文化に対して開かれていて、ハイカルチャーだけでなく大衆文化も含む広範な文化を楽しむ傾向を指します。ここではハイカルチャーかサブカルチャーかという軸だけでなく、時代や言語やジャンルが多様である状態を「雑食性が高い」と考えてみます。
例えば大貫妙子さんのリスニングネットワークにおけるリスナーの雑食性が高まる上で一定の役割を果たしていると思われるLampさんのリスニングネットワークをみてみると、本当に色々なジャンルや言語が入り乱れていて、「いったいどんな嗜好の人が聞いているのか?」と興味をそそられます。みなさんはここに登場するアーティストのうち何組を普段聴いていますか?
Lampさんのリスニングネットワークに登場するアーティストのうち媒介中心性が高い(≒ハブのような役割を果たしている)アーティスト上位5位をリストアップしてみます。
一組も同じオリジンのアーティストさんがいません。本当にすごい多様性、雑食性のように思われます。
これは当研究室の推察ですが、この世界には、何語で歌われていようが、歌詞があろうがなかろうが、いつの時代の音楽であろうが、全く別のジャンルであろうが、よいと感じた楽曲はなんの躊躇もなく聴き込み、深掘り、愛でることで、結果的に雑食性の高い音楽的趣味をもつにいたっている、コスモポリタン(国籍などにはこだわらないで全世界を自国と考えている人)のような人たちが一定数世界のあちこちに分布しているのではないでしょうか。
そしてそうした音楽的コスモポリタンたちが一緒に聴いている楽曲の組み合わせが、いつしかアルゴリズムに学習され、他のリスナーたちにレコメンデーションされ、未知の楽曲、未知のジャンルに出会わせる機会を増大させているのではないでしょうか。
ジャンルデータから雑食性を可視化してみる
最後に、SpotifyがAPIを通じて提供している「ジャンル」データから、大貫妙子さんのリスニングネットワークにおける雑食性を可視化してみたいと思います。
このデータは下図のように、一組のアーティストに対して1つ以上のジャンルが付与されているものです。
ということは、ここまで可視化してきた「あるアーティストと一緒に聴かれているアーティスト群」のデータから、
「それらのアーティストに付与されているジャンルの網羅的なリスト」を作成することで、「そのアーティストを聴いている/聴く可能性のあるリスナーの音楽的趣味がどれくらい多様か」を推し量ることができるのではないかと考え、サンバーストチャートとして可視化してみました。
最も中心に近い輪は、グループ(コミュニティ)の名前です。大貫妙子さんの場合は6つのグループが形成されているので6個のノードがあります。グルプ名には各グループで最も媒介中心性が高い(≒ハブのような役割を果たしている)アーティストの名前を採用しています。
その次の外側の輪が、各グループに属するアーティスト群から得られるジャンルの全リストです。したがって、色がついている外側の輪の密度が高いほど、多様なジャンルがあると考えることができます。最も外側のテキストは、そのジャンルに分類されていたアーティスト名です。
大貫妙子さんのリスニングネットワークに現れるジャンルの総数は74種にのぼりました。アーティスト数は160組なので、100組あたりに46.3種類のジャンルが現れていることになります。
ここで参考のために、現代のJ-POPを代表するアーティストで、人気アニメーションの主題歌などを通じて海外でも人気のKing Gnuさんについても同じ手法でジャンル多様性を可視化してみましょう。
ご覧のように、King Gnuさんのリスニングネットワークに現れるアーティスト数は144組、そしてそこに現れるジャンル数は46種類でした。大貫さんの場合と同じく100組あたりで計算すると31.9種類のジャンルということになります。
これは大貫妙子さんの100組あたり46.3種類という多様性に比べて7割弱ほどの多様性になっています。
「海外のリスナーから熱心に聴かれている」という点では大貫妙子さんとKing Gnuさんは似ているはずですが、そのリスナーの音楽的趣味がどれくらい多様か、という面から捉えると、大貫妙子さんのリスナー集団はより雑食性が高いようである、と考えることができます。
また現代のJ-POPの代表的アーティストの一組、新しい学校のリーダーズさんのリスニングネットワークを分析すると、大貫妙子さんが現れます。時代もジャンルも全く異なるのにも関わらず、世界のどこかでこの二組の音楽を矛盾なく一緒に楽しんでいるリスナー集団が散在しているということになります。
そしてアメリカやメキシコを始め海外からのリスナーが最も多いと思われるLampさんのジャンル多様性を可視化してみると、100組あたりのジャンル数が90.7種類と、大貫妙子さんの46.3種類の2倍近くとなっています。驚くべきジャンル多様性ということになるかもしれません。
こうした音楽的/文化的雑食性の違いを、「ファンダム」という観点から考えると、「ジャンル数が少ない=リスナーの音楽的趣味のバラツキが小さい」場合だと、ファン同士一体感が形成され、ライブなどでは盛り上がるのかもしれません。
一方「ジャンル数が多い=リスナーの音楽的趣味のバラツキが大きい」と、色々なタイプのリスナーに好かれているということになります。
リスナー集団の聴く音楽のジャンル数が、多様な方が望ましいのか、均質な方が望ましいかは一概にはいえず、アーティストさんのステージや、これから目指す像によって変わってくるような気がします。
ただ、リスナー集団の文化的雑食性それ自体は、音楽サブスクリプションの出現や、SNSの普及と密接に結びついていることは間違いないように思われます。
ユーザーが再編する音楽ジャンル
そのような意味では、ユーザー集団の文化的雑食性が高い状態というのは非常に現代的であるというように思えます。例えば文化的雑食性が高い状態というのは、かつて「CDショップで一度も同じ棚に並べられなかったであろうアーティスト群」が一緒に聴かれている、というような状態であると考えられます。
そして最も興味深いのは、そのような状態が、特定のプロデューサーや特定のキュレーションアルゴリズムによるものというよりは、サブスクリプションやその楽曲レコメンデーションという環境を利用しながらも、その都度ユーザーが聴く/聴かないの選択を積み重ねた結果、ほかでもないユーザー集団によって生み出されているという点です。
だから当研究室には、いま音楽のジャンルや言語や時代の区分を解体し、再定義、再編しているのが、サブスクリプションというシステムであるというよりは、人間であるユーザーであるように思われて、ワクワクするのです。
以上、徒然研究室(仮称)でした。Xでもオープンデータとプログラミングで関心あることを分析してポストしています。どうぞご贔屓に。