短編小説【オトコイ】
生涯、弟に恋した________
五つ上の姉の物語__________。
市役所で、勤めている明海(あけみ)は、
真面目で、無口…
容姿は、無造作に長い髪をただ一つに束ねて、眼鏡をかけている。
ファッションも、お洒落に興味なく、
地味で無難な服を着こなしている。
これと言った、趣味も無く、
話題の音楽や、映画等にも一切興味がない。
何度か、言い寄って来る男性は、いたが…
明海の方から、断っている。
恋愛というか、男性に興味なく…
そのためか(?)
生まれて一度も、彼氏がいない。
しかし、明海は嘘をついていた。
本当は、男性に興味ない訳ではない!
一人…ずっと…片想いのヒトがいる…。
弟の智軌(トモキ)だ。
風貌は、高身長イケメンで、性格も礼儀正しく、優しくて…
若くして、デザイナー事務所を経営している。
そのためか、かなりモテる。
幼い頃、両親を亡くし…
常に、二人で、生きて来た。
社会人になった今も、アパートの一室で、
二人で、生活している。
本日も、向かい合わせで、夕食を食べていた。
明海の心境は、ドキドキである!
チラチラと、バレないように、
大好きな弟を見る。
その智軌が、口を開く。
「そう言えば、姉さん来週、誕生日じゃん?フレンチ予約したんだけど、空いてる?」
突然の嬉しいサプライズに、動揺する。
「えっ!、あ、う、うん…いいの?」
「勿論。これ位しか祝ってあげれないけど。」
「嬉しいよ。」
平然を装っている明海だが、
内心では、ザルを持って踊っていた。
智軌は、話を続ける。
「姉さんには、いつも感謝しているよ。毎日美味しい料理を作ってくれて、本当ありがとう。」
頬を赤くして、あまりの嬉しさに、言葉が見つからなかった。
(なんて良く出来た弟なの!)
ますます弟に惚れていった。
しかし!!
そんな優秀な弟だが…唯一、女を選ぶセンスだけは…
なかった…。
家のチャイムが鳴る________。
ドア越しで「トモ君!トモ君!」と叫んでいる声は、
インターホンで確認しなくても、すぐわかる…。
そう!弟の彼女…亜沙美(あさみ)だ…。
明海は、玄関先で、「こんばんは亜沙美さん。」と、
挨拶するも…
一切スルーして、ブーツを雑に脱ぎ捨て、
「お邪魔します。」の一言も言わず…
ドタバタと、智軌の所に駆け寄った。
こういう常識外れの女を、彼女にする傾向がある…。
「やぁ。亜沙美ちゃん。今日は、どうしたの?」
智軌の問いかけに、ぶりっ子のような口調で、
こう応えた。
「トモ君に会いたくてさぁ~…次のデートまで、我慢出来なくて、来ちゃった~!」
「そうなんだ。ありがとう。夕飯は食べた?」
「食べてない~。」
「良かったら、食べて行ってよ。姉さん良いでしょ?」
全然良くないし、早くこのバカ女と別れて欲しいが、
可愛くて、大好きな弟のタメ!
コクリと頷き、渋々、亜沙美の分を用意した。
ところが…。
亜沙美は、首をかしげて、こう言った。
「うーん…カルボナーラ食べたい!お姉さん作って!」
「は?」
思わず、声に洩れてしまった。
いくらなんでも、非常識過ぎる…。
しかし、弟の手前、面子を守り、冷静に口を開く。
「ごめんなさいね。材料無いの。」
亜沙美は、髪をくるくる弄りながら、
こう答えた。
「じゃあ買って来て。」
その一言で…
さすがに、明海の堪忍袋の緒が切れた…。
口調を荒くして言う。
「そんなに食べたければ、外で食べれば良いじゃない!」
智軌が口を挟む。
「姉さんごめんね。俺、材料買って来るよ。」
弟は、優し過ぎる性格だから、
いつも、彼女に振り回さられる…。
だから、こういう女が調子に乗る!
弟に免じて、仕方なく…明海が買いに行くことにした。
スーパーは、車で三分位の所にある。
わずか、十分で買い物から帰って来た明海に対して、
亜沙美が、信じられないことを口にする!
「お姉さん、もう帰って来たの!?せっかくトモ君と二人きりになれたのに…。」
(テメエがカルボナーラ食べたいっていうから、わざわざ買って来た挙げ句…邪魔者扱いかい!!)
明海のはらわたは、煮え繰り返っていた!
さらに、亜沙美は、火に油を注ぐ…
「そう言えば、お姉さんっていつも家に居るけど、彼氏いないんですか?」
「うん。いない。」
「顔も服も地味だし、お姉さんモテなさそう…。」
料理中の手がピタッと止まり…
持っていた包丁で、この無神経女を刺そうか…
本気で思った…。
今の亜沙美の発言に、智軌が怒る。
「姉さんに失礼だよ!謝って!」
「え~!私、なんか悪いこと言ったぁ?良くわからないけど、お姉さんゴメンね~。」
(そんな謝り方、かえってムカつく!)
怒りをこらえ…そうこうしている内に、カルボナーラが出来上がった。
心境は、毒でも盛ってあげたかったが…
机の上にドン!と置き、
「ごゆっくり!」と言って、気を使って、別の部屋に行った。
数分後_______。
バカ女の大きな笑い声が、筒洩れで聴こえてくる。
耳障りだ!
「気にしない!」と思えば、思う程…
キャンキャン甲高い声が…耳に入ってくる…。
イヤホンを着けて、音量をあげて
音楽を聴きながら、弟の写真アルバムを見た。
産まれたばかりの零歳から、
思春期…成人式…画像の弟に見とれ…
すっかり、気分も晴れてきた。
心地よいクラシックを聴いていたためか、
途中で、寝落ちしてしまい…
ハッと…気がついた時には、夜の十二時半を回っていた。
バカ女がいたリビングが、やけに静かだった。
(帰ったのか!?)
恐る恐る、部屋を覗くと、弟しかいなかった。
明海に気づいた、智軌は、謝ってきた。
「ごめんね姉さん。数々の彼女の無礼…。」
「何も、アンタが謝らなくても…私こそ、大人げない態度とって、悪かったよ。ごめん。」
一週間後_________。
待ちに待った!
弟とフレンチレストランに行く日だ。
店に着くと、一足先に弟が、ビシッとスーツ姿で、
待っていた。
細身の体に、スーツが良く似合い、カッコいい!
「お待たせ。こんな高級なお店、ありがとう。」
弟は、封筒を渡しながら、こう言った。
「姉さん誕生日おめでとう。プレゼント何買っていいかわからなかったから…これで何か好きな物買って。」
中を見てみると、十万円も入っていた!
気が引けて、呟く。
「こんなに…悪いよ…アンタには、毎月充分過ぎる生活費もらっているし…。」
「いいの!いいの!子供の頃から姉さんが、一生懸命俺の面倒見てくれて、今でも感謝している。だから遠慮なく自分のタメに使って!」
「ありがとう…。立派な弟持って、私嬉しい。」
「こちらこそ、尊敬できる姉がいて嬉しいよ。」
感動しながら、コース料理の前菜を食べた。
そこへ、ボーイがやって来た。
食事中の智軌に問いかける。
「あのう。お連れ様が、お見えになられてますが?」
「連れ?」
(嫌な予感がする…。)
案の定…的中する…。
手を振りながら、近づいて来た…。
相手は…
亜沙美だ…。
智軌が、呟いた。
「あれ?今日は、姉さんの誕生日だから、会えないって言ったよね?」
「水くさい!私も一緒に居ても良いでしょ?」
智軌は、明海の様子を伺う。
それを察知して、大人対応しなけゃいけないと思い、
愛想笑いで、応えた。
「ご一緒にどうぞ。」
「ヤッタァ~!」と大きな声で、両手をあげ喜び、
回りの客は、クスクスと笑っていた。
しかし!問題が生じる…。
運ばれて来たエスカルゴ料理を見て、
「キャーーーーーー!!カタツムリ…キモーい!!」
と店中に、響き渡る喚き声を発してしまい…
智軌と明海まで、居づらくなり…
お店の方に、良く謝り、店を後にする。
悪びれた様子がない亜沙美の無神経さは、
まだ続く…。
「これから、イタリアンでも食べ行こうよ~。」
さっきの非常識さに、さすがに智軌も、怒り、
冷たい口調で、こう告げた。
「悪いけど、今日は姉さんの誕生日だから…帰ってくれないかなぁ。」
亜沙美が反論する。
「姉さん姉さんって、トモ君シスコンなの!?私とお姉さん…どっちが大切なの!!」
「両方大切に決まっているじゃん!」
「わからない!トモ君の言っている意味わからない。」
ビンタする勢いの明海だったが…
寸止めして、囁いた。
「だったら、弟と別れて頂戴!他にあなただけを想ってくれる男性に行けば良いじゃない!」
明海は、せっかく弟が、自分のタメに予約してくれたフレンチレストランのこの日が、凄く待ち遠しかった…なのに、全て、亜沙美にぶち壊され…
悪びれた様子もない態度に、心底別れて欲しかった。
涙を流し、スタスタ一人、家路に向かった…。
智軌が追っかける。
「姉さん…これから、家でやり直さない?誕生日会。」
「あの子…いいの?…。」
「うん。」
何らかんら言って、亜沙美がついてきた!
そして、二人に謝る。
「今日は、本当にごめんなさい。レストランも私のせいで…出るハメになっちゃったし…お姉さん…本当すみませんでした。」
「もういいわ。頭を上げて。」
智軌は、冷蔵庫から、缶ビールを三本取り出し、
「姉さん、改めて誕生日おめでとう。」
智軌の声に連れて、亜沙美も「おめでとう。」と言った。
照れながら、明海は、口元を緩み、笑顔で応えた。
「ありがとう。何かおつまみ作るね。」
「お姉さん良いから!今日誕生日なんだから、じっとしてて!私が作るから。」
「は?あなた作れるの?」
「任せてください!」
自信満々に、台所に立ち、冷蔵庫を物色。
豆腐を取り出し、ただ小皿に移しかえて、
どや顔で言った。
「冷やっこです。」
クスクスと笑いながら、呆れた面持ちで、食べた。
そこへ、家のチャイムが鳴る___。
(誰だろう?)
その来客は、土足で勝手に入って来た…。
容姿を見た瞬間…
智軌と明海は…凍りついた…。
「久しぶり…。」
その来客の問いかけに、フリーズしたまま、
何の反応もせず…二人共、顔色も悪くなってきた。
?状態の亜沙美は、智軌に「誰?」と聞くが…
怯えた様子の智軌は、口を開こうとしない…。
今度は、明海に問いかける。
しばらくの沈黙の後に、ぼそっと呟いた。
「一番上の姉…。」
「えっ!まだ…お姉さんいたんですか?確か二人姉弟だって…聞いてたんですけど?」
明海は、目も合わせず、その一番上の姉に、問いかける。
「何しに…来たんですか?…。」
「ちょっと、お金借りようと思って。」
「いくら…ですか…。」
一番上の姉は、まだ怯えている智軌に近寄り、
こう言った。
「智軌、いい男になったね。そんなに怖がらないでよ…。血の繋がった姉弟でしょ?」
明海が守るように、割って入る。
「今さら姉ヅラしないで下さい!あなたと血縁関係は、もう無いんですから…お金に困って、私達に頼るのやめて下さい!」
「あなたに頼んでないわ…私は、智軌に聞いているの。」
「いくらですか…。」
「智軌!ダメだよ、お金なんか渡しちゃ!」
明海が、叱る。
一番上の姉は、智軌に囁く。
「百万。」
無言で、頷き、智軌が答えた。
「分かりました。明日、朝一番に取りに来て下さい。」
「ちょっと智軌!!」
明海の口調が荒くなる。
明海の制止を無視して、話を続ける。
「百万は、差し上げます。その変わり、完全に縁を切って、二度と僕達の前に現れないって…約束して貰えますか?」
「いいわよ。」
一番上の姉が、亜沙美と目が合い、問いかける。
「ところで、アンタ誰?」
明海が、その問いに答えた。
「智軌の彼女の亜沙美さん。」
亜沙美を見下した様子で、呟いた。
「ふーん…。」
その態度が、気に入らない亜沙美が反論する。
「何ですか!何か私じゃ不満なんですか!?」
「別に…。」
一番上の姉は、もう一度、智軌に振り返り、
「じゃあ、明日、お金取りに来るから」と告げ、
去って行った。
ようやく…落ち着きを取り戻し、明海が、
弟を庇う。「大丈夫?」
「うん…。」
亜沙美が二人に呟く。
「感じ悪いあの人…。」
明海は、一番上の姉について、ゆっくり語り出した。
「長女のゆかり姉さんは…中学生の時、まだ智軌が、
幼稚園の頃に、レディースに入って、総長になったの…。」
「怖っ!」
「かなり荒れていて…幼い智軌は、トラウマになったの…。私達は、姉に内緒で、逃げるように、引っ越したの…。」
翌日__________。
銀行で、お金を卸して、約束通り百万円を用意した。
明海は、仕事を休み、一緒に立ち会った。
智軌と明海が、横並びに座り、
対面に、ゆかりが腰を下ろして、
智軌が重い口を開きながら、現金が入った封筒を渡した。
「確認して下さい…。」
ゆかりは、百万円の束を、そそくさと、バッグにしまい込み、こう言った。
「ありがとう。助かったわ。智軌…私は、今まで、姉として、何一つ…何もしてあげれなかったわ。今さら、姉貴ズラするのは…虫が良いかも知れないけど、もう一度…智軌と向き合いたい!ダメかなあ?」
明海が怒鳴る。
「二度と私達の前に、現れない約束でしょ!とっとと帰ってよ!!」
ゆかりが、明海を睨み、逆切れする。
「アンタは、昔から、うるさいねぇ!」
智軌が、仲裁に入り、こう告げる。
「ごめんなさい。自分は、ゆかり姉さんと…歩み寄る気持ちがありません…。」
ショックだったのか…ゆかりは、淋しそうに呟いた。
「そっか…わかった…。元気でね…。」
そう言うと、席を立ち、足早に帰って行った。
二人は、安心した様子で、顔を合わせた。
それから二週間後のある日______。
またしても、ゆかりはやって来た…。
明海の表情が、険しくなり、怒鳴る。
「何しに来たの!約束が違うじゃない!!」
気の強い性格のゆかりは、いつものように、
言い返さず、何か切羽詰まった声で囁いた。
「私…旦那のDVから逃げているの…行く所がなくて…お願い…。ここに泊めさせて…。」
良くみると、あっちこっちにアザがある…。
しかし、同情せず、明海が、キツく告げた。
「知らないわよ!帰ってよ!!警察呼ぶわよ!」
泣きながら、ゆかりは訴える。
「本当に…最後のお願い…。助けてよ…。」
明海は、自分の財布から、一万円札を三枚取り出し、
「これ…あげるから…ビジネスホテルに泊まって…。」
「お金は…これ以上、受け取れない…ご飯も何も要らないから、この家に居させてよ。」
「ダメ!絶対ダメ!!とっとと出て行って!!」
さらに、泣きわめき、ゆかりは、智軌に訴えかける。
「智軌!!お願い!助けてーーーーー!!」
「…弁護士紹介して…離婚の手続きとか…協力するけど…この家に居させることは…出来ません。」
「そんなこと言わないで…頼むよーー!」
明海が、このままだと埒が明かないと思ったのか(?)ある提案をする。
「わかったわ。この家に泊めさせてあげる。私と智軌が、ビジネスホテルにしばらく滞在するわ。それで良いでしょ?」
「そんなのお金が、無駄になるじゃない!」
「あなたと一緒に住む位なら、その方がマシだわ!」
ゆかりは、智軌の足にしがみつき、
必死に訴える。
「お願い!一人で不安なの!智軌!側にいて!!」
観念したのか…智軌が、首を縦に振る…。
「わかったよ…。」
「ちょっと智軌!?アンタ…何言っているの?」
納得がいかない明海は、智軌を睨み、そう言った。
「ありがとう!ありがとう!」とゆかりは、智軌の手を握り、深々頭を下げた。
明海の了承を得ていないのに、勝手に居つわる態度で、リビングのソファーに寝っ転がり、こう言った。
「今日から、ここが私の寝床ね!それとも智軌のベッドで、一緒に寝ても良いわよ!」
「何バカなこと言ってるの!!」
その日の晩_______。
浴槽に浸かっている智軌に…
ゆかりが入って来た!!
智軌は、動揺して…背中越しで、問いかけた。
「な、何ですか…?」
「智軌、背中流してあげようか?」
「結構です!」
「遠慮しなくて良いのに。」
「してませんよ。とにかく出て行って下さい!」
明海が、やって来て、ゆかりを引っ張って、
「ちょっと!何しているの!!」と言って、
リビングに引き戻した。
そして、最終宣告を告げた。
「大人しくしていないなら…本当に出て行って貰うよ!」
「ハイハイ…。ところでアンタ…」
「何よ?」
「異常に、智軌に、執着しているけど…男として…智軌のことを見ているでしょう?」
図星だったタメ…言葉が濁る…。
「そ、そんな訳ないでしょ!」
しかし、ゆかりが、とんでもないことを口にする…。
「隠さなくても良いよ。私…智軌のことを男として見ているし…隙があれば、ヤろうと思っているから。」
「…!!」
「ふざけないでよ!智軌をそんな目で見ないでよ!」
「別に、ふざけてないけど!私は、本気だけど。」
「それじゃあ…智軌目当てで、再びこの家に、足を踏み入れたわけ?」
「困っていることは、本当!」
「とにかく、智軌に指一本触れたら、即警察呼ぶから!」
「お前に、そんな権限あるのかい?」
「…。」
何も知らない智軌が、風呂から出て来た。
智軌の下半身を凝視して…
ニヤリと、ゆかりは、不気味な笑みを浮かべ…
何かを企んでいる様子だった…。
そして、意外な結末を迎えることを___
この時、智軌は、まだ知らない______。
この物語はフィクションです。
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