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第2章 8.構成要件の充足性と均等論(後編)

(4)ありがちな「勘違い」

 特許権侵害の判断では、イ号製品の特定や対比、文言解釈の手法、裁判例の理解、出願経過や明細書等の参酌などが求められるため、まさに言うは易し行うは難しであり、口で言うのは簡単であるが、実際に実行することは弁理士であっても非常に難しい。

 以下の図2.14に、特許権侵害の判断において、初心者や知財部員ではない研究者などが犯しがちな勘違いの例を示す。

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図2.14 よくある勘違いの例

 競合他社である第三者が特許権(先願)として、構成A、構成Bを備える装置Cについての権利を取得していたとする。

 自社は、第三者の先願を参考にして研究開発を行い、構成A1、構成B1を備える装置Cについて、構成D1を更に備える利用発明である特許権(後願)を取得した(A=A1、B=B1を充足する)

 まず、①自社が特許権(後願)を保有していることを根拠に、実施品1の製造販売が第三者の特許権(先願)を侵害しないことにはならない。自社特許権(後願)は、構成D1を備えることで新規性・進歩性が認められた利用発明に過ぎないからである。

 また、②自社の実施品1は、第三者の特許権(先願)の構成要件にはない構成D1を備えているからといって、実施品1の製造販売が第三者の特許権(先願)を侵害しないことにはならない。権利一体の原則に従えば、第三者の特許権(先願)の構成要件A、B、Cをすべて充足するので、基本的には(※1)、文言侵害となる。

 さらに、③自社の実施品2として、第三者の特許権(先願)の構成Bとは別の構成に置き換えた場合、以下に述べる通り、均等侵害の可能性があるため、注意が必要となる。

(5)均等論について

 均等論とは、文言上、イ号製品(侵害疑義製品)が特許発明の技術的範囲に含まれない場合であっても、具体的には、特許請求の範囲に記載された構成要件の一部が、イ号製品において異なっていたとしても、特許発明と均等と評価できる場合には特許権の効力が及ぶとする論理である(図2.15、ボールスプライン事件最高裁判決、平成6年(オ)第1083号)。

均等論の趣旨としては、「特許出願の際に将来のあらゆる侵害態様を予想して明細書の特許請求の範囲を記載することは極めて困難であり、相手方において特許請求の範囲に記載された構成の一部を特許出願後に明らかとなった物質・技術等に置き換えることによって、特許権者による差止め等の権利行使を容易に免れることができるとすれば、社会一般の発明への意欲を減殺することとなり、発明の保護、奨励を通じて産業の発達に寄与するという特許法の目的に反するばかりでなく、社会正義に反し、衡平の理念にもとる結果となるのであって、このような点を考慮すると、特許発明の実質的価値は第三者が特許請求の範囲に記載された構成からこれと実質的に同一なものとして容易に想到することのできる技術に及び、第三者はこれを予期すべきものと解するのが相当である」ことが示されている。

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図2.15 均等論について

原則として、対象製品等(イ号製品)が、特許請求の範囲に記載されている構成要素を全て含む場合(構成A+B+C+Dを全て備える場合)、対象製品等は特許発明の技術的範囲に含まれ、特許権侵害(文言侵害)と判断される。

 一方、特許請求の範囲に記載された構成要件の一部に、対象製品等と異なる部分が存在する場合(構成Dが構成D’である場合)、対象製品等は特許権の範囲に含まれないことになる(文言非侵害)。

 ここで、対象製品等が、特許発明の技術的範囲に文言上含まれない中に入らない場合であっても、5つの要件(均等の5要件)を満たせば、特許発明と均等であると判断され、特許発明の技術的範囲に含まれると判断される(均等侵害)。

 均等論は、ボールスプライン事件最高裁判決で、日本において初めて認められ、現在では、この判決を基準として実務が行われており、他の事例にも広く適用されている。

 ボールスプライン事件の最高裁判決では、以下の通り判示された。
「特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場合であっても,
(1)右部分が特許発明の本質的部分ではなく
(2)右部分を対象製品等におけるものと置き換えても,特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであって,
(3)右のように置き換えることに,当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が,対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり,
(4)対象製品等が,特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから右出願時に容易に推考できたものではなく,かつ,
5)対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは,右対象製品等は,特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である。」

 以上の5つの要件、具体的には、第1要件(非本質的部分)、第2要件(置換可能性)、第3要件(置換容易性)、第4要件(非公知技術、容易推考困難性)、第5要件(意識的除外等特段の事情)を満たせば、イ号製品は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属すると判断される。なお、物を生産する方法の発明(イ号方法)についても物の発明の場合と同様に判断される(※2) 。

 近時のマキサカルシトール事件では、本質的部分(第1要件)の認定について、特許発明の従来技術に対する貢献の程度に応じて、本質的部分の認定が変わる旨判示され(知財高裁判決)、また、第5要件(※3)について、「出願人が、特許出願時に、特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる部分につき、対象製品等に係る構成を容易に想到することができたにもかかわらず、それを特許請求の範囲に記載しなかった場合において、客観的、外形的にみて、対象製品等に係る構成が特許請求の範囲に記載された構成を代替すると認識しながらあえて特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していたといえるときは、対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなど特段の事情が存するというべきである」と判示された(最高裁判決)。

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図2.16 均等論の第5要件

 ここで筆者が強調したいことは、均等侵害の判断は、第1要件や第5要件は勿論、その他の要件も含めて、スクリーニング対象となる公報の記載のみからでは判断することはできず、単に一部構成が異なるからと言って、非侵害であると判断することはできないということである(図2.16)(※4)。

 つまり、均等論に限らず、特許権侵害の判断は、クレームの解釈に明るい弁理士や弁護士が判断すべき事項であり、スクリーニングを行う調査担当者が「自分はこう思う」と言って、勝手に主観的に判断をすることが無いよう留意しなければならない。

↓つづき

※1:大谷寛、「イ号製品に含まれる付加的構成の扱い-ソフトウェア関連発明の特許紛争のための指針-」、パテント、Vol.66、No.7、p.5-12(2013年7月)には、イ号製品に構成要件Cを充足する構成cは存在するものの、構成αが存在することにより構成c+αを一体としてみると構成要件Cが文言上は充足されないというケースにおける付加的構成αの議論がある。

※2マキサカルシトール事件、平成28年(受)1242号 平成29年3月24日 最高裁判決


※3:松本健男、「均等論の第5要件と出願時同効材―マキサカルシトール事件最高裁判決も踏まえて―」、パテント、Vol.70、No.9、p.67-74(2017年9月)

※4:マキサカルシトール事件について、本件特許発明は、出発物質を特定の試薬と反応させて中間体を製造し、その中間体を還元剤で処理して目的物質を製造するという化合物の製造方法であった。

 本件特許権の特許請求の範囲には、出発物質等として「シス体」のビタミンD構造のものが記載されていた。控訴人方法では、本件特許発明の試薬及び目的物質に係る構成要件を充足するが、出発物質及び中間体の炭素骨格が、シス体のビタミンD構造ではなく、その幾何異性体である「トランス体」のビタミンD構造であるという点で、本件特許発明の出発物質及び中間体に係る構成要件と相違していた。

「トランス体」については、そもそも明細書に記載されていなかったため、「客観的,外形的にみて,上告人らの製造方法に係る構成が本件特許請求の範囲に記載された構成を代替すると認識しながらあえて本件特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していた」という事情があるとはいえないとして、「特段の事情」の存在を否定して、均等侵害を認めた

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