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人生で妥協できなかったこと (なんで研究を続けているのか)
というタグ見つけたので。
私は、今までで「研究を続ける」ということを絶対に諦めたくないって思ってる。
もちろん、そう思い始めた頃から今まで「研究」というものがなんなのか、それ自体は自分の中で変わってきているけれど、「研究を続けたい」という思いは変わってないのかなって思ってる。
22歳くらいの頃はやっぱり、研究=実験って思っていた。
実験は好きだったし、研究好き!くらいに思っていた。
23,24歳、修士の頃は実験の組み立てや、データの取り方、プレゼンの仕方ですごいズタボロになるまで言われたけれど、その方が成長するタイプなので、この経験はかなりよかったのでは?と思う。
この頃すでに、「研究を続ける」ということに挑戦して、よかったと思う。
25歳から博士課程に入った。
博士課程に進むこと自体挑戦だった。
ちゃんと力がつかない、名ばかりの「博士」では仕事ができないから。全て吸収したいと思っていた (これは今も思っているけれど)。
この頃から、研究=実験ではないことがかなり明確にわかってきた。
実験だけができるのでは全く意味がない。
自分の研究の将来性、求められていることを見極めて、それに向かって方向性を決めて、研究を組み立てる。プレゼンするときは、それが、その時のオーディエンスにとって魅力的になるようにプレゼンを組み立てる。そういう力を基礎として、ラボを持ち、そのラボを維持するために、自分の研究を魅力的に話す力も必要。もちろん他に、ラボを運営する力、人とコラボレーションするスキル、そういういろんなことが必要なんだなと気づいてきた頃。
アメリカで挑戦したいなという気持ちが、本格的になってきたのもこの頃(多分この頃、英語話せるようになってきたからってのもあると思う)。
博士の学位をとって、ポスドクになった。
「アメリカで研究して、必要なスキルを学びたい。」って気持ちが強くなった。
数年かかって、今のラボを見つけて、2024年から、ここでいろいろなことを経験させてもらっている。
今まで何回も「挑戦してよかった」って思ったし、「挑戦しなきゃよかった」って思ったことはない。アメリカに来てから、いろいろなことが初めてだし、どんどん挑戦していこう、そのためのスキルを身につけよう、という気持ちで動いているつもり。
自分が何になりたいか、どういうふうに研究したいか。
それをもっと明確にして、それに向けて頑張りたい。今はその気持ちが強い。
それもきっと一種の挑戦なんだと思う。
一番最初の一番大きな挑戦はやっぱり「博士課程にすすむ」という点だったと思う。
これは本当に挑戦してよかった。
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