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YOASOBIさん海外公演データから分析する「メディア」としてのファンダム

先日、藤井風さん「死ぬのがいいわ」のグローバルヒットの背景の分析から、現代における「ファンダム」がもつ力について考察してみました。

今回はYOASOBIさんが2022年12月に行ったジャカルタ公演に関わるデータから考えてみたいと思います。

YOASOBIさんについては公式アカウントの活発なSNSでのコミュニケーション活動や、88risingのジャカルタ、マニラ公演へのフェス参加などを興味深く感じ、以前から一度分析したいと思っていました。

そんな最中、音楽専業マーケティングのスペシャリストであり、早い段階からYOASOBIさんを世に紹介されてきた松島功さんが、YOASOBIさんジャカルタ公演後のYouTueb再生回数急増について興味深い指摘をされていたのにはっとさせられました。

また松島さんはSpotifyでのリスナー数の急増についても言及されています。

ここで松島さんが「海外フェス後のリスナー数&視聴数の増加は本当に難しい」と指摘されているように、YouTubeやSpotifyの再生数の急増というのは、それほど簡単に起きるわけではないのですよね。

フェスといっても、物理的に限られた時空間にいる、限られた人数の観客を前にしたパフォーマンスなので、その方たちが帰宅してからYouTubeやSpotifyでYOASOBIさんのことをチェックしたからといって、こんなに顕著に再生数に反映されるとは考えにくい。

ところがこの常識が覆される現象が起きている。

これは何かあるのではないか…と思い、まずはTwitterのデータを分析してみました。

次のグラフは、Twittre上で「YOASOBI」を含む「日本語以外のツイート」の投稿数が、YOASOBIさんが参加したインドネシアでのフェス「HEAD IN THE CLOUDS JAKARTA」でのステージ登場時刻前後でどのように推移しているかを視覚化したものです(青いグラフ)。その下には、同じ時間軸でYouTubeおける「YOASOBI」の検索ボリューム推移(赤いグラフ)を並べています。

外国語でのツイート数推移はYOASOBさんのHITCステージ登場直後から急増し、そこからワンテンポ遅れる形でYouTubeで検索数が急増し、その後も数日間高い水準を維持しているのがわかります。

このことから、YOASOBIさんのHITCでのパフォーマンスが、その場にいる観客だけなく、広くネット上に何かしらの影響をリアルタイムで与えていたのではないか…という仮説を得ることができます。

どういうことなのでしょうか。

YOASOBIさん公式アカウントが公演後に投稿した現場からの動画を見てみましょう。

多くの観客が「群青」のサビを一緒に口ずさみながら、スマホのカメラをステージに向けているのを見て取ることができます。

つまりこのフェス、88risingのHEAD IN THE CLOUDS JAKARTAでは、観客はパフォーマンスを撮影することが可能であり、無数の観客によって撮影された動画や画像が、ほぼリアルタイムにSNS上に投稿されていた…と考えることができます。

実際のところTwitterを検索すると、会場の観客からの投稿はもちろん、オンライン中継で鑑賞していた現地の方々から動画付きのツイートが投稿されているのを多数確認できます。

このように、会場の観客が自由に撮影してその場で(そして一斉に)YOASOBIさんのパフォーマンスをUPしたり、ネットで中継を観ている人々が動画キャプチャを投稿したりしたことは、結果的に「会場にいる限られた観客以外の無数の人々」がYOASOBIさんの存在を一斉に認知する機会を提供したと考えられます。

この仮説をもう少しデータから検証してみましょう。

次のネットワーク図は、YOASOBIさんジャカルタ公演出演の24時間以内に 「#YOASOBI #HITCJAKARTA」の2つのハッシュタグを共に含んでツイートされた投稿の、リツイートネットワークです。

ノードはアカントを示し、エッジ(ノード間をつなぐ線)はRT/被RT関係があることを示します。

このネットワークに、Twiiterデータの言語判定データを使って「日本語の投稿のRT」のみエッジをピンク色にハイライトを施しました。グレーは「外国語の投稿のRT」になります。

無数の放射状のピンク色のエッジの中心にいるのは、YOASOBI公式アカウントさん(@YOASOBI_STAFF)ですが、それ以外のアカウントの外国語の投稿をRTした投稿が非常に多いことがわかります。

実に全19,230本のエッジ中、10,288本、全体の53,4%が外国語ツイートのRTになっています。

次に、公式系アカウントの投稿を直接RTしているアカウントがどれくらいあるかを見てみましょう。

スタッフアカウント(@YOASOBI_staff)、幾田りらさん(@ikutalilas)、Ayaseさん(@Ayase_0404)と直接RT関係にあるアカウントとの間に引かれているエッジを黄色でハイライトしました。

先程の「日本語ツイートのRT」のカバー範囲より少し広くなりましたが、これら公式系アカウントと直接のRT関係にないRTが多数存在していることがわかります。

正確に言うと、全19,150本のエッジ中、公式系アカウントと直接RT関係にあるのは12,255本、全体の63.9%であり、残りの36%は公式系アカウントではない他のアカントの「#YOASOBI #HITCJAKARTA」を含むツイートをRTしている、ということなります。

そしてその多くは外国語のツイートのRTとなっています。

さらにもう一つ別の観点からネットワークを分析してみましょう。

ネットワーク科学には「媒介中心性」という概念があります。この概念を今回のケースに当てはめて言えば、「そのアカウントがなければネットワーク全体がバラバラになってしまう」「そのアカウントがなければ情報が伝播するのに遠回りになってしまう」ようなアカウントということになります。

その媒介中心性がこのネットワーク本体の中で最も高いのは、@YOASOBI_staff のスタッフアカウントでした。これは納得ですね。

では次は、メンバーのお二人のアカウント…かというと、そうではないのです。

幾田りらさん(@ikutalilas)は三番目、Ayaseさん(@Ayase_0404)は7番目でした。

つまり2番目に媒介中心性が高かったのは、公式系アカウントではない他のアカウントなのです。このアカウントのRTネットワークを図中に水色のエッジでハイライトしました。

ピンクのエッジ=スタッフアカウンの日本語ツイートをRTしたネットワークと重ならないポジションで、ハッシュタグの広がりの中心を担っていることがわかります。

ではこのアカウントの方がどんな投稿をしていたのでしょうか。見てみると…

ご覧のように、オンラインで中継を観ていた方がYOASOBIさんの出演画面を撮影して投稿したものなのです。

しかもそこに主に写っているのではYOASOBIさん本人ではない。

なんと、初めてインドネシアで観るYOASOBIさんのパフォーマンスに、感動のあまり涙を流しながら撮影している観客の女性の動画なのです。実に実に印象的です。

このツイートには執筆時点で4,904件のリツイート、2,338件の引用ツイート、2.5万件のいいねがついており、ネットワーク分析上でも媒介中心性の高さという面で、YOASOBIさんのインドネシアでの鮮烈な認知拡大に重要な役割を担っていたと考えられます。

そしてそのようなネットワークの広がりは、今まで公式系アカウントをフォローしていなかったような海外の、それほど関与度の高くなかった方々に、ジャカルタでのYOASOBIさんのパフォーマンスに触れる機会を提供したはずです。

ファンダムがメディアになる時代。

ちなみにこの投稿主のユーザーさんのプロフィールの所在地はインドネシアで、97 フォロー中、50 フォロワーとなっており、ものすごく多いインフルエンサーアカウントというわけではないことがわかります。

公式アカウントでなくとも、
公式アカウントと直接つながりがなくても、
インフルエンサーのようにフォロワー数が多くなくても、

ときにアーティストやコンテンツの認知拡大に重要な担う可能性がある。

そしてそこに写っているのはアーティスト本人ではなく、ファンの姿であるかもしれない…

一方でそのファンは公式アカウントをフォローしておらず、ファンダムの中では非常にマージナルなポジションにいることもある。 ある意味で「弱い」つながりと言えるかもしれません。

でもその「弱さ」がもしかしたらファンコミュニティという、ある面では閉鎖性のあるネットワークを外部と繋げるような役割を果たしているのかもしれません。

まさにメディアとしてのファンダムの時代を象徴する分析結果であるように感じます。なんとおもしろい時代…!

ネットワークサイエンスの先人たちが発明してくれた様々な中心性の概念とその計算方法のおかげで、今までだったら見落としていたかもしれない情報の流れが見えてくるように思えます。

ノードやエッジの数が万を超えてくると隣接行列計算の計算量が多くなり処理に時間もかかりますが、ネットワーク科学はおもしろい!


ちなみにYOASOBIさんは、今回の分析で取り上げたインドネシアのジャカルタ公演以外に、HITCのフィリピン、マニラ公演にも参加されました。

インドネシアと、フィリピン。

この東南アジアの2つの国の人口ピラミッドを、アメリカ、日本と比較してみましょう。20代以下のバーをハイライトしています。

ご覧のようにインドネシアの若年人口はアメリカと同規模で、フィリピンも日本より遥かに多いのです。

この二つの新興国市場は、人口減少と少子高齢化で若年層のマイノリティ化が止まらないサイクルに入っている日本のJ-POPにとって、非常に重要であることがわかります。

それは人口規模だけでなく、ポピュラー音楽の消費人口から観ても妥当します。

下記は当研究室で、ある一日のSpotifyのTop 200楽曲の国別の合計再生回数を視覚化したものです。

ご覧のようにインドネシア、フィリピンともに、日本より規模が大きいのです。

地理的、文化的に近く、人口規模、音楽市場規模ともに大きなインドネシアとフィリピン。

アメリカを頂点としたポピュラー音楽の世界市場に挑戦するのに、欠かすことのできない国だと言えるかもしれません。

YOASOBIさんの今回のジャカルタでの公演の成功と、そこでファンダムが果たしたと考えられる役割は、他のJ-POPアーティストさんにも大いにヒントになるかもしれません。

そしてSpotifyなど欧米系のサービスが進出できていない大国、中国。

当研究室でShazamの検出ランキングを国別に分析した際、YOASOBIさんの「群青」がかなり上位に入っているのを確認しました。

中国はなかなかデータ分析が難しい国ですが、いつか対象にしてみたいです。

以上、徒然研究室(仮称)でした。

英語でも意欲的に楽曲制作に取り組むYOASOBIさん。ますます楽しみです。


データの分析にはPythonを用いています。ネットワーク分析の可視化にはCytoscapeを用いています。

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