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実子誘拐の子供、別居親への影響。包括的review

はじめに

今回は実子誘拐についてのレビュー文献がありましたのでご報告させていただきます。今回の文献はアメリカの司法省のOffice of Juvenile Justice and Delinquency Prevention(直訳すると少年司法、非行防止局)より報告されたreviewです。原文は下記参照

https://www.ojp.gov/pdffiles1/ojjdp/190074.pdf

一応DeepLにぶち込んだ日本語翻訳も貼っておきます。

親の連れ去りの範囲に関する最も包括的な調査は、1988年にアメリカで行われたNational Incidence Studies on Missing, Abducted, Runaway, and Thrownaway Children in America (通称NISMART)についてまとめた報告 (Finkelhor, Hotaling, and Sedlak, 1990)になります。下記に原文貼っておきます。これをベースにそのほかの論文等も含めレビューされていました。ただこの論文で述べられていることの大部分は今回のメインから外れていたので割愛しています…

https://popcenter.asu.edu/sites/default/files/problems/runaways/PDFs/Finkelhor_etal_1990.pdf

NISMARTの概要

この調査は全国電話調査のようで、1984 年の行方不明子供法の義務に応じて実施されました。その目的は、家族に誘拐された子供、家族以外によって誘拐された子供、家出、捨てられた子供、迷子または負傷により行方不明になった子供の発生率を推定することでした。
今回の報告書はその中でも報告書では実子誘拐にフォーカスを当てていました。
この調査では実子誘拐の定義を広義と狭義に分けています。
・広義の実子誘拐
下記いずれかを満たすもの
(1)親権に関する合意や判決に違反して子どもを連れ去ったケー ス
(2)(親権に関する合意や判決に違反して)法的または合意された面会終了時に子どもを返さなかったり引き渡さなかったりし、少なくとも一晩子どもを留守にしたケース
・狭義の実子誘拐
上記条件を満たしかつ、下記のいずれかを満たすもの
(1)子どもの連れ去りや所在を隠し、子どもとの接触を防ごうとした
(2)子どもが州外に移送された
(3)誘拐犯が子どもを無期限に監禁するつもりであった、 あるいは監護権に永久的な影響を与えるつもりであったという証拠が存在する

これらのうち広義の実子誘拐に該当する件数は35万4100件で、そのうち狭義の実子誘拐の条件を満たすものは16万3200件(46%)と推定されました。

実子誘拐犯の特徴や誘拐された子どもの特徴

こちらに関しては以前私がまとめた「実子誘拐犯の特徴」とほとんど似たようなことが書いてありましたので今回は割愛します。よければ下記も一読ください。

拉致による心理的影響

1990年頃までは当時はアメリカでも今の日本のように民事不介入の風潮だったようですが(Girdner, 1994a)、拉致は子どもへも拉致被害親にも深刻な精神的ダメージを与えうるとされています。特に誘拐を実行するために力が使われたり、子どもが隠されたり、子どもが長期間拘束されたりするケースでは、大きなダメージを受けるようです。NISMARTでは親による誘拐の14パーセントで実力行使を行い(5万件)、17パーセント(約6万件)で強制的な脅しや要求を使ったと報告されています(Finkelhor, Hotaling, and Sedlak, 1990)。
ただ残念ながらこの論文の話は肝心の親の心理や子の心理のところではもうほとんど出てきませんでした…

連れ去られた親の心理状況

GreifとHegar(1991)らによると、行方不明児団体に登録している置き去りにされた親を調査した結果、置き去りにされた親が喪失感、怒り、睡眠障害を経験しており、これらの親の半数は、孤独感、恐怖 、食欲不振、重度の抑うつを訴えていました。このグループのうち、50%強がこの状況に対処するために専門家の助けを求め、置き去りにされた親の4分の1がうつ病の治療を受け、4分の1が不安やその他の問題の治療を受けたと報告しています。

Forehandら(1989)はまた、誘拐された子どもの親が、子どもが行方不明になっている期間は心理的障害のレベルが高く、子どもが戻ってからはいくらか軽減されたと報告しています。しかし 、その体験のストレスやトラウマは、必ずしも子どもが戻ってきたときに終わるわけではなく、この研究の多くの親は、心理的苦痛が誘拐前よりも子どもと再会した後の方が高かったと述べていましたが、これはおそらく、再誘拐への懸念や再会に関するストレスのためであろうと推測されています。
別の研究において、 Hatcher, Barton, and Brooks (1993)は、調査対象となった置き去りにされた親のほぼ4分の3(73.1%)が 、自分の子供が再び誘拐されるのではないかという懸念を抱いていることを報告しています。

さらに実子誘拐は連れ去られた親に経済的負担を強いる可能性があるとも報告されています。Janvier, McCormick, and Donaldson (1990)は、誘拐されたた子供の捜索にかかる平均費用は、国内ケースでは8,000ドル以上、国際ケースでは27,000ドル以上であることを明らかにしています。(1990年のドル円レートがだいたい1ドル144円でしたのでだいたい国内ケースで115万円、国際ケースで388万円くらいになります。)
また別の国際的な誘拐に関する調査では、親が費やした費用は平均で誘拐された子供の捜索と奪還に33,500ドル(1990年ベースで約482万円)。すべての所得階層において、半数以上の親が、子どもを取り戻すために自分の年俸と同額かそれ以上を費やしたと報告しています(Chiancone and Girdner, 2000 )。
これに関しては昨年話題になった卓球の福原愛氏の元配偶者の江さんも裁判費用等で1400万円以上かけたと言われていましたし、やはり金銭的負担も相当なもののようです。

誘拐された親の小括

・誘拐された親は約50%なにかしら精神的不調を訴え、専門家の治療を必要としていた。25%が抑うつ、25%がそれ以外だった。
・会えない期間の心理的障害は大きいが、再会できたあとも再度実子誘拐されることを恐れている親が多く、ストレスがなくなるわけではなかった。
・子を取り戻すのにも経済的負担がとてもかかる。半数以上の親が年収の半分以上を取り戻す費用に費やしていた。

子への影響

残念ながら拉致された子どもが、通常どのくらいの期間、連れ去られた親との面会が拒否されるのかを明確に調査した研究はほとんどありませんでした。
ただいくつかそれでも研究はあり、誘拐期間が短期であれば影響が少ないようですが、長期になると様々な不調がやはりあるようです。以下複数の研究結果を紹介します。

Agopian(1984)の研究によると、長期間拉致しされていた子は親に騙されることが多く、居場所を知られないように引っ越しを繰り返す。このような放浪的で不安定な生活のために、子どもたちは友だちを作るのが難しくなり、学校に通うとしても落ち着くのが難しくなった。年少の子どもたちは、連れ去られた親のことをなかなか思い出せず、再会したときに深刻な影響を及ぼした。年長の子どもは、もう一方の親から自分を引き離した誘拐犯と、自分を救い出せなかった置き去りにされた親、両方の親の行動に怒りと戸惑いを感じた。
また、Terr(1983)の研究では、誘拐から回復した後(あるいは誘拐の脅迫を受けた後、あるいは誘拐に失敗した後)に精神鑑定を受けた18人の子どものサンプルが報告されている。ほぼすべての子ども(18 人中16人)が、その経験から感情的に苦しんでいた。その症状には、残された親に対する悲しみや怒りが含まれ、さらに誘拐した親によって行われた「精神的洗脳」にも苦しんでいた
同様に、全米行方不明・被搾取児センター(NCMEC)の事例から抽出した104件の親による誘拐のサンプルを対象とした別の研究では、連れ戻された子どもの50%以上が、誘拐された結果として精神的苦痛 (不安、摂食障害、悪夢など)の症状を経験していることが明らかになった(Hatcher, Barton, and Brooks, 1992)。
Senior, Gladstone, and Nurcombe (1982)は、連れ戻された子どもは、しばしば制御不能な泣き声や気分の落ち込み、膀胱や便意のコントロール不能、摂食・睡眠障害、攻撃的行動、恐怖心に苦しんでいると報告している。
他の報告では、他人を信頼することの難しさ、引きこもり、仲間関係の悪さ、退行、親指しゃぶり、しがみつき行動(Schetky and Haller, 1983)、
権力者や親戚に対する不信感、個人的な愛着に対する恐怖(Agopian, 1984)、悪夢、怒りや憤り、罪悪感、成人期における人間関係の問題(Noble and Palmer, 1984)などが、拉致のトラウマとして記録されている。
また、Greif (1998a, 1998b)は、1989-91年に実施された最初の横断調査で調査対象となった被害者の親に再連絡をとり、再統合から数年後の子どもの様子を調査した。1989年に調査された当初の371人の親のうち、1993年の調査(Hegar and Greif, 1993)では69人、1995年の調査では39人が再連絡を受けた。1993年の調査では、ほとんどの親(86~97%)が、子どもは健康で、 行動や学業成績は満足または非常に満足であると回答した。これらの子どものうち、約80%が何らかの精神保健サービスを受けていた

子への影響 小括

・実子誘拐は多くの子どもにとってトラウマになる。
・不安、摂食障害、悪夢、愛着障害、対人トラブル、親への不信感、怒りなどが報告されている。
・実子誘拐の期間、容態などがその後の状況に関与する可能性がある。
・連れ戻された子はおおむね予後良好であったが、それでも多くの子どもが精神保健サービスを受けていた。

刑事司法制度の対応

こちらも以前のnoteの内容と大部分が被っていたので割愛させてもらいます。

まとめ

実子誘拐は連れ去られた親、子どもにかなりの割合で精神的不調をもたらす可能性が高い(特に別居期間が長ければ長いほど)。
こりゃ刑事罰にもなりますわって感想でした。
ただこの報告の時代ではまだ警察や司法、児童相談所なども実子誘拐を民事の範疇と捉えているケースが多かったようで、「このような犯罪の影響を受ける子どもたちや家族に対して、より迅速で効果的な対応を確保するためには、法執行関係者、検察官、そして一般市民に対する教育の改善が必要である。」という締めで終わっていました。

我が国でも一刻も早く実子誘拐が撲滅されることを祈っています。
長文にお付き合いいただきありがとうございます。


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