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「そこそこできる」から「なんでもできる」へ

書く習慣チャレンジ1ヶ月実行中です!

どんどん空気が秋めいてきて、外を歩くのにとっても心地良い風と陽射しこの感じの季節がとっても大好き!!

さて、昨日はどちらかというと得意ではないと思われるWebについての作業してました。

Webのお仕事をしていて、ホームページの作成をしてもらった友人が、セキュリティのことで確認するために来てくれたのです。実は色々わからないことや自分の頭では整理できないことなどがあったので、まさにナイスタイミング!ということでいろいろ相談をして作業タイム。

セッションやお申し込みについての流れなどをスムーズにしたいと思っていたこと。そのあたりもちゃんと出していこうと、どう表現して繋げたらよいのかを自分で数ヶ月、右往左往しながら進めてきて出てきた疑問や違和感たち。

ホームページとかページを作ることや、様々な種類のツールがあるけど、そもそもどんなしくみになっているのか、ハテナだったことをアウトプット。

話していると、整理できてくる。自分が何に迷い、どうしたいのかしたくないのか。どんな傾向性かってこととか…

いつも割と、どんなことでも、「これをやって、あれをやるといいよ。」そうアドバイスされたことをなるほど!って素直に言われたまま、「これ」と「あれ」をとりあえずやってみよう!といいながら、とことんやってみる性質。

それも人にあまり聞かずに調べて調べて…。で、結果的に、割となんとかできてしまうタイプ。

そして、できてしまってから、全体をみて色々気づいたりすることが多い。あれ?これやってみたのはいいけど、余計に作業増えるんじゃない?あれ?と違和感みたいなことってよくあるのです。

うぉー時間を返してください!と思ってしまうぐらい凹むこともある。

でも、ゆっくり考えでみるとこれって必要なプロセスで、使わなかったとしても、その方法は取得できたこととか、煮詰める作業ができてるので、次へ進むのは素早くできているという状態だったり…

そう、やれば割とできてしまう。
「それなりに」「そこそこできる」

よく、「なんでもできるよねー」と言われるけど、自分では「そこそこできる」と自覚していることに気づく。そして、自分はそれより「これしかできない」みたいな個性極まるものに惹かれていることがわかる。

どこかで唯一無二とか、極まるものへの憧れを抱き、自分にしかできない何かを追い求めていることとか。唯一無二だけが素晴らしいのではなく、よく見てみると、自分にはもうすでにあるのに、持っているのに。

そして、「そこそこできる」を「なんでもできる」に変換すると、印象が全然違う。

すべて自分の中での評価、比較や過去からの思いこみ、データで瞬時に選択してしまうだけ。

「なんでもできる」に変えて言うだけで、コトダマとして、言葉のエネルギーとしても全然受け取りが違うものになる。 

これからは「なんでもできるんです、私!」に変換決定。そして、Webにまつわることも、ツールを変えても一度自分でやり直してみることに…笑

書いてると、先日天国に逝かれた
アントニオ猪木さんのことばを思い出す。

「元気があればなんでもできる!!」




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