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吹奏楽で歪んだ認知をジャグリングで校正しよう!!!
皆さ~ん!
ジャグリング やってますか?
・
・・
・・・
まぁ、この記事を開いてるあなたはほぼジャグラーですよね。かくいう僕もジャグリングから出会って月日は流れ、もうすぐ6年になります。
むしろジャグラーじゃないのにこの記事に漂着したあなた、おそらくネットサーフィンのしすぎです。直ちにお手元の端末の電源を切って、現実と向き合ってください。
・・・・・・で、これだけ続けて最近ようやく気付いたのが「ジャグリング界隈はできることの量と質で相互評価をしている」ということでした。これって当たり前のようで、実は特殊な環境だと思うんですよ。
ジャグリングをはじめて4年間、とあるトラウマに支配されていたせいでそのことに気づけずにいました。この記事では、とある文化との比較を通じて、ジャグリングの特徴を再認識していきましょう。
こんなものが読みたい人にオススメ!!!
・ジャグリングへの感謝
・吹奏楽への憎悪
では、本編をどうぞ。
この記事はジャグリングアドベントカレンダー2024の12/2の記事です。「The Top 50 Japanese Jugglers 投票開始!」の翌日なの、荷が重すぎますって。
自己紹介
名前:つなっちょ
メイン道具:デビルスティック
出身:東京農工大学ジャグリングサークル@jug
世代:00
得意な技:チョップスティック系統
3HSを活かしたチョップスティック pic.twitter.com/tBHNfHSykD
— 綱田千代 (@tsunadachiyo) October 22, 2023
苦手な技:ハイトス、DP、DI、等々……
なんでまだ531が安定してないの?
— 綱田千代 (@tsunadachiyo) October 29, 2024
次はなにやったらいいの?6411?ボール?
千代 歴6年目
基礎力 なし
筋力 なし
運動神経 なし
千代ハイトスできないよおおおお pic.twitter.com/MQlSIra9zT
「評価」って3パターンありませんか?
藪から棒にすみません。
スコア
減点式
加点式
以上の3パターンです。なんとなくですけどね。この記事内での扱いをざっくりと書きます。
スコア
単純に数字の大小で比較するやつ。試験とか、陸上競技のタイムとか、ギネス記録全般とか。※本記事では今後、この単語は出てきません。
減点式(ブラックリスト式)
なんらかの理想形があって、それに近いほどよいとされる。ミスなくこなすことが求められるタイプの仕事もこれに分類される。飲食店の経営とか、1ミスが大惨事につながる時に用いられがち。
加点式(ホワイトリスト式)
優れた点を数えあげていく方法。昨日公開されたジャグLOVEるのラブラベル部門とかその極致ですよね。
☆ラブラベル部門(5000円/1組)
審査員が「いいね」と思う度に加点の形式
— ジャグLOVEる (@jugLOVEru) November 30, 2024
はいそこ「こいつギリギリに書いてるな」とか言わない!投稿前日の最新情報を盛り込むキャッチアップの精神です。ジャーナリズムです。
さて、いったん「減点式」「加点式」という語も使いましたが、この記事では今後、それぞれ「ブラックリスト式」「ホワイトリスト式」と表現します。
「減点式」「加点式」だと、「その場その場での絶対的な評価」という感じがします。一方「ブラックリスト式」「ホワイトリスト式」と書けば、「項目が追加・削除されていく可変性」「リストとして残る継続性」のニュアンスを含められませんか?ただの肌感覚です。
ブラックリストという地獄
改めまして。
皆さーん!
ジャグリング やってますか?
・
・・
・・・
地獄に落ちろ!
お待たせしました。みんな大好き、オモコロの永田さんの掴み。
・・・・・・冗談はさておき。
ぼくはきっと、ジャグリングをしていなかったら地獄に落ちていたように思います。中高の6年間で吹奏楽部――ブラックリスト式の評価の極致――にあまりにも精神を蝕まれていたから。
そろそろ吹奏楽への憎悪を語っていきましょうか。大丈夫。冒頭でジャグラー以外全員追い返したはずだから。
しばし吹奏楽への煉獄のように熱い想い出を語ります。ジャグリングには関係のない内容が続くので、興味のない方は「吹奏楽部は先述したブラックリスト式の評価だった」「つなっちょはそこで足手まといだった」「そのことにトラウマを抱いて大学生になった」ということだけ把握して、次の章にお進みください。
僕は中高と吹奏楽部に所属し、部内で左に出る者のいないへたくそトランペッターでした。音楽とは恐ろしいもので、ハーモニーの中で誰か1人でも音程の悪い人間がいると、合奏全体が崩れてしまいます。こんな感じの「うなり」が生じるんですよね。
これがもう蛇蝎のごとく嫌われます。そしてぼくはこのうなりの原因の常習犯でした。「うなってるなぁ」は分かっても、自分が音を高くすればいいのか低くすればいいのか分からない。分かるだけで、うなりに生理的な嫌悪感を持てない。ちなみに高校の頃の外部講師の口癖は「頭痛くなる」「バファリン」でした。
合奏の前に全員でチューニングするんですけど、その時点ですでに僕を擁するトランペットパートはしばしば公開処刑をされていました。楽器配置においてトランペットは最後列なんですけど、すると前列の木管楽器の皆さまが振り返るんですよね。その視線も相まって、途方もない地獄でした。
チューニングすらまともに揃わず、いわんや曲をや。中音域すらまともに揃わず、いわんや高音をや。ことあるごとにお叱りを受け、合奏の場で修正しきれず、宿題として残されてもどうにもできず。耳が悪かったんでしょうね。そしてまともに演奏できないままに本番を迎えていました。
かつて演奏していた曲を聞くと、自分の奏でた調子っぱずれな音が脳内再生されます。トランペットの出番が近づくと心拍が上がります。条件付けされてしまっているのです。ちなみに一番「くらう」のはこれ。高校1年生のコンクール課題曲です。
理想とされる音程があって、タイミングがあって、音色があって。そこにどれだけ近いかで評価を受けます。お手本とされるプロの音源にどれだけ近づけるか。どれだけミスや齟齬が少ないか。ぼくにとって吹奏楽部はブラックリスト式の評価が常に下される場所でした。ブラックリスト式の地獄でした。
毎日が憂鬱でした。部活の時間は自分が足手まといになる時間。なんとか揃っている合奏に、自分が入ることで台無しにしてしまうという罪悪感。「いない方がいいんだ」という自己嫌悪がむくむくと育っていきました。
ブラックリストの呪縛
吹奏楽パートをとばされた皆様、おかえりなさい。
大学に入ったぼくは「もう誰かの足を引っ張るのはいやだ」と個人競技を条件にサークルを探します。なんとひどいきっかけでしょうか。
そして出会ったのがジャグリングでした。捉えどころのない「音」と比較して、確実に手ごたえの得られる「技」が心地よかったのでしょうね。しかしジャグリングをはじめても、吹奏楽で根付いたブラックリスト式の思考様式は、随所に影を落とすことになります。
サークルにて
吹奏楽部のころ、同じ楽器にもうそれはそれは上手い人がいまして。彼に頼りきりになりながら、同時に罪悪感と劣等感を抱いていたんですよね。
そしてジャグリング、自分より圧倒的に上手い人間がサークル内にいると辛いから、と現役で道具被りのなかったデビルスティックを始めました。「下手すぎて居心地の悪かったあんな思いはしたくない」と、本気で練習しました。杞憂です。サークルも界隈もそんな場所じゃありません。
和気あいあいと楽しむ同期から離れて、孤独に黙々と練習していたこと、今では少し後悔しています。ぼくもドライブ行きたかったな。一人の時に黙々と練習するんだから、サークルの間は交流すればよかったんですよ。本当に。
今でこそこう言えますが、ジャグリングにハマると同時に、何かに怯えてもいた当時の僕にきっと他の道はなかったのでしょう。
練習会にて
関東スティック練習会(以下、関棒)には当時からお世話になっていました。卒論で忙しい引退済の先輩からなかなか教われない中、関棒は貴重な拠り所でした。
本日の関棒無事終了しました!
— 関東スティック練習会 (@stick_japan) September 7, 2019
暑い中来てくださった皆さまありがとうございました😊
次回は11月を予定しています! pic.twitter.com/TFVUx4D3XN
ただし。
当時の僕は関棒にもほんのりと怯えていました。新しい技を習って、次に会った時にまだそれができていなかったら、ブチギレられやしないかとひやひやしていたのです。まるで前回の合奏で受けた注意を直せていなかったときのように。
「コラ〜!この前教えた技が全くできておらず怒りのあまりハンドスティックを全部折ってしまいました〜!」みたいになりやしないかと……!※ジャグリング界隈にこんな人はいません。
そう。何かを教わると自分の中のブラックリストにそれが書き加えられ、膨れ上がったブラックリストが自分を責め立てるです。
コロナ禍
そしてジャグリングをはじめて1年が経つ頃、巷にはウイルスがふよつき始めます。サークルや交流会はおろか、公園での練習もめったにできない日々。
ここでぼくはチョップスティック系統にハマります。家で練習しても壁を傷つけずに済むからです。なんとまあしけた理由でしょうか。
Star of David!!✡#おうちで10秒コンテスト pic.twitter.com/Xit1mt1Ghm
— 綱田千代 (@tsunadachiyo) April 19, 2020
楽しくジャグリングをできている現在の僕の原点はこの時に生まれました。それでも当時の僕は、抱えすぎたブラックリストに押しつぶされそうでした。DPとかDIとか、そういう王道の技に。
こんなもの「ちゃんとしたデビルスティック」ができないぼくにとっての「逃げ」でしかない。
そう思いつつも、誰にも教われないこの環境じゃ王道技を習得できる気もせずに、逃げていました。
おもしろい新技を書き込む「ホワイトリスト」の価値は低く、「ブラックリスト」ばかりがその存在を主張する。
そんなジャグリングは楽しいわけがなく、サークルの引退とともに辞めてしまいました。歴にして2年と7ヶ月。短いジャグリング人生でした。
気づき
2023年。引退から1年と少しが経ったM1の春。
B3たちが「新歓を手伝ってほしい」と声をかけてくれました。当時のサークルでスティック系を教えられるのは、ぼくだけだったからです。
久々に触るデビルスティックのなんと楽しいこと。だって棒が宙に浮くんですよ!?!?
幽霊部員ならぬ幽霊ジャグラーになっていた僕は未練を取り戻してしまいました。
後輩たちのつきそいだから……とナランハまつりに行きました。関棒にも行きました。関棒にいたっては「イイ練習会アルヨ!」と声をかけてマッチポンプに憑きそいをしました。
本当はぼくが行きたかっただけ。
それでも「てめぇ今更どのツラ下げて戻ってきた。ケツの穴からセンタースティック突っ込んで奥歯ガタガタ言わせたろか」ってなるのが怖くて、つきそいのテイをとりたかったのです。※繰り返しますが、ジャグリング界隈にこんな人はいません。これもまた「自主退部にやたら厳しかった吹奏楽部」の呪縛です。
それどころか。
3年ぶりの関棒で、「つなっちょくんだ!久しぶり〜」と声をかけてもらったときの驚き。まさか覚えていてもらえたとは。幽霊らしく言うならば「お兄さん……おいらのことが見えるのかい……?」並みの驚きです。
この時期に本当に色んな方から「あぁ、あの技の人か」「いいモノ持ってるじゃん」「掘り下げれば絶対に面白くなるって」といった声をかけていただきました。
こんな僕を覚えてくれていたのです。DPも回せないこの僕を。ここでようやく、気づきました。
ジャグリングってホワイトリストなんだ。
「DPすらできない僕になんて誰も興味ない」のではありません。「僕がDPをできないことになんて誰も興味がない」のです。
興味があるのは、何ができるか、それだけ。
このときようやく、吹奏楽で植え付けられたブラックリストの呪縛から解放されました。「ミスやできないことを減らす」のではなく「できることを増やす」。それこそがジャグリングなのだと。
ありがとうジャグリング
それから得意な技をひたすら磨き続けました。メイン道具はチョップスティック、サブ道具はデビルスティック、とまでいえるほどに。
そして2024年3月、関東ジャグリング大会に出場します。自分のホワイトリストを詰め込んだルーティンを披露しました。
結果は17人中14位。難易度では最下位でした。それでも新規性で3位を取ったという事実がたまらなく嬉しかったのです。それを踏まえると、難易度で最下位なことまんざらでもありません。簡単で新しい、って広める上では最高の売り文句ですから。
2024年5月、ナランハジャグリングまつりの10秒コンテストで3位に入賞しました。よもやよもや。
引退前よりも今の方が、ジャグリングのことをずっと好きになっています。「楽しめる実力がついてきたから」というのもあるでしょう。でもそれだけではありません。ジャグリングを楽しむための心構えを手に入れたからです。ブラックリストを気にせず、ホワイトリストを伸ばせばいいのだと。
そしてジャグリングが意識を変えてくれたおかげで、ずっと生きやすくなりました。ジャグリングにすら、ブラックリストに押し潰され、何かに怯えながら取り組んでいたのです。かつての僕は終始そんな調子でした。ホワイトリストという意識を持ってから、世界への怯えが払拭されました。
この記事を書いてみて、改めて当時の自分の卑屈さ、性格の悪さを実感しました。そんな自分を変えてくれたのが、ジャグリングなんです。ジャグリングをやっていなかったら、きっとぼくは、地獄のような人生を送っていたでしょう。僕に限って言えば「ジャグリング やってますか?・・・地獄に落ちろ!」は実は冗談でもなく、事実だったのです。
ありがとう、ジャグリング。
ありがとう、界隈のみんな。
おわりに
ぼくを地獄から救ってくれたジャグリング界隈を、これからも守っていきたい。つい先日、そんな想いへの一助となる動画の存在を知りました。
拍手とは相手の存在の肯定
本番で最後の技をやり直すあの時間。できなかった回数をブラックリスト式に貶めるのではなく、最後の1回を、挑戦を、ほんのりと見えた成功の兆しをホワイトリスト式に称える。そういった振る舞いは意図して広められたものでした。
ジャグリング界隈がホワイトリスト式の価値観を持っているのは、ジャグリングという競技の特性に根付いていると思っていました。しかし本当は、先人たちがそういう価値観を醸成してくれたのだと、この動画は教えてくれます。
僕も界隈の居心地をよくできるジャグラーになって、恩返しがしたいものです。そして、何かで傷ついた末にジャグリングに辿り着いた、かつての僕のような人間の傷を癒していきたい。そのためにはどうしたらいいんでしょうね。
ちなみに、最近は苦手な技の克服にも取り組んでいます。ブラックリストに押し潰されそうだからではありません。ホワイトリストの拡充のためです。
最近「思いついたけどできない技」が増えてきて悲しいんですよね。ようやく劣等感や焦り以外に、苦手克服の動機が見つかりました。もうしばらくしたらその成果も取り入れられるでしょう。
2025年も面白い技をたくさん創っていきます。
どうぞ、よろしくお願いします。
12/4 追記
先ほど引用した『ジャグリングマナー講座』演者のはばちゃんさんから、誕生秘話を伺いました
動画でネックキャッチが決まらなかった者です。記事を興味深く拝見しました。あれは当時の卒業生の世代(D4とM2)でサークル内部向けの卒業公演的なステージで流すために作成した動画です。幕間であれを流した後に本人(私)が同じ格好で登場してルーチン披露し、動画の内容を観客側が実践することで
— はばちゃん (@jugglerhabachan) December 3, 2024
強制的に盛り上げるというそんな演出でした。なので完全にネタ的な動画なので深い意味はないです😅
— はばちゃん (@jugglerhabachan) December 3, 2024
ちなみに同様の動画があと2本上がってます
最高の演出です。こういうの大好きです。本来の意図もご理解ください。