椎名もた「少女A」海外ヒットをデータから探る...10年前のボカロ曲はどう世界から発見されたのか
「日本以外の世界で聴かれる日本の楽曲」第8位は、10年前にリリースされたボカロ曲だった――。椎名もたさん「少女A」がグローバルヒットしてゆくプロセスをデータから紐解いていくと、2015年に他界している椎名もたさんの動画コメント欄に「Happy birthday!!」と書き残していく礼拝的行動の拡大や、海外ボカロファン層とライト層の連鎖的なユーザー創作動画投稿の増加がみえてきました。摩訶不思議な情報の海です。一万字超ありますので目次をご活用ください🙏
世界でヒットしている日本の楽曲で8位と判明
昨年の9月14日に、Billboard JAPANさんから発表された世界でヒットしている日本の楽曲チャートを、楽曲軸×国軸でヒートマップ風に可視化してXに投稿したのですが、改めてボカロPの経験のある作曲者による楽曲が少なくないことに興味をおぼえました。
その中でも特に関心をもったのが、日本以外の世界のチャートで8番目に聴かれている日本の楽曲である、椎名もたさん「少女A」です。
椎名もたさんは、1995年生まれのボカロPで、2015年7月に早くして他界されています。中学2年生の頃から音楽活動を開始し、ボーカロイド曲をニコニコ動画を中心に発表していたといいます。代表曲は「ストロボラスト」「アストロノーツ」「Q」「少女A」など。
椎名もたさんの音楽は、どこか切ないメロディーやコード進行と、ディストーションの効いたギターのリフに載ってくる儚さを含んだ歌詞が特徴のように思えます。ボーカロイド鏡音リンの歌声で「寒い」が連呼される独特な「少女A」の歌詞については、亡くなる少し前のインタビューに次のように語っておられます。
その「少女A」がYouTubeに投稿されたのは 2013年10月17日、10年前です。
この楽曲はその後、日本のヒットチャートの上位にチャートインしたわけではありません。ところが冒頭のBillboard Global Japan Songs excl. Japanが昨年秋から発表されるようになったことで、実は広く世界で聴かれている様子が浮かび上がってきたわけです。
椎名もたさん「少女A」は、いかにして世界に"発見"されるようになっていったのでしょうか…?
アジア以外で強い「少女A」
Billboard Global Japan Songs excl. Japanから、同曲のデータだけを抽出し、バンプチャートとして視覚化してみましょう。
ご覧のように、9月にはイギリス、フランス、インドで6位から9位にチャートインしている状態から始まり、11月に対象国が追加されるとなると、ブラジルで2位(1位はKing Gnuさん「SPECIALZ」)、アメリカで6位、南アフリカで8位であることがわかってきました。
このデータの興味深いところは、同曲が、近年J-POPが人気の韓国、タイ、シンガポールといった国々では20位以内にチャートインしていないとみられることです。現在、同チャートが対象としているすべての国での、Top 20を一覧で可視化してみましょう。
ピンク色でハイライトしているのが「少女A」のチャートアクションです。ご覧のようにアジアの国々にはチャートには現れていないのです(注:日本以外の世界のチャートで20位以内に入っている楽曲の各国での順位データにおいて)。
そしてもうひとつ注意したいのが、同チャートが発表されるようになったのは2023年9月なので、「それ以前の実態」というはBillboardデータからはみえてこない、ということです。そこでYouTubeのデータを使って、時計の針を、「少女A」がYouTubeに投稿された2013年10月17日にまで巻き戻してみましょう(なおSpotify上での同曲リリースは2015年3月4日)。
541本投稿されているYouTubeユーザー創作動画
次のグラフは、YouTubeで「少女A 椎名もた」もしくは「Young Girl A Siina Mota」といった条件で検索してヒットするすべての動画(ショート含む)時間軸上に並べたものです。一部検索アルゴリズムにより椎名もたさんの他作品などが含まれますが、ほとんどは「少女A」関連といってよいでしょう。バブルの大きさは当研究室によるデータ取得時点での視聴回数を示します。
動画の合計本数は541本にのぼり、その合計視聴回数は3億2千万回に達しています。詳しくみてましょう。
まずいちばん左下にある動画が、2023年10月17日投稿されたオリジナルの椎名もたさん「少女A」です。現在6,500万回以上視聴されています。
17年 英語圏コアファンによる発信
その後数年にわたって投稿されている関連動画は数えるくらいですが、椎名もたさんが他界した2年後、2017年になると、いくつか特徴的な投稿が確認できます。たとえば同年5月22日に海外ユーザーによって投稿された、英訳歌詞つきの動画です(現在の視聴回数は1,190万回)。
この訳詞動画を投稿したYouTuberのプロフィールには英語で自己紹介が書かれており、日本のボーカロイド楽曲などの歌詞を英訳して投稿していることがわかります。
そして動画の本文には次のようなメッセージが英語で書かれており(当研究室訳)、コメント欄にも英語を中心に6,611 件のコメントが寄せられています。
つまり2017年時点で、英語圏では既に椎名もたさんの早い死を悼む人々から「少女A」という楽曲に注目が集まっており、その素晴らしさを誰かに伝えようとする人々がじわじわと発信活動を始めていた可能性があるのではないでしょうか。
21年 ライト層に認知される
そんな、グローバルヒットの前兆とも言える期間から4年ほど経った2021年12月26日、ある一本のユーザー創作動画を皮切りに、YouTubeに多数の「少女A」関連動画が短期間に集中して投稿されるという、バイラル状態が始まります。
その最初の動画が海外の方と思われるユーザーによって投稿されたこの動画「Kagamine Rin - Girl A ( 少女A ) [Slowed/Reverbed]」です。みてみましょう。
ご覧のように、同曲のBPMをスローにして投稿されたもので、現時点で4,781,624 回と48万回近く視聴されています。コメント欄には英語を中心に1,728 件のコメントが集まっており、例えば次のようなやりとりが交わされているのを確認することができます。今(2024年2月)から2年前のコメントなので、2022年2月前後に投稿されたものと思われます。
内容は「このアーティストのご冥福を祈ります」というものです。そのコメントに対しては137件の返信が集まっていて、その最初のものは「What happend to the artist?」(このアーティストの身に何が起きたんですか?)というもので、続くコメントは「椎名もたさんは既に他界しているよ」ということを教えるものです。
並行してTikTokのデータも調べてみましょう。TikTokで椎名もたさんの名前もしくは「少女A」を日本語かローマ字/洋題で投稿本文に含んでいる動画全392本の投稿日データを使って時間軸上に視覚化してみました。
ご覧のようにYouTubeと同じ用に2021年の年末から投稿数が増加し、かつ多数のいいね数を集める動画が出現しているのが確認できます。
例えば先程のYouTube動画の投稿から三日後の2021年12月29日に、海外のTikTokユーザーによって「この曲を聴くときは、彼がいなくなってしまったことを考えないでほしい」というメッセージともに同曲を使ったショート動画の投稿が確認できます。
この動画には本記事執筆時点で92,500いいねと1,158件のコメントが集まっており7,845件のブックマークが集まっています。
つまり2021年の12月に海外のボカロファンユーザーによって哀悼の意をもって投稿されたこれらの動画には多数のオーディエンスが集まっていった一方で、そこには元々のボカロPとしての椎名もたさんのファンに加えて、椎名もたさんの死を知らない、ボーカロイド楽曲のコアなファンではない人々が一定数含まれるようになっていた、という仮説が浮かび上がってくるわけです。
もう少しデータをみてみましょう。
22年 TikTokとスロー/スピード/1H動画の増加
次のグラフは、この時期に投稿された「少女A」関連動画の視聴回数上位のものを抽出したものです。
動画タイトルをざっと一覧すると、英語やスペイン語、ポルトガル語などの翻訳字幕付きものもが多いことがわかるのですが、黄色でハイライトしたものに注目してください。先程の「Slowed」以外にも「1 hour」「slowed down」「sped up」「the Best part Loop」など、時間的な編集を行った動画が多いことに気づくかと思います。そして一番下の動画のタイトルには「TikTok」の文字が含まれています。
この時期の「少女A」関連動画の中でタイトルに「TikTok」を含んで最初に投稿された動画は、2022年1月6日に投稿されています。
この動画を確認してみましょう。
ご覧のように、過去から現在までの様々な日本のアニメーションの名シーンに「少女A」を重ねたTikTokの動画をいくつもつなげたものになっています。そしてコメント欄には以下のようなコメントが寄せられ多数のいいねを得ています。
TikTokの方のデータ上でも、2022年は前半を中心に多くの同曲関連動画が投稿されていたことが確認できます。
これらのようなデータや記録からは、次のような状況がみえてきます。つまり2021年年末から、TikTokを中心にこの曲が元々の文脈とは切り離された(例えばアニメーション)様々なショート動画に海外ユーザーによって使用されて人気を博したことで、ボーカロイドに詳しくないライトなユーザーにも楽曲認知が広がっていった。
その過程で椎名もたさんの存在と、既に他界していることを同時に初めて知った多数の海外のユーザーが、哀悼の意をこめてコメントを残したり、更なる創作動画を投稿、拡散していったのではないか――。
本家動画コメント12万件を分析する
この仮説は、「少女A」のオリジナルの動画を詳細に分析することで、よりはっきりとした輪郭を結んできます。
オリジナルの「少女A」動画には、当研究室によるデータ取得の2024年1月30日時点で、6,500万以上の視聴回数と、12万件以上のコメントが集まっています。その視聴回数がどのように推移していったのか、チャンネル運営者さんは管理画面で把握できるはずです。
音楽ジャーナリストの柴那典さんが取材・執筆された記事によると、同曲の管理を行うU/M/A/Aさんが把握しているYouTubeの視聴回数には、次のような動きが確認できたといいます。
この21年12月というのは、先程当研究室がユーザー創作動画の投稿の分析から導き出した2021年12月26日というタイミングと概ね一致します。
一方、視聴回数の増減に加えて、「その動画へのコメントが、いつ、どれくらい投稿されているのか」というデータを分析することで、ある程度「楽曲やアーティストへのエンゲージメントの高まり」の推移も推察できるのではないでしょうか。
そこで「少女A」オリジナル動画の全120,602件のコメントを、その投稿日データを使って時間軸上に並べて視覚化してみました。各マーカーは各コメントを表し、コメントへの反応数(いいね等)はバブルの大きさに対応しています。
「少女A」本体が投稿された翌年の2014年には、コメントは12件が確認できるのみです。翌15年には半分に減って6件。それが16年からはじわじわ増えてゆき、2018年の51件から19年の97年件にかけて2倍ほどに増えてゆきます。
先程「少女A」関連動画のデータからみたように、2017年時点で、英語圏では既に椎名もたさんの早い死を悼む人々から「少女A」という楽曲に注目が集まっており、その素晴らしさを誰かに伝えようとする人々がじわじわと発信活動を始めていた可能性が考えられます。
コメント数も絶対値はそれほど多くないですが、リリース翌年よりも増えてゆく局面に入っていることから、視聴回数も上昇傾向にあったのではないかと推察できます。その後、20年、21年は100件台で増え続けています。
22年 突然現れたメッセージ"Happy birthday!!"
ところが2022年、状況は一変します。増えるには増えたのですが、539件と前年の4倍に激増し、そして翌2023年は9万6千件と、前年の178倍に爆発的な増加を示します。
つまりコメント数の最初の明確なスパイクは2022年に起こっており、視聴回数もこの時期から爆発的な伸長が始まったと推し量ることができます。
2022年に何が起こっていたのでしょうか? そこでこの年に投稿されたコメントでもっとも多い5,681件のいいねを獲得しているコメントに着目してみましょう。こちらです。
コメント内容には次のような文章が書かれています。
このコメントからは、2022年のどこかの時点で100万回視聴を超えたようであることが確認できます。そして楽曲と椎名もたさんに対する哀悼の念、そして敬意と感謝を読み取ることができるでしょう。
ただ当研究室がここで着目したいのは、最後の一行、
なのです。22年の時点で、椎名もたさんの他界から7年ほど経過しています。それなのに「happy birthday!!」、お誕生日おめでとう! とはどういうことなのでしょうか…?
「少女A」の動画に寄せられている無数のコメントを英語を対象として自然言語解析すると、形容詞の第3位に「happy」、名詞の に「birthday」が出現していることが確認できます。
23年 急増する誕生祝いコメント
ここでコメントの文言に「birthday」を含むコメントすべてを抽出し、ハイライトしてみましょう。
なんと…なんと…このコメント以降、2023年には「少女A」のコメント欄に3,068件もの「Happy birthday!」と書き残すコメントが出現しているのです。2024年は当研究室によるデータ取得時点でまだ1ヶ月しか経っていないですが、既に63件のコメントが確認できます。
何が起こっていたのかを推し量るため、23年に「birthday」を含むコメントで最も多い416件のいいねを集めていたコメントの着目してみましょう。
コア層とライト層の連鎖的な行動
いかがでしょうか。このコメントやそれに先立つデータからは実に多くのことが読み取れるのでないかと思います。特に「誕生日おめでとう」のメッセージの謎を読み解くヒントがはっきり書かれています。
コメント欄で「birthday」含むものを抽出して分類してみると、概ね以下にようになりそうです。
1. 圧倒的にポジティブでお祝いのムード:
大多数のコメントが、椎名もたさんに対して「Happy birthday」と誕生日を祝う文脈で「birthday」という単語を使用しています。これは、彼が2015年に亡くなっているにも関わらず、です。
トーンはおおむねポジティブで、お祝いムードがあり、ハート、風船、ケーキなどの絵文字が多用されています。
2. 椎名もたさんの死を認識している:
多くのコメントが椎名もたさんの死を認識しており、「Rest in peace (安らかに眠ってください)」「fly high (高く飛んで)」「hope you're in a better place (より良い場所にいることを願っています)」といったフレーズや、悲しみを表す表現がしばしば含まれています。
これにより、誕生日を祝いながら故人を偲ぶという、独特の並置が生み出されています。
3. 「Happy Birthday」という願いの定義説明:
いくつかのコメントは、なぜ亡くなった人に「Happy birthday」と言うのかを説明しています。
最も一般的な定義の説明は以下の通りです。
敬意と追悼: 彼の思い出を称え、彼の人生と音楽を祝う方法です。
誕生日の延長: 一部のファンは、追悼の意を込めて意図的に誕生日のお祝いを延長しています。
老いることのない永遠の誕生日: 椎名もたさんが老いることを嫌っていたと伝えられていることから、痛切な感情が込められています。これは、彼が死後の世界で、歳を取るという重荷なしに誕生日を楽しめるようにという願いを示唆しています。
4. 曲や日付への個人的なつながり:
この曲が自分の誕生日にリリースされた、椎名もたさんの誕生日にこの曲を知ったなど、個人的なつながりを共有するコメントもいくつか見られます。
これにより、集団的な追悼に個人的な意味合いの層が加わります。
5. 困惑と批判:
少数ではありますが、特に重要な日付以外に、なぜ亡くなった人に「Happy birthday」と言うのかについて困惑を表明するコメントもあります。
一部のコメントは批判的で、「Happy birthday」と言う人々を、失礼である、荒らし行為である、または注目を集めようとしていると非難しています。
6. 国際的なファン層:
コメントは英語、日本語、スペイン語、ロシア語、インドネシア語、ポルトガル語、タイ語など、多様な言語で書かれており、国際的なファン層の存在が伺えます。
「Happy birthday」の使用は、言語を問わず一貫しています。
7. 「少女A」の10周年と11周年記念:
2023年の「少女A」の10周年と、2024年の11周年を祝うコメントもいくつかありました。
つまり、椎名もたさんの「少女A」の動画における「birthday」コメントは、ファンによる献身と追悼の複雑で感動的な表れだと考えることできます。これらは、彼の死後何年経っても、愛されたアーティストの人生と音楽を祝うためにファンが集まる、毎年の儀式になっているわけです。一部に批判もありますが、圧倒的な感情は敬意、愛、そして椎名もたさんの思い出を彼の音楽を通して生き続けさせたいという願いのようです。
こうした多くのユーザーの行動を時系列でまとめると、次のようになると考えられます。
【コア層の動き①】
2017年ごろから英語圏で、椎名もたさんの早い死を悼む人々から「少女A」に注目が集まっており、その素晴らしさを誰かに伝えようとする人々がじわじわと発信活動を始めていた
【ライト層の動き①】
21年から22年にかけて、TikTok経由などで楽曲を知ったライトな層を含む人々による「少女A」動画への訪問が激増した
【コア層の動き②】
22年から23年にかけて、椎名もたさんに哀悼の意と感謝の念を示すために「Happy birthday!」というお祝いと、「少女A」や椎名もたさんに対する想いを書き残すコメントが急増
【ライト層の動き②】
並行して、TikTokなどからやってきたライトなユーザーもそれに倣い「Happy birthday!」とだけ短くコメント欄に書き残す行動がネットミームのように定着していった
このように、コア層とライト層がTikTokやInstagramリールなどのショート動画を媒介して連鎖的・螺旋的に「少女A」への関心を高めあうような動的なプロセスを経て、
以前から知っている人も、初めて好きになった人も、椎名もた「少女A」のYouTube動画を観に行って、哀悼と感謝の念を込めて"Happy birthday!"とコメント欄に書き残す
という、まるで"記帳"や"聖地巡礼"…もっといえば"お墓参りに行って墓前で手を合わせる"、あるいは一種の礼拝のようなムーブメントが、海外を中心とした多数のユーザー間の模倣を通じて急速に広まり、「少女A」のグローバルな認知を一層高めるのに一定の役割を果たしたのではないでしょうか。
バイラル時代の"礼拝的価値"
ドイツの思想家ヴァルター・ベンヤミン(1892-1940)は、芸術作品には「礼拝的価値」と「展示的価値」存在すると述べました。
礼拝的価値…芸術作品が神聖な儀式の一部として存在する価値
展示的価値…芸術作品が一般公開され、多くの人々に鑑賞されることを可能にする価値
ベンヤミンは、これら二つの価値が芸術作品における重要な要素であり、そのバランスが芸術の歴史とともに変化してきたと指摘しています。特に、機械的複製技術の登場により、芸術作品の「一回性(アウラ)」が失われ、大量に複製されることが可能になった時代には、芸術作品の「展示的価値」が増大し、「礼拝的価値」が相対的に減少したと述べています。この変化はベンヤミンが「アウラの凋落」と呼んだ現象の一部です。
ところが今回当研究室がネットユーザーの人々の行動を分析していて感じたのは、むしろ逆の事態です。YouTubeやTikTokといった究極の機械的複製技術の結晶であるはずの動画に、人々は「ハッピーバースデー、椎名もたさん」を伝えようと、長い時間をかけてある種の礼拝的な行動をとるようになっていったのですから。
ほんとうに、実に興味深いです…!(「少女A」のコメント欄に誕生祝いメッセージを書き残していく行動がミームのようにユーザー間で行われているようである…ということは松島功さんから教えていただきました。ありがとうございます🙏)
23年 二回目の創作動画投稿数スパイク
そしてこうした"第一波"とでもいうべき現象を経て、「少女A」の関連動画は、2023年7月ごろから二回目の投稿数スパイクを迎えます。
この二回目のスパイクのきっかけの一つとみられるのが、同年2月8日に投稿されて現在192万回視聴されている動画「Kentenshi - paranoia but extended without the end part」です。
「少女A」をスローダウンさせリズムトラックに大胆なアレンジを加えたこの動画のタイトルや本文には、本記事執筆時点では「少女A」に関連する語句が含まれません。ですがYouTubeで「少女A」を検索すると結果に含まれてきます。おそらくYouTube検索のアルゴリズム上は関連が強い動画と判定されているのでしょう。本記事執筆時点で195万回視聴、英語中心に937件のコメントが寄せられています。
コメント欄をみると、「TikTokから来ました」「インスタのリールから来ましたという」という主旨のコメントがみられます。それらのショート動画の内容は第一波のときにみたアニメーションの名場面週に同曲を載せた動画と同様に、直接的には椎名もたさんと関連が強くないもののようでした。
この動画の本文には「the artist of the original track is KENTENSHI(原曲のアーティストはKENTENSHIです)」という表記とリンクがあります。
原曲(というか本当の原曲は椎名もたさんなのですが)のKENTENSHIさんの動画はこちら「KENTENSHI - paranoia」です。
この楽曲も先程の「Kentenshi - paranoia but extended without the end part」と同じで、違いは終了部分の処理のみのようですが、投稿は2023年7月6日でこちらのほうが5ヶ月遅いです。執筆時点で588万回の視聴があり、5,198件のコメントが寄せられています。
投稿が遅いほうが元曲になっているのは不思議ですが、先程紹介したKAI-YOUさんの柴さんによる記事「なぜ椎名もた「少女A」は世界的ボカロ曲になったのか? 発端は海外発の二次創作」によると、この作品は2022年1月に音楽配信サービスBandcampに投稿されていたといいます。つまり23年2月8日にYouTubeに投稿された「Kentenshi - paranoia but extended without the end part」は、Bandcampの音源を二次利用したということなのかもしれません。
いずれにせよ、椎名もたさん「少女A」をスローダウンさせてリズムトラックをアレンジしてTikTok等で多用されたとみられるこの音源は、YouTube上では「少女A」関連のユーザー創作動画の中でどれくらいのウェイトを占めているのでしょうか。
対象動画の中からタイトルか本文に「paranoia」も含む動画を抽出し、全体のグラフの上に重ねてみましょう。
ご覧のように条件を満たす動画は14本とそれほど多くはありませんでした。KENTENSHIさんによる「paranioa」以外にも、世界各国で独自の文脈で「少女A」を直接使用した多数の創作動画が存在するようです。例えば2023年に投稿された動画で最も視聴回数が多い動画はこちらの「f en el chat #gohandelfuturo mi último video #shortsviral #viral #peru」です。
スペイン語のようで、元々別に創作されていた、スペイン語版『ドラゴンボール』にスローダウンさせた「少女A」を当てた動画に、更に防犯カメラの動画をマッシュアップしたバイラル動画といえます。
Billboard Global Japan Songs excl. Japanではスペイン語圏のチャートは発表されていませんが、スペイン語ネイティブの人口は世界第二位といわれています。スペイン語に限らず、英語やポルトガル語による創作動画も多数みられ、それらの多様な言語による動画の拡散は、世界の広範な国々で「少女A」の認知を高め、"Happy birthday!!"ムーブメントを生み出す土壌にもなったと考えられます。
Spotifyの椎名もたさんアーティストページで都市別リスナー数を確認すると、
といった中南米のスペイン語圏(太字)でのリスナーが多い様子がうかがえます。
まとめ 情報の海と音楽の不思議
以上、様々なデータや記録をもとに、10年前にリリースされたボーカロイド楽曲「少女A」が世界の国々で盛んに聴かれるようになったプロセスを追いかけてきました。
その過程は次のようにまとめられるかもしれません。
2017年頃、英語圏で椎名もたさんの死を悼むボカロファンの人々が「少女A」に注目し始める
2021年から2022年にかけて、TikTok経由で「少女A」の楽曲を知った海外ライト層の関心が急増
2022年から2023年にかけて、海外ボカロファンから椎名もたさんへの哀悼の意と感謝のコメントを書き込む動きが拡大
同時期に、速度をアレンジした音源が多様な言語、多様な文脈でショート動画に使われ、そこから流入したライトユーザーがオリジナルの「少女A」動画に"聖地巡礼"し「Happy birthday!」と"記帳"する礼拝的な行動が生み出される
このように、
海外のコア層による「追悼・感謝」を動機とした再文脈化
→ YouTubeを中心に作品の意味を深めアーティストの価値を高める
ライト層による「好奇心・驚き」を動機とした脱文脈化
→ショート動画を中心に作品の認知を多様な層に拡大しアーティストのファンを増加させる
という心の動きと行動が連鎖的・重層的に積み重なっていった結果、10年という長い時間をかけて「少女A」が世界から"発見"される条件が整っていったのではないでしょうか。
ここで今まで分析してきた「少女A」関連動画の、YouTubeとTikTokでの投稿数を同じ時間軸で比較してみましょう。
興味深いことにYouTubeのほうが1ヶ月前後スパイクが早いようにみえます。このデータからはどちらかといえばTikTokよりもYouTubeがヒットの発端のようにみえます。同曲のケースではYouTubeとTikTokでは、「ボカロ曲のコアなファンなのかそうでないのか、投稿の動機が追悼なのか感謝なのか"布教"なのか(再文脈化)」、あるいは「アニメ名シーンのBGMなど別の文脈での使用なのか(脱文脈化)」など、ユーザーのタイプや動機が異なっていて、そのような違いが投稿の増加タイミングにも現れているのかもしれません。
いずれにしまても今回の分析でデータを通じて感じたその動きは、まるでゆっくりと進む森林や海洋の生態系の不思議な変化や進化をみているようでした。当研究室が外部からうかがい知れるのはすべてのデータではありませんが、椎名もたさんが遺した音楽に心動かされた人々が刻んでいった膨大な創作動画やコメントというデータは、少なからぬことを語ってくれた気がします。
また何か気付き次第追記したいと思いますので、もし「こんな動きもあったよ」ということをご存知の方がいらっしゃいましたらご教示ください🙏
まこと情報の海と、現代の音楽をめぐる生態系はおもしろい…!
最後に…椎名もたさん、Happy birthday! こんなにワクワクする世界をみせてくれてありがとう。
以上、徒然研究室(仮称)でした。Xでもオープンデータとプログラミングで関心あることを分析してポストしています。今回収録しきれなかった紅白関連データもスレッドにまとめています。どうぞご贔屓に🙏