ツナえもん飯 ~口説いてくれない3高男性の場合~

 たまたま「女くどき飯」というDVDを見て「なにこれ面白い! 私もやってみたい!」と思ったあたりに、タイミングよく彼から連絡を頂いたことが事の発端だ。
 「女くどき飯」とはデート企画に応募してきた男性と作者がデートし、その男性の口説き方に関する感想を綴るというものである。

 話は少し遡り、私がTwitterで「女の子以外からDMが全くこないw」と呟いたことから始まる。

 Twitterという独特の世界では「女性アカウントは男性アカウントからDMがくる」という都市伝説を耳にしたことがある。
 これについては友人達とも話したことがあるのだが、ドラ●もんアイコンにしている私が「女性以外から全くこないんだけど?」と言えば、の●太アイコンにしている友人は「むしろ全くこねーよ!」と言い、「私もですよ! 全く着ません!」とジ●ジョアイコンにしている友人も言う。

 私達は三人で顔を見合わせ「なんでだろうね?」と言い合った。こんなにも面白いというのに……。

 逆に「見て下さいよ~w」と気持ち悪いDMを見せてくれた女性は、女優やモデルなどのキラキラした女性のアイコンの子だ。
 なるほど、これがTwitterの闇か……なんて思いながらも、そんなことはどうでもいい。ドラ●もんアイコンである私をなんと彼は誘ってくれたのだから。

 「勇気出してDMしてみました!」と送られてきたDMにはとても好感が持てる。だって勇気出してくれたんですよ?
 そこから食事に行く流れになり、私と彼は恵比寿で初顔合わせすることになる。


* * *


 当日、待ち合わせ場所に向かう私はあることを考えていた。
 彼とは顔写真を交換したわけではないが、LINEのアイコンが写真だったのでどういう人であるかは把握済みである。
 そして私は何度もそのアイコンを眺め、思う。

 これはとんでもないゲイ受けする男性がくるのではないか、と。

 はっきりとした濃い顔立ちに、180cm越えの高い身長、そしてバスケット経験者のガッチリ体型――もうこれを文章化しているだけでも、凄まじいゲイ臭を感じている。
 どうしよう、私ゲイじゃないけど、その雄っぽさに吸い込まれてしまったら……なんて、どきどきしながら私は改札を通り過ぎた。

 そこで私を待ち受けていたのは、世のゲイを魅了する魅惑のボディと雄の塊のようなワイルドさを持ち合わせた、今にも「僕に抱かれたい人であれば男でも女でも抱きますよ」なんて言いそうな男性……ではなく。

 なんとも爽やかでマイルドなオーラを身に纏った好青年男性がそこにいた。

 思わず、息を吐くように「もっとゲイっぽいかと思ってましたw」なんて口から零してしまう。
 しかしスペック的にはゲイ受けするはずなのだ。ガッチリした体型だし、身長も嘘はついていない。180cm越えの高身長だ。

 恐らくこれが「雰囲気」の効果なんだろう。

 雰囲気がとても柔らかく爽やかだからか、体格に反して圧力を全く感じない。これこそが画像ではわからないものであり、会ってみないと肌で感じることが出来ない唯一のものだ。
 そして話し方や雰囲気からも彼がスポーツマンであったことが伺える。言うなれば、黒バスの木吉鉄平のような雰囲気だ。

 そんな会話をしながら、彼が予約してくれていたお店へ向かう。
 予め、嫌いな食べ物や苦手な食べ物は聞いてくれており、その上で彼が選んでくれたお店だ。

「一度行ったことある店なんですけど、日本料理屋で」

「いいですね、和食大好きです♡」

「和食好きですか? よかったw でも、もし美味しくなかったらすみません!」

 自信家の男性であれば「本当に美味しいですよ!」って推すんだろうと思う。ここで「もし美味しくなかったら……」なんて添える辺り、彼は気にしいな性格なのかもしれない。

「そんなの全然気にしないから大丈夫ですよ~!」

 もちろん紛れもない私の本心だ。心配ない、なんでも美味しく食べられるよう私の舌と胃袋は普段から鍛えてある。

 「ここです」と案内されたお店は和のお店で、私の舌は既に餌を求める肉食動物のごとく和食を欲していた。
 個室に通され、彼が「どうぞ」とソファー席を譲ってくれる。もちろん私は尻も鍛えてあるので椅子の席でも全然構わないのだが、こういう細やかな気遣いは女性的には嬉しい。

 食事はコースで頼み、あとは食事がくるのを待ちながら、乾杯でもしてゆったりと和やかに話す。

 Twitter経由で会うということは、私の日々のゴミのような呟きを見られているわけで、緊張よりも申し訳なさの方が大きいのだが、ここは一応聞いておかねばなるまい。

「どうですか? 私、えっちな感じします?」

 セクシー熟女枠でTwitter界の隅っこに根付いている私としては、やはりここは聞いておくべきだろう。

「えっちではないですね、エロって感じです。グラビアと壇蜜の違いみたいな。グラビアって脱いでてライトなエロさがあるじゃないですか。でも壇蜜とかって脱いでなくても出てるものがあるっていうか」

「なるほど、エロか。つまり色気はあるってことですね?」

「めちゃくちゃありますよ!」

 この日一番、彼が饒舌になった瞬間である。

 次回から名乗る時は「えっちなおばさん」から「エロいおばさん」にしなければな……なんて、どうでもいいことを考えながら、私はトマトを食べた。このおでんのトマトが本当に甘くて美味しい。至福の時だ。

 彼は駅からお店にくるまでの道のり、そして店に入ってから含め、この少しの時間に交わした会話や雰囲気からも察するに「とても真面目な男性」という印象を受ける。
 しかしそれが彼の中では一つのネックになっているという。

「でも真面目すぎる男性って女性からしたらつまらないですよね。ときめきがないっていうか」

 まさにその通りなので、ここをどう彼に崩して話すかを考えながら私は手元にあるピーチソーダに口をつけた。
 彼はいわゆる「可もなく不可もなく」というタイプで、恐らく女性が彼と会った場合に受ける印象は「凄くいい人だったんだけど……」だ。

 この「だけど……」のところには「結婚するなら、こういう人が絶対幸せだと思うんだけどね」という意味合いが大きく含まれる。

 高身長・高学歴・高収入で誠実で真面目で結婚願望のある男性だ。しかも彼はアラサーという結婚適齢期でもあり、なんと禿げていない。だらしない太ましい体型でもない。
 つまりは世の婚活女性が喉から手の出るほど欲しい男性なのである。何の問題もない。そう、何の問題もないことが、恐らく問題なのだ。
 問題という言い方はおかしいが、女性はこの「なにか問題がある」男性を好む傾向にある。
 「真面目な人がいい」「誠実な人がいい」と言いながらも「なにか問題がある」男性に惹かれてしまうのだ。だからこそ、彼のように「問題がない」男性には「いい人なんだけど……」という物足りなさを感じてしまう。女性とはなんとも我儘な生き物なのだ。

「彼くんは婚活市場だと凄くモテると思うんだけどな。恋愛市場だとやっぱりときめきを欲する女性が多いからね。婚活市場でもやっぱりときめきを欲して、婚活が上手くいかない人だっているし」

「なるほど! でもそれってやっぱり俺がつまらないってことなんですよね。女性がときめかないっていうのは」

 彼は最近になって彼女が出来たそうだが、その彼女に至るまでアプリで他の女性とやりとりしても続かないことが多く、会った人数もそう多くはなかったようだ。
 彼のようなまともな男性が「アプリにも存在している」という事実は全面に推していきたい女性への朗報である。

 それでもアプリで彼に出会い、デートをした女性は「いい人なんだけど……」と言ってしまうのではないだろうか。
 私ももしアプリで通じて出会い、今ここにいたのなら、きっとそう思ったに違いない。

 私はそんな彼を前にして、こういう「いい人なんだけど……」という男性こそ、もっと大事にしていかねばならないと強く感じた。
 そして逆にこういう男性こそ、もっとも需要がある、モテる素質があるんだということに自信を持って頂き、いい人の枠を飛び越えて欲しい。

「それで、もっと色んな女性と会ったら? ってアドバイス貰ったんですよ」

 それでこうして彼女がいながらも、私と食事しており、他の女性とも食事をする予定なのだという。

「もっと女性慣れしなきゃなのかなって。人生一度きりですし、モテたい気持ちもあります」

 なるほどな、と思いながら私は装ってもらったおでんを頬張る。これがとても美味しくて、それだけで私の機嫌は上々だ。

 LOVE理論を読んでも思ったことだが、やはり男性は「モテたい」という気持ちをみんなどこかで持っているものなんだろう。男として生まれてきたからには「モテてみたい」と誰もが思っているのかもしれない。
 そこで「頑張るって生きる」か「否定的に生きるか」で、男性は大きく道が分かれる気がする。

 私は頑張る男性が大好きだ。自分に何が足りないのか、どうして駄目なのかと悩んで葛藤しながらも、頑張ろうとする姿勢が大好きで、そういう男性はとても応援したくなるし、抱きしめたくなる。

 しかし彼と話していて感じるのは、決して「女性慣れしていない」わけではないということ。

 女性慣れしていない男性というのは、相手の女性との距離感が掴めず、離れすぎていたり、近すぎていたりで「なんか気持ち悪い」と思わせる特殊能力を持ち合わせている。
 容姿がどんなに不細工でも、この「なんか気持ち悪い」を思わせない男性は、自分のキャラクターを理解し、相手に対しての自分のポジションを把握している上で、一定の距離感で相手と接することが出来るからだ。

 その点、彼は仕事柄も相まって気持ちの悪い接し方は全くしていない。
 しかし「女性につまらないと思われている」と彼は言う。彼自身、自己肯定感が高いタイプではなく、喋りで盛り上げるタイプでもないからだろう。

 自己肯定感が低い人の根底にあるのは「自分なんかが」という気持ちだ。「自分なんかが」こんなこと言っていいのだろうか? 「自分なんかが」してもいいのだろうか? なんて、いつだって自分自身で自分を苦しめている。

 そんなもの、いいに決まっている。
 それをしていいか、悪いか、嫌なのか、嬉しいのか、それを決めるのは相手だ。自分が決めることではない。
 飛び込んでみなければ、その壁の先にあるものが果たして正解なのは間違いなのかはわからないものだろうと思う。

 「これでも最近は結構自信を持ったんですよ!」と、笑いながら言う彼の目は真っ直ぐな瞳をしていて、やっぱりこういう男性こそ女性は大事にしていかないといけないな、と再び強く思う。

 美味しい食事を終え、和やかに談笑し、駅に向かう帰り道で、健気な彼を傍らに、ほろ酔いの私は腕でも組もうかなと一瞬思って、そっと手を引っ込めた。
 もちろん彼女がいるからではない。あくまで二人で食事をしている今日という日で、こういう男性にはそういう曖昧なことはしないでおこう。そう思わされたからだ。

 きっと逆もそうで、こう男性に思わせられる女性こそ、大事にされるのかもしれない。

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