時間を見える化
(こちらの記事は当初2021/02/14に公開されたものです)
目に見えないから、中々その大切さを日々実感することの難しい「時間」。「報告書の期限が迫っている」とか「期末試験まで1週間」とか、そういう状況になると時間の大切さをひしひしと感じるのですが、普段の日常では、ただ何となく時間が過ぎてしまっているということも多いのではないでしょうか。紡ぎ舎の店主も、気づくと大して読みたくもないネットニュースの記事を何となくスクロールして時間が過ぎていたりします。
たしかに、そういう何もしない時間というのが大切というのも事実です。ずっと何かに追われていると、知らず知らずのうちに視野が狭くなっていたり、新しい発想から遠ざかってしまったり、仕事の効率が落ちていたりするものです。私も大学入試の2週間前から1週間前までの1週間、何故だか勉強が手につかなくなり何もせずに過ごした記憶がありますが、その空白が却ってよかったということもありました。
多分、何にせよ、「やる=ON」の時と「やらない=OFF」の時を明確にしてメリハリある毎日を送ることが、限りある時間を大切にする上で大切なことなのだろうと思います(自戒の念を込めて・・・)。ずっとやり続けるのもだめ(というか、無理です)、ずっとダラダラしているのもだめ。やる時はやる、やらない時はやらない。分かっちゃいるけど、ね。しかも時間は見えないから区切るのが難しいのです。
最近では、リモートワークの人も増えてきて、ますますONとOFFの切り替えが難しくなっている人も多いのではないでしょうか。私も、会社員時代の最後の方は在宅勤務が増えてきていましたが、いざ通勤しなくなってみると、意外とそれまでは無駄な時間と思っていた通勤の時間が、会社と家庭を隔てる貴重な時間だったりすることに気付きました。通勤をしながら少しずつパブリックな自分からプライベートな自分に、或いはプライベートからパブリックに切り替えていたのだなと。しかもうまい具合に一定の時間で強制的に区切られています。何をするにも駅が来たらそこで区切り。そういう意味で、「通勤時間は本を読む」とか「とにかく寝る」などという使い方が出来ますよね。
ともあれ、会社を辞めてほぼ仕事と家庭の境が無くなった私たちにとって、この「切り替え」問題はなかなか厄介なものでした。どこまでがプライベートなのか、どこからが仕事なのかという境目が物理的にも時間的にも曖昧になるのです。まさに「何となくダラダラと」という状況に陥りやすい要素があちこちに埋め込まれている生活。ストイックな人であれば「ダラダラ問題」には直面しないのだと思いますが、ストア派というよりはエピクロス派の私たちにはなかなか難しいのでした。
そんな中、紡ぎ舎の開店に向けて全国を行脚していた時に、石川県七尾市の和蝋燭の老舗「高澤ろうそく店」にお邪魔しました。七尾市の一本杉通りという大変歴史風情のある美しい通りに店を構える高澤ろうそく店は創業1892年。現存する七尾和蝋燭の唯一の作り手です(高澤ろうそく店や和蝋燭、それに七尾市一本杉通りについては紹介したいことが山ほどあります。また別の機会に紹介したいと思います)。
和蝋燭は、大小様々なサイズがありますが、これはお寺での読経の時間に合わせるためとも言われています。だから、和蝋燭は燃焼時間が決まっています。30分とか45分とか。
そう、和蝋燭は時間を計るのにもってこいなのです。
それ以来、私たちは「切り替え問題」解消に和蝋燭を使っています。30分サイズの和蝋燭に火を灯すと、大きめの炎をゆらゆらと揺らしながら30分かけて少しずつ蝋燭が小さくなっていきます。その様子はまるで時間が燃やされて少しずつ空気中に蒸発してしまうかのよう。あぁ、時間が消えていくんだ、と小さくなる蝋燭を眺めて不思議な感慨に包まれました。何気なく過ごしていた30分という時間が、蝋燭という形で可視化されて実感として感じられた瞬間でした。
私たちは主に時間を区切る意味合いで和蝋燭を使っているので、その貴重な30分を敢えて何もせずに過ごすことが多いです。ゆったりと揺れる蝋燭の炎を眺めながらのんびりします。ちなみに、大きく揺れる和蝋燭の炎は科学的にも人をリラックスさせる効果があるのだそうです(詳しくはまた別の機会に。「1/fゆらぎ」の話です)。時間の大切さを実感しながら、しっかりとリラックス&リフレッシュして、また頑張ろうと思うのでした。
ちょっと煮詰まった時、在宅勤務を終えて家庭モードに切り替える時、何もしたくない時、集中して読書したい時。毎日の暮らしの中でちょっとした節目を作って気持ちを切り替えてみてはいかがでしょうか。或いはスマートフォンを触らない、プチデジタルデトックスにも良いかもしれませんね。