弁理士という仕事
この記事は、「知財系 もっと Advent Calendar 2021」の記事です。
弁理士という仕事について書いてみました。
1.出会い
「角渕くん、特許があるか調べておいて!」
それは、2008年の春だった。
昨日のことのように、はっきりと覚えている。
東京大学でも一番古いとされる理学部化学科(通称リバケ)の東館。
日本の化学が始まった地である研究室の一室で教授から指示があった。
いま思い返すと、その瞬間が、僕と特許との出会いだった。
当時は博士課程に進学したばかりで、アカデミックで生きていくことを心に決めて研究に没頭していた。
弁理士という資格すら知らなかった僕が、こうして知財系 Advent Calendar
に投稿する記事を書いている未来を、誰が想像しただろうか。
研究室にいた頃から、研究についての論文を調べることが好きだった。
自身の研究分野の論文や書籍を漏らさずにチェックし、いつ、だれが、どういった研究成果を発表したか把握していた。
手先が不器用で、実験が下手だったから、調べることで現実逃避をしていたのかもしれない。
「論文は引用文献(Reference)から書け」と言うのが、研究室時代の恩師の教えだ。
研究は「位置付け」と「意義付け」が命であり、先行する研究の流れを無視して蔑ろにした論文は、論文とは言わないと教わった。
学術論文で、参考文献がないのは、アインシュタインの「特殊相対性理論」の論文くらいだろう。
研究が「独創的」であるということは、先行する研究と比較して初めて意味をなすことである。
何がどこまで知られていたのかいうリサーチなしに、実験をするといったことは許されなかった。
「面白そうだから」ではなく、その研究の「位置付け」を明確にした上で、「意義付け」をしなければ研究として成立しないという考え方。
それは、特許出願をする際に、その発明に対する先行技術を明確にした上で、発明のどこに新規性や進歩性があるの明確にすることと似ている。
研究室時代とは戦う世界が違うが、僕は今でも明細書や文章を書くときには、先行技術を大切にしている。
先行技術を知ることで、従来技術との差異が明確となり、その発明の位置付けと意義付けが、はっきりすることで発明としての価値を最大限に引き出すことができる。
先行技術を知らずしてよい文章、良い明細書を書くことはできない。
2.よろこび
「知らないことを知るということ」
それは、人間にとって、根源的な喜びだと思う。
知りたいという気持ちや好奇心に理由はいらない。
知りたいという気持ちが科学を発展させてきた。
知りたいという研究者の熱意が未知を切り開き、産業を発展させてきた。
子どもの頃、昆虫の図鑑や、宇宙の本を読んで、知らないセカイがあることにときめき、ワクワクしたっけ。
随分と大人になったけど、知ることの喜びはいまでも少しも変わらない。
体は大きくなったが、好奇心は子供のまま。
弁理士になろうと思ったのも、新しい技術を知ることが好きだったからに他ならない。
学生時代に法学部に憧れて法律を勉強したいという夢を、ずっと持っていた。
そういう意味では、「技術」と「法律」に関する弁理士の仕事、そして「調査」の仕事は、僕の天職なのかもしれない。
人生何が起こるか分からないが、よくできていると感じている。
ここでは全てを書くことはできないけれど、弁理士になるのはきっと運命だったと信じている。
知財の仕事は、お金をもらいながら勉強ができて、最新の技術に詳しくなれる。
なんて素敵な仕事だろうと心から思う。
発明相談で新しい技術について、研究者の話を聞くとき、宝箱の中身をこっそり見せてくれるようなドキドキがたまらない。
新しい裁判例が出たとき、なぜそういった判断になるのか、論点を知ることで、実務家として戦略に活かそうと考える企みは、秘密を知ったときの高揚感と似ている。
弁理士になって本当によかったし、調査を仕事とできていることには、感謝しかない。
使える資料を絶対に見つけないといけない無効資料調査、取消を勝ち取らないといけない異議申立、負けることが許されない侵害訴訟、極度の緊張の中、壁を乗り越えることで一歩一歩レベルアップしていくのが、士業の醍醐味だと思う。
「仕事の報酬は仕事である」 というのが事務所の所長の教えだけれど、年を重ねるにつれて難しい仕事の依頼をもらえるとき、僕はそれをチャンスだと考えて全力で取り組む。
3.つながった点
弁理士となり、今になって振り返ってみると、その時々で、いつの日か身になるだろうと信じ、いつも全力で取り組んでいた。
アカデミックでの厳しくも貴重な経験、知財業界でのサーチャーとしての経験、弁理士としての経験が、点と点がつがるようにして(by スティーブ・ジョブズ)、いまの僕が存在していることを実感する。
点と点がつながったのは、決して自分だけの力によるものではない。
恩師の先生たち、日々の業務でお世話になっているクライアントの方々、サーチャー時代に指導をいただいた特許庁の審査官、日頃お世話になっている弁理士や弁護士の先生たち、意見交換や交流をして下さっている特許調査に携わる方々、調査の手解きを頂いた調査の神様のような師匠、事務所の所員、私を支えてくださる全ての方々のお陰で、いまの僕がいる。
僕には、何か特筆して人よりも優れたところがあるとは思っていない。
ただ、チャンスが目の前あるとき、それをチャンスだと捉えられるように準備をしてきたと感じている。
これからも、1つ1つの出会いを大切にして、全力で何事にも取り組んでいこう。
そして、次にチャンスが訪れたときに、それを掴めるように準備をしていきたい。
4.たいせつなもの
「技術」、それが知財実務で一番必要なものだと僕は考える。
「法律」や「調査」はもちろん大切だ。
でも、それはあくまでも「技術」が前提にある。
特許法の目的は、「発明」の保護および利用を通じた産業の発達への寄与。
そして、「発明」とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものであるように、「技術」を根源としている。
知財業界における優秀な法律家ほど、「技術」に正面から向きあい、正確に理解しようとするし、「技術」の本質を見抜く能力に優れている。
新しい「技術」を輝かせることが、弁理士の仕事の醍醐味だ。
「技術」を正確に理解し、一番輝くように「発明」へと昇華させる。
その瞬間に僕は胸をときめかす。
1つ1つの「技術」が、「発明」になるときに立ち会えるって素敵だと思う。
「技術」を理解しようと試みるとき、頭をフル回転させてとことん考える過程を経て、少しでも技術を理解できた時の満足感はかけがえのないものだ。
頭を使って考えた後の、心地よい疲労感が僕は好き。
5.将来のことについて
「技術」を理解して、「法律」と「調査」によって「発明」を輝かせる。
いま僕は、特許の出願権利化、調査、訴訟、無効化の業務を楽しんで行っている。
これからもずっと、そんな風に仕事を楽しめたらいいし、多くの人が同じ喜びや楽しみを味わって、一緒に感動できたらいいなと願っている。
10年後に僕がこの文章を見たとき、同じ気持ちを持っているといいなと感じている。
知財の仕事は、楽しいだけでなく、産業の発達に寄与できるやりがいのある仕事だと思う。
「技術」の本質を正確に理解して、「法律」の専門家としての知識と、「調査」のスキルを武器として、「発明」を輝かせる、それが僕の仕事だ。
「調査」という武器を、知財業界で働く人に配っていくことも、自身の役割であり、ライフワークであると考えている。
弁理士としてこれから出会うであろう多くの技術のことを思うと、胸がときめく。
子どもの頃に、新しいことを知ってワクワクした気持ち、忘れずに持ち続けていきたい。
知的好奇心を胸に抱いて、僕はこれからも弁理士としての仕事を続けていこうと思う。
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