「自死」「自殺」についての自論と、「精神的寿命」を伸ばすものに必要なものは何なのか。
皆さん、こんにちは。こんばんは。
本日も記事を見に来てくださっている方
あるいは、初めましての方も
心より感謝申し上げます。
今回は、「自死」「自殺」をテーマに
お話ししようと思っております。
気持ちが沈んでしまう方や感情移入の激しい方は
どうか、本日の記事はお控え頂いても構いません。
ただ、共感はしていただける内容
ではあると思います。
皆さんに共有はしたいという想いがあって
こうして記事にしている訳ですので。
なるべく柔らかくして、皆さんに寄り添いながら
書き進めていきたいと思います。
さて、皆さんは、日本という国に住んでいて
自分は「幸せである」と感じている人は
どれくらいいますか?いると思いますか?
日本は先進国であり、
蛇口がひねれば飲める水が出てきます。
教育機関も充実していて、
最低限度の暮らしは確保されています。
他国から見ても、おそらく
「幸せ」そうに見えていると思います。
実際、我々が当たり前に感じていること
していることは、非常にありがたく
思わなければなりません。
それでもなお、日本では
自殺率がワーストに入るレベルで
高い数値を出している。
という現実を私は聞いたことがあります。
幸せに気付くことが
出来ていないからでしょうか?
幸せを感じることが
出来ていないからでしょうか?
仕事や病院でもメンタルヘルスの質問事項に
「あなたは幸せであると感じますか?」
「自分の存在を認められていますか?」
みたいな質問って、たまにあるじゃないですか。
あれって、実際どう思います?
実は、私は「死にたい」と思ったことがあります。
そんなことを言うと、周りの大人たちは
「そんなこと人生で何回もある」だとか
「そんなこと私もある」だとか
きっと思っていると思います。
「人生はそんなことの繰り返し」だと。
それに乗り越えてこそなんだと。
強くないと生きていけないぞと。
そして、周りの若い子たちは
「大人になっても、そんな感じなんだ」
と悲観的になる子もいるかもしれません。
「私はポジティブだから大丈夫」
と思う子もいるかもしれません。
でも、どっちにしても大丈夫。
私は今、生きているから。
そして、少しでも後世や未来を
明るく出来るように生きているから。
私は「死にたい」と思うことは
学生の頃からも大人になってからも
本当に多くあったけれど
軽い感じで思うこともあれば、
深刻に思うこともありました。
深刻に思ってしまっていた時は、
あれは自分ではなくて、
魔物に取り憑かれていたのでは?
と思うほどでした。
踏切の前で、何度も、何度も
想像の中で自分が列車に轢かれるのを見ました。
心で何度も自分を殺しました。
どこからか、踏切内に侵入できないだろうか
と思いつつ、それだけで時間が経ち
日が暮れては、何度も電車が通り過ぎていき
ついには、「死ぬ」ことさえも出来ませんでした。
「生きる」ことさえも上手く出来ないから
だから、逃げて、逃げて、逃げ続けた果てに
「死」にたどり着いてしまったのに
そこからも逃げ出してしまったのです。
死んでしまったら、
「きっと両親に怒られるだろうな」
その気持ちで、今まで私はずっと
苦んできたのにも関わらず…
皮肉にも、その気持ちが私を救いました。
両親への恐怖が私を生かしていて
超えてはいけない一線を越えずに
済んでいるのだと感謝しています。
最近、松戸市で女子高生が2人で
自死したニュースを目にしてしまいました。
同時に当時2人が
配信していた映像が流れてきました。
人が死を目前にした時の声や表情
そして感情や死んだ瞬間の音。
全てを見て聞いてしまいました。
そこで「メンタルが弱い」
という書き込みを見ました。
私は、それを見た時に心が痛くなりました。
本当に弱かったら、
死ぬことさえも出来ないんだから。
私のように死からも逃げ出す人もいる中で
「彼女たちはとても強いじゃないか」
と思いました。
決して「自殺」を肯定してはいません。
でも、彼女たちは
方向や方法は間違ったけれども
「怖い怖い」と怯えながらも
「2人で手を繋げば、大丈夫だから」
と最後まで、他人に優しい心を持って
「ごめんなさい」と言いながら…
「死」というものに立ち向かえるほど
強いではないじゃないか。
私はそれすら出来なかったのだから
と自然と涙が出てきました。
きっと、正しい方向で、方法を選択できれば
きっと、彼女たちには
私なんかより輝かしい未来があったはずだから。
「死にたい」だなんて、
本気で思って死ぬ人なんか
きっと誰1人としていないのだと思います。
逃げて逃げて、もう行き場のない先に
待っているのが死であって
死に向かえる人もいれば
そこへ向かえない人もいる。
病魔に襲われて、体が虫歯回れて、
弱って死んでしまうように。
心が悩みに襲われて、壁に覆われて、
行き場のない中で死んでしまうように。
病死と自死とは何が違うんでしょう。
生きたくても、生きていけない人もいる
という台詞を良く耳にしますが
いや、私だって生きたいけれど、生きていけないんだ
と心の中で反論したことがあります。
ただ、気付かれにくいだけです。
その気付かれにくいものだからこそ
しっかりと目を向けて、寄り添っていくべき。
いや、寄り添って欲しいと思っている自分が
心の中にいるだけかもしれないけれど。
私は、綺麗事ではなく
「1人でも多く精神寿命を長く、幸せに生きられる」
そんな世の中に少しづつでも
なっていけば、良いと思っているし
私自身も、そんな世の中を創造していきたいです。
今の日本は平均寿命は上がっているし
身体的な病気になっても、治る確率は
医療の発達で上がっています。
でも果たして、精神的な寿命はどうでしょう。
「社会人として自立して働き稼ぎ生きる」
そして、そこに幸せを感じながら。
これを確立する為には一体、
何が必要なのでしょうか。
確実に分かるのはAIや技術といった
無機質なものではなくて
紛れもなく「人と人の繋がり」
そして「人のぬくもり」から生まれる
ナニカなのであると思います。
▶︎簡潔プロフィール
親族コミュニティ運営担当 芙優(ふゆう)
「おとなの保健室」保健委員長
1998年4月16日生 / A型 / 神奈川県在住
【活動団体の理念】
人と人の繋がりで生まれる
幸せと幸せを与える幸せを築いていく💞
◎親族コミュニティ活性化事業
親族との縁や繋がりを大切にしながら、それぞれが日常的に、助け合いや支え合いが出来るコミュニティへの活性化を促す。
⭐️期待される効果⭐️
→高齢者の孤立化や緊急時の対処の簡易化
→家族の枠組みを超えた繋がりによって、相談できる人を身近に作ることが期待される。
◎おとなの保健室を作ろうプロジェクト
トイレで体の要らないものを排泄物として出して、スッキリするように、「保健室」で心の毒を出してスッキリしよう。大人でいることを休める場所。人のぬくもりに守られる居場所作り。
⭐️期待される効果⭐️
→社会人として働ける心身の健康を守り続けることで、企業としても個人としても生産性を維持する。または上げていく。
→金銭を気にして病院に行けない、行けなくなったなどの理由で孤立したり自死する人の防止。
→「〜しなきゃいけない」「〜してはいけない」公的な場では抑えている欲などを抱え込ませずにケアすることで性犯罪などの防止に繋げる。
代表の連絡先💌
tsunagu.4you@gmail.com