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大きな決断に必要なのは大きな勇気じゃない(#転職を余儀なくされる書店員の赤裸々)

転職サイトにログインし直すのに2ヵ月かかった。利用するのは約2年ぶりだが、仕様が変わって手間取ったわけでもないし、パスワードを忘れたわけでもない。ただただ気乗りしなかったのだ。

「経営難につきシフトを減らす」と店長から宣告を受けた直後は、「この給料で生きていっけかあ!」と啖呵を切り、すぐさまnoteで転職の決意表明をするくらい息巻いていたのに。


Googleの検索窓に職種と条件を打ち込み、軽く求人を調べてみると、

「人気ありそうなのにこの求人2年前にも見た……人が定着しないのか?」

「仕事内容、多岐にわたりすぎじゃね……ワンオペなの?」

「残業ほとんどなしって書いてあるのに、給与にみなし残業代が入ってるんだが」

「”先輩が優しくサポート!”してくれるはずなのに、”自分から動ける人”が求められてる。これって「まだ頼るには早い」とかなんやかんや言って本当に取り返しがつかなくなる半歩手前まで放置されるやつでは」

と穿った想像を膨らませて訝り散らかした。表示される一字一句が嘘に見え、とてもこの中に新天地があるとは思えない。


とはいえ、すれ違うあの人もこの人もこれらの求人の先できちんと働いているのであり、まともじゃないのは私の方かもしれなかった。現状には不満なくせに、粗探しばかりで一向に動こうとしない。求人に目を通すたびに、自分のだめさを思い知らされる。だんだんどこに就職しても同じ目に遭うだけという気がして、転職サイトにログインするモチベーションは失われていった。


正直、望まないタイミングで転職を余儀なくされ、憤ると同時に狼狽もしていた。

一旦シフトは減らされたもののまあ店が回るはずもなく、「やっぱり朝から来て」「あと1時間残って欲しい」と毎日勤務時間の変更が入った。イレギュラーに対応しながら、プライベートで抱えているZINEの制作が遅れないようやりくりして、その上また働くことを考える余裕など残っているだろうか。

「やめるのは簡単、続けるのは難しい」とは言うけれど、今の私からすれば「やめようと思うことは簡単、実際にやめるのは難しい」だ。両者の間には気が遠くなるほどの距離がある。




しばらくは過去の仕事や実績をまとめたり、次の職場に求める最低条件を決めたりして過ごしていたが、思い立って1カ月ほど考えるのをやめにした。

新たなスタートを切れるわくわくや、未知の世界に飛び込むときめきをうんともすんとも感じられない今のまま、有象無象の評価にさらされ、人生を左右する決断を下し続けるのは危険だと判断したからだ。



ありがたいことに今年に入ってからは、グッズデザインにZINE制作、ほかにもいくつか頼まれごとを受け、本業の書店の仕事以外にやるべきことが常にある状態だ。実際、ものづくりは楽しく、つい寝食を忘れ夢中になってしまう半面、集中の歯止めが効かなくなり、自分のケアはおざなりだった。

体調が良いか悪いかわからない、振り返ってみてもご飯を食べたかどうか覚えていない、ショッピングモールを歩いても何を買うべきかわからない、職場に向かったはずなのに電車が今どのへんを走っているかわからない、というありさま。ダメ押しのように健康診断の結果はぼろぼろ。

多少出費が増えたとしてもかまわない。まずは生活を立て直そうと舵を切った。



思い立ったその足で100均に寄り、製氷機を買って、職場に持っていく水筒のお茶を冷たくした。温度のあるものを口にするだけでこんなにも疲労が和らぐのかと目を瞠る。

そのままドラッグストアで、なくなったまま補充していなかったマウスウォッシュや美容パック、耳ほぐタイムをゲット。ちょっとだけコスメも新調した。どれも高級品ではないけれど、自分の体をケアする時間が1秒増えるだけで、自己肯定感は補われる。


休日の朝は豆から珈琲を淹れ、夜はルイボスティーで一息つく時間を確保。この前はスーパーで98円のバゲットに卵液を浸し、フレンチトーストを焼いた。自分で作ったものは、ちゃんと味がする。


1年ぶりにひとりカラオケで熱唱。映画だけで済ませていたのをパンフレットまで買って、思索を深める。出かける前に入念にアクセサリーを選んでオシャレ。約束の前に少し街を散策……。


仕事、食事、風呂、睡眠をぎゅっとプレスしたような生活を、少しずつ伸ばして緩めていくうち、ふと今なら転職サイトにログインできそうな気分になった。


なんでこんな小さなことが気持ちを変えるのか自分でも不思議なのだけど、生理的欲求のための生活の外側には、買う・買わない、する・しない、今・あとで……といった小さな選択がたくさんあって、私はそれらを使いながら、自分の気持ちに従って決める練習をしていたのだろう。大きな決断に必要なのは、大きな勇気ではなく、小さな決断の積み重ねなのかもしれない。


登録し直したそばから、押し寄せるようにスカウトのメールが来る。情報の暴風に煽られながらも、世の中には知らない仕事がいっぱいあるんやなあ、働き方に柔軟な企業もちゃんと存在するんや、こんな私でも少なからず需要があるのかとちょっとほっとする。

笑われてしまうくらいの牛歩だけど、“やめようと思うこと“の域からようやく抜け出せた気がする。


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都村つむぐ
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