ラグジュアリーブランドのものづくりを語る。番外編 土屋鞄"ランドセル"
新生活を始める人、新しいことに挑戦する人などそれぞれの節目を迎える時期が今年もやってきました。
春から持つことに大きな意味があるバッグと言えば、ランドセルですね。
子どもたちの小学校生活を見守り続け、6年間使い終わってもなお綺麗な状態で佇むこのバッグは、職人たちの並々ならぬこだわりが詰め込まれています。
今回は、高級バッグの魅力について作り手の視点から語り尽くすシリーズの番外編として、土屋鞄の”ランドセル”について書いていきます。
ランドセルとの関係
2009年4月、私は土屋鞄製造所に職人として入社し、社会人1年目を歩み始めました。
私にとってランドセルは、職人としてのキャリアの第1歩であり、バッグとして完璧だと感じる存在の1つです。
1年間で多くの本数が生産され、それを何十年と繰り返しながら今なお進化し続けるランドセルは究極の完成度に近く、革製品の作り手としてどんなにキャリアを積んでも常に何かを学ばせてもらえます。
土屋鞄を退職して約5年。
自分のルーツであり、今から思えば本当に特殊な作りをしているランドセルという製品を、現在の自分の視点で解説してみたいと思い、土屋鞄時代の先輩に相談したところ、2時間以上に渡ってランドセルの話を聞かせてもらうことができました。
今回お話をさせてもらった野村さんという方は、私が入社してすぐに入った製造チームのリーダーであり、今では誰よりもランドセルを知り尽くしている熟練職人です。
その野村さんの話と、私が改めて感じたことを織り交ぜながらランドセルについて書いていきます。
ランドセル職人の野村さん
良いランドセルとは?
ランドセルがどんな物か説明する必要はないと思いますが、”良いランドセル”とはどのような物なのでしょうか。
私が思う”良いランドセル”は、「子どもたちの心を弾ませるデザインで、6年間毎日使っても綺麗に使い続けられる品質で仕立てられているもの」だと考えています。
ランドセルは子どもが使う物としては重みを感じるバッグになっていますが、それは毎日激しい使われ方をしても形が崩れにくく、壊れないように設計されているためです。
新しい学校生活を控えている子どもたちの気分を晴れやかにし、大人が見ても安心して6年間使えると感じられる”良いランドセル”とは、どのように作られているのでしょうか。
今回は、職人視点のこだわりを中心に「構造」「仕立て」「開発体制」に分けて説明していきます。
構造について
高い品質を実現させる上で重要になるのは、製品構造です。
今回は「かぶせ」と呼ばれるパーツに注目しながら解説していきます。
製品全体を覆う特徴的なデザインで作られたかぶせは、ランドセルの印象を決める顔として大切なパーツです。
開け閉めするたびに負荷がかかるため、上品な見た目を維持しながら屈曲に対して強い構造でなければならないのですが、その優れた構造を見つけ出すために想像を絶する時間が費やされています。
製品の中で一番大きくて顔となるパーツであるが故に、仕様が少し違うだけで製品全体に影響を及ぼします。
革が少しでも厚いと製品全体が重くなり、薄くなってしまうと耐久性が落ちて劣化しやすくなる。
芯材は硬すぎると不自然な折れ目が入ってしまい、柔らかすぎると綺麗なフォルムが維持できません。
仮に革と芯材の最適解を見つけたとしても、次は両方の素材と相性が良い接着剤を用いた適切な接着方法を見つけなければ、繰り返される屈曲に耐えられずランドセルの審美性は損なわれます。
さらに、接着剤は乾燥すると樹脂のように固くなる物からゴムのように柔軟性を保つ物など種類が豊富で、それらの接着剤を何分以上乾燥させて何時間以内にどんな方法で貼り合わせるのが最適なのかを見つけなければなりません。
組み立て方法は無限にありますが、検証作業は1つ1つ正確に実施しなければ意味がないため、ランドセルの構造を熟知している熟練職人が手間暇かけながら膨大な時間を費やして答えを導き出すのです。
小さな試作品なら何千、最終形まで組み上げられる試作品を何百と検証してきたからこそ出せる1つの答えが、ランドセルに使われるすべてのパーツで導き出され、子どもたちの6年間を支えています。
以前解説したバッグもそうですが、完成度の高い製品には最終形だけを見ていては分からない量の時間と思考が積み重ねられており、ランドセルもその1つであると私は思います。
私がobjcts.ioの製品を開発するときも、製品構造にはこだわりを持って取り組んでおり、代表的な製品であるSoft Backpackの独特なくびれシルエットは、バッグ上部と下部で芯材構造を変えることで実現させました。
ランドセルの製造で得られた知識と経験が、いまの自分に影響を与えていることを改めて実感します。
仕立てについて
革製品の仕立てにおいてよく語られることは、「正確に縫われたステッチ」「革パーツに施された美しい加工」「コバの美しさ」が中心になりますが、それらは1つの要素でしかありません。
美しく正確な仕立てにすることで成し得たいことは、製品から凛とした佇まいを醸し出すこと。
野村さん曰く、“良いランドセル”を作るために大切なのは「製品を歪ませないこと」だそうです。
これは一体どういうことなのか。
ランドセルを作る上で最も重要なパーツの1つで、人間の身体で例えるなら骨盤のような存在とされる「前段」に注目しながら説明していきます(画像赤丸部分)。
下の画像をご覧ください。
横方向に入れられたステッチ、ファスナー、ランドセル下部のラインがすべて綺麗に真っ直ぐ整えられ、製品全体に一切の歪みがないのがわかりますでしょうか。
メイン収納開口部分(赤線A)にはステッチが2本並んで縫われており、このダブルステッチを綺麗に入れるだけでも技術が必要なのですが、そのステッチから下に向かって入っている赤線B、C、D、Eの横ラインすべてが真っ直ぐになっているという正確無比な仕立てには畏敬の念を抱きます。
さらに、上の写真の縦方向に入れた緑線Fに注目してください。
ランドセルの骨盤にあたる前段両サイドの縦ラインと平行するように、ランドセルの顔となるかぶせが真っ直ぐ取り付けられているのがわかりますでしょうか。
横方向のラインを整えることで、骨盤から上に向かって伸びる背骨のように縦方向のラインも美しく整えられているのです。
これが、凛とした佇まいの正体です。
歪みのない製品を作るのは、真っ直ぐ綺麗にステッチを入れたら良いなどの単純な話ではありません。
革の裁断から組み上げ作業までの全工程で、卓越した技術と経験によって支えられる正確な作業を1つ1つ積み上げていくことで初めて成せる芸当です。
この領域に達する製品の製作に携わったというのが、私の作り手としての強みになっていることは間違いありません。
開発体制について
ランドセルのような製品がどんな人たちによって開発されるのか、その一端について説明します。
美しいバッグを生み出すためには製品構造、製法、使う道具や機械、生産現場の流れに至るすべての事情を理解できる人が必要不可欠です。
今回お話を聞かせてもらった野村さんも生産現場で経験を積み、チームを率いるリーダーとして生産全体の流れを管理する立場に何年も携わったのちに、製品開発者となっています。
生産の現場で身につけた技術と経験を元に開発をし、開発の現場で見つけた新たなアプローチを生産の現場へ還元しながらその感触を確かめてまた開発に活かしていく。
とめどなく流れる技術と経験の循環が製品の完成度を高めていきます。
生産者と開発者が積極的に意見を交わし、両者のバランスを調和しながら理想的な製品を目指していくこと。
こういった姿勢でものづくりに取り組める人がいるブランドの製品は、きっと素晴らしい物になる、と信じています。
現在の私は企画者、デザイナー、開発者、生産者に至る全ての領域を横断するように携わっていますが、業務の境界線を超え、視野を広げながらものづくりに携わろうとする姿勢は、土屋鞄のものづくりの姿勢から影響されたものなのかもしれません。
自分のものづくりを見つめる
春になったということもあってランドセルに向き合ってみましたが、いまの自分だから感じ取れることがいくつも見つかり、身が引き締まる思いです。
私は、いくつもの新製品の開発と生産を同時並行で進めていく日々を過ごしていますが、改めて使い手にとって魅力的で永く愛される製品を作るために1製品ずつ惜しみなく時間を費やしていこうと心に誓いました。
改めまして新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。
のびのびと健やかに学校生活が送れることを願っております。
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