嘘は幸せの始まりか?
結婚相手は次男が良かった。何せ東京に憧れて必死に勉強して田舎から出てきたのだ。大学生活をおう歌し、自立し、恋に落ちる。結婚生活は東京の23区内でのマンション暮らし。もちろん核家族で。夫の両親は田舎暮らしでも構わない。年に数回、挨拶がわりに帰省すればいい。そのために長男は嫌だった。「俺、長男だから親と同居しないと。」なんて言われたら元も子もない。何のために東京に出てきたのかわからなくなってしまう。田舎から出てきて、違う田舎で暮らすことになるなんて考えられない。
「俺、次男なんだ。兄貴は一つ年上でW大学。あと妹が二人いるよ。」確かに彼はその時そう言った。出会ってすぐの頃だったと思う。「へえ~4人兄弟なんだ。」私は小さくガッツポーズをしたかどうかはわからないが、何となくほっとしたのは覚えている。でもすぐに彼の名前に「一」が入っているのに疑問を持って「二男なのに、〇一なんだ。」と指摘したのも覚えている。「兄貴も△一って言って漢字の一が入ってるんだよ。」ほー。そんなもんかと何も疑問に思わなかった。
彼が友達と酔っぱらって電話をかけてきたときも「兄貴に代わるわ。」と言ってお兄さんらしき人から挨拶されたこともある。私は彼が次男だと信じて疑わなかった。
その後お兄様らしき人とは同じ東京に居ながら出会ったことはなかったが、特に疑問は持っていなかった。なんせ私は恋に落ちていたのだ。そんなことなど取るに足りないことだ。今が楽しければいい。
さて5年間の交際を経て結婚することになった。私は彼の住む田舎の両親に会いに行くことになった。たいそうな田舎町で多少驚きはしたが、山に囲まれた村、茅葺の屋根の家、土間のある家屋、優しそうなご両親。たまに帰省する程度なら避暑地も兼ねて楽しそうだなとか思っていた。妹たちも可愛くておばあちゃんも何を話しているか方言が強くてわからなかったがとても善良そうな一家だった。ふとお兄さんの話が出てこないことに気づき聞いてみた。「あの~長男の方は?」と聞いてみると「え?うちは〇一が長男だよ。」????????
それでもすぐにその状況が読み取れず、もしや長男の方はお亡くなりになった?とか何か事情があるのでは?と頭の中でぐるぐる考えていると、お母様に「うちは子供が3人。〇一が長男。その下は妹が二人ね。」そうハッキリと言われたのだ。
その後彼に問いただしたかどうかは覚えていない。ただ当時の私は彼と結婚できることが嬉しくてそんなことで結婚を破談にするつもりもなかったし、東京で生活できるんだし、まあいいか。と自分に納得させたのだ。
しかし、それから10年後、彼が長男だというだけで、この田舎町の山間で彼の両親、祖母、妹とたちとの同居生活が始まった。そしてそれから20年後、祖母を見送り、子供たち3人を自立させ、そして先月彼(夫)を突然死で失った。今は一つ屋根の下、残された彼の両親、妹、私、そして犬一匹、猫二匹、亀一匹と仲良く暮らしている。
今更文句を言うわけではないが、あの時「次男なんだ」と彼が言わなければ、今の私は無かったのかもしれない。さてそれが良かったのか悪かったのか。ただ遺影の中の彼は静かに笑っている。