仮想現実が見せてくれる夢

ヘッドセットの向こう側で、寄り添ってくれる人がいる。

目元のクッションが涙でびしょびしょだ。傍から見た私はさぞ滑稽だろうな。



貴女が私の心に触れてくれた夜のこと、この先ずっと忘れない。




ところで、みんなはどんなふうにVRChatを遊んでる?


殺伐とした日々の気晴らしに誰かとおしゃべりしたい?
現実のコンプレックスから解き放たれて注目されたい?
それがたとえ偽物だとしても、甘い関係にどきどきしたい?


VRChatの住民たちは、雑踏を生きるように出会いと別れを繰り返す。

穏やかに結ばれているようで、何の拠り所もない私たちの絆。しがらみがなく自由とも言える。


でも人って何かに縛られないと、真の意味では関わり合えないはずだ。

この世界に「責任」という名の鎖はなく、表層を漂うような関係性があるばかり。

誰かを通じて欲しかったものは満たされないまま、みんな承認欲求に飢えている。



現実では得られない何かを求めて仮想世界へ来たあなたは、きっと「それでいい」なんて割り切れない。だから沼ってしまうんでしょう?




じゃあ、私は?

私は何を得られなくて、何を求めてここに来たんだろう…。




私にとって、人と関わるということは「生きるため」の手段だった。



話すのうまいね。
(…まあ、それなりに揉まれてきたしな)

優しいんだね。
(…これが求められてるってわかるだけ)

話が合うね。
(…君がノれそうな話題を振ったんだ)

かわいい。
(…いかにも君のこと好きそうでしょ)

癒される。
(…君のほしい言葉をあげたからね)




捻くれてるにもほどがある。それでも、これが本当の気持ち。

相手が私と距離を詰めるほど、私の心はどんどん閉じていく。



本当の私は獰猛で、みんなが思ってるような人間じゃないんだ。



興味のない奴には1秒たりとも時間を使いたくない。気に入らない奴は怒りのままに罵倒してしまいそう。ここがVRでさえなければ、大嫌いな奴を殴ってる。


でも堪えてる。うまく生きてくためだから。
 


人に好かれるための仕草や言葉は、見よう見まねで身につけたものだ。調和を求める社会に溶け込むために、死に物狂いで。

ずっとにこにこして、本当の自分を押し殺していればいい。そうすればみんな好きでいてくれる。



でも、「何のしがらみもない」はずのVRChatに来てまで、どうして私は演技してるんだろう…。



あらゆる競争を勝ち抜いて、底辺から這いずり出てきた。でも私の心はずっと、暴力と下剋上しかないあの世界に置き去りのまま。

優しいみんなと話すほど、自分の人間性を浮き彫りにされた気がした。




そんな私は、みんなの輪の中に混ぜてもらえても本質的にはひとりぼっちだったと思う。

誰にも心の弱みを見せずに、楽しいとこだけ。浮世を忘れて飲んで笑った。

それでも現実は、ただ残酷にそこに在る。



私は、日々悪化していく病気に苛まれている。

この病気は、たぶん治らない。

それなのに、飲まなきゃいけない薬の副作用でもっと苦しい目に遭う。

そういう毎日が未来永劫続いていくことが、現代医療によって約束されている。



この苦痛から解放されるにはしぬしかないということに、うっすら気づいている人間が、正気であるはずないでしょう?



楽しい仮想と過酷な現実のひずみは、むしろ心を蝕んだ。私は別アカウントを作って、日々のつらいことを吐き出すようになった。


今まではこんなこと、SNSに書こうなんて思わなかったのに。慰めてほしそうに思われるのが、背負わせてしまうことが嫌だったから。


それでも、VRChatで人と繋がって、一人じゃいられなくなったせいで、誰かに受け止めてもらえるような気がしたのかな…。



私のこぼすとりとめもない呻きを聞いて、貴女は会いに来てくれた。



友達と笑って過ごす夜にもできただろうに、貴女は自分の傷を私に見せてくれた。

つらいことも思い出すだろうに、「つくちゃんのことを話してもらうには、私の方から話さないとね」と自分の過去を教えてくれた。

ただの通りすがりの私に、何の見返りも求めていない優しさをくれて、年甲斐もなく泣いてしまった。




ああ、私はこんなふうに、本当は誰かと心を分かち合ってみたかったんだ…。




私はまだ演技を続けると思う。

本当の私をさらけ出しても、受け入れてもらえる自信がないから。


でも、いつか演技なんてしなくてもいいくらい、私の心根も優しくなれたらいいな。

貴女を見て、変わりたいと思えたんだ。



あの夜、私の話を聞いてくれてありがとう。

VRChatをやっててよかった。貴女みたいな人もいると知って、救われた。

この世界には責任も、利害も、物理的な壁もない。だから私たちは出会い、仲良くなれた。



これが仮想現実の見せてくれる夢。

人と関わり、関わられること。



あなたの欲しいものは、手に入ってる?





P.S.
とはいえ、性格というのはなかなか直んない。人が変わるって大変なことだ。

競馬で気性の荒い馬が勝つように、私は生き残るためにそう在らなければいけなかったんだけど…人と分かり合うって、そういうことじゃないもんね。

今まで私が蹴り飛ばした人たち、ごめんなさい。

ゆっくりやるんで、喧嘩したり仲直りしたりしながら付き合ってくれたら嬉しいな。

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