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ショートショート「犬の気持ち」

日課の散歩に出ている。日課といっても僕は散歩が好きじゃない。散歩が好きなのは右手で持つ紐先にいるコタローである。

いや、本当にコタローが散歩が好きかだなんて知る由もない。お父さんに「犬は散歩させるものだ。散歩させるのは若者の仕事だ。だからコウタ、お前が毎日散歩に連れていけ。」と、理不尽な三段論法で命じられたから僕は毎日散歩に連れ出している。

せめてコタローが散歩好きか分かればいいのに。そんなことを毎日考えていた。好きなら好きで散歩の何が楽しいか聞いておきたいし、嫌いなら僕は日課の散歩をやめたい。

今日は本当に何もない一日だった。良いことも悪いことも何一つない、平凡すぎて逆に珍しい日だった。何か一つぐらい何か起こることを期待してしまっていた。

「コタローと話せたらなぁ」

気付いたら口に出していた。内心慌てつつ冷静に足を止め、周囲を落ち着いた表情で確認する。よかった誰にも聞かれていないようだ。

『おい、コウタ!コウタ!』

どこからか僕を呼ぶ声がする。今度は慌てて周囲を確認する。

『どこ見てるんじゃ。下じゃよ、下!』

足元にいるコタローがこちらを見ている。不思議と目が合っている気がする。

『そうじゃ、今目が合っているわしじゃよ。コタローじゃ。びっくりするのもわかるが、お前さんが言ったんじゃよ、「コタローと話せたらなぁ」って。何を話したいんじゃ。何でも聞くぞ』

おかしい。冷静に考えて犬のコタローが話しかけてくるわけがない。

そうか、ドッキリだ。

テレビかYouTubeかは知らないけど、晒し者にされるのは嫌だ。一日何も刺激が与えられなかった脳をフル回転させて、一言呟いた。

「これ、ドッキリだなぁ…」

決まった!ドッキリ掛けられたときのタブーはドッキリだと指摘すること。出川哲郎もテレビで言っていた。これなら企画倒れ間違いなし。仕掛け人が残念な顔をして出てくるに違いない。

『いや、ドッキリとかじゃなくて。ガチなんじゃ。カメラ探しても出てこないんじゃって』

おかしい。また声が聞こえてくる。ドッキリではないのか?ドッキリがまだ終わっていないのか?これはもう一展開あるのか?よし、企画をあきらめてもらうためにもうひと踏ん張りだ。

「モニタリングだからドッキリではないのかなぁ…」

今度こそ決まった!

『モニタリングは人間観察バラエティだからドッキリじゃない、とかじゃなくて、本当にワシ、コタローが喋ってるのじゃ』

はっきり言ってしつこい。もうやめてほしかった。何かに巻き込まれて、知らない誰かに笑われるのはごめんだ。もう気付かないフリをしよう。それで後からネタバラシされたら、素知らぬ顔をするんだ。これで企画をボツにできる。

僕は再び歩き始めた。僕は何者にも干渉されない一人の人間として。コタローはその場に佇もうとしている。

そんなことは関係ない。誰の言葉も関係ない。僕は僕の意思で力強く一歩を踏み出すのだ。



『話したいって言ったのそっちじゃからな?』





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